44 鎮魂館〈レクイエム〉へようこそ!

「いらっしゃいませ! 鎮魂館レクイエムへようこそ!」


「こんにちは! 今日はお招きいただきありがとうございます」

「ほら、琴子もちゃんとご挨拶なさい」

「こんにちはー」


 鎮魂館レクイエムのドアベルを鳴らす乾いた風の音に、秋の訪れを感じる土曜日のお昼どき。

 お疲れさま会と称したランチパーティに、賀茂さん一家がやってきた。


「琴子ちゃん久しぶり! また少しおねえさんぽくなったね」

「えへへ、そーかな? あるとくんは王子さまみたいでいつもかっこいーね!」


 五歳の女の子の目線に合わせてしゃがみ込み、王子スマイル全開で迎え入れた在人さん。

 優しい在人さんの挨拶に、賀茂さんの後ろに隠れていた琴子ちゃんがはにかんだ笑顔を見せた。


 ぱっちりとした切れ長の目元は凛子さんによく似ていて、オレンジ色のリボンで結えられたツインテールの毛束は細く揺れ、この歳にしてすでに美貌の片鱗を見せている。


 そんな琴子ちゃんは、在人さんに声をかけてもらったことで緊張がほどけたのか、キョロキョロとホールの中を見渡すと、賀茂パパさんの元を離れ、奥の厨房へタタッと駆けていった。


「おーり!!」


 式鬼しきたちとランチの準備をしている欧理が、その声に呼ばれて顔を覗かせる。


「お、琴子、来たか」


「おーりっ!! 会いたかったー!!」


 ぱっと顔を輝かせた琴子ちゃんが、黒いエプロン姿の欧理にぎゅっと抱きつく。

 へえ……。

 ツンツンしてて取っつきにくそうな欧理だけど、子どもには意外と懐かれてるんだ。


 変に感心してその光景を見ていたら、今日はスーツ姿でマロ眉のない賀茂さんが在人さんとの挨拶を終えて私の方へと歩み寄ってきた。


「賀茂さん、先日は本当にお疲れさまでした! 私たちが戦線を移動した後も、賀茂さんは他の御霊鬼封印チームのサポートに奔走していたって聞いてます」


 結界術に関して右に出る者なしと言われている賀茂さんは、五芒星結界を絶妙な強度に調整して御霊鬼の霊力を削ぐことに成功したほか、決戦当日も八面六臂の活躍を見せた。

 九字紋の戦線を走り回ったマロ眉平安貴族の姿は目撃した一般市民にも強烈な印象を残したようで、例の秘密組織の噂の中で賀茂さんに贈られた二つ名は “魔破疾風の殿上鬼神” というものだった。


「真瑠璃さんこそ、大変お疲れさまでした。死者を降霊させる黒魔術だけでなく、神を呼び寄せる白魔術まで体得されていたとは実に素晴らしい」


「し、白魔術!?」


 いつの間にそんな話になっているのだろうと驚いて、今日着ている服が賀茂さんの妄想を助長させていることに気づく。


「あのっ、これはランチ会の後のカフェタイムの営業にそなえて、店の制服を着てるだけなんですっ」


 阿祇波毘売との決戦で制服ゴスロリドレスを駄目にしてしまった私に、在人さんは新しい制服を用意してくれたんだけど……。


 なんと、今度のそれは真っ白なゴスロリドレスなのだ!

 しかもフリル大増量!!


 ロリータ色が強まって、ますます痛い感じになったのに、在人さんは「うん! 思ったとおり良く似合ってる」とご満悦。

 欧理に至っては「もう何も言えねえ……」と呟いたきり、ドレスの話題に触れることはなくなった。

 こうなると、似合わないといじられていた時の方がまだ救われていたのだと痛感する。


 慌てて弁明したところに、いたずらっぽい笑みを浮かべた凛子さんがすかさず説明を加えてきた。


「黒魔術と白魔術は陰と陽の関係にあるからか、陰陽術との相性がいいみたいなの。欧理君の呪術と共鳴すると、本当にすごい力を発揮するのよ」


「ほう! 今度こそ私もそのお手並みをぜひ拝見したいところですな」


「は、はは、そうですね……」


 凛子さん、一体いつまでその設定を引っぱって、魔破疾風の殿上鬼神ご主人の妄想を加速させるつもりなんですか……。


 返答に困っていたところに厨房から「真瑠璃!」と呼ばれ、助かったとばかりにその場を離れる。

 厨房に駆け寄ると、琴子ちゃんに抱きつかれたままの欧理が大皿に肉料理を盛り付けながら苦笑いを浮かべていた。


「出来上がった料理を運びたいんだが、琴子が離れなくて困ってるんだ。式鬼が皿を運べるように、そこの幼児用ステップをテーブルの横に運んでくれないか」


「うん、わかった!」


 厨房に入ってきた私を見て、琴子ちゃんがぎゅっと欧理にしがみつく。


「おーり、このおねーちゃん、だれ?」

「こいつは真瑠璃。俺のバディだ」

「バディって?」

「バディってのは、相棒ってことだ」

「相棒ってなに?」

「うーん。相棒ってのはな……」

「こいびとってこと?」


 無邪気なその一言に、シンクに鍋を置こうとしていた欧理の手が滑り、ガタン! と大きな音を立てた。


「こっ、琴子ちゃん、バディと恋人は違うんだよー」


 お鍋の音に驚いた私の心臓がバクバクと忙しなく鳴り始める。

 つとめて冷静に訂正すると、琴子ちゃんは形の良い切れ長の目をきっと鋭くして私を睨みつけた。


「うそだー! だって、おねーちゃんがここに来たとたん、おーりのれーきがピンクになったもんっ」


「こ、こらっ、琴子っ!! デタラメ言うなっ!!」


「れーきがピンク?」


 何のことやら、と首を傾げると、後ろからくすくすと在人さんの笑い声がした。


「琴子ちゃんはね、生まれつき霊気の色を見分ける能力を持ってるんだ。琴子ちゃんによると、人間の霊気はその時の感情によって色を変えるそうだよ」


「え……っ!?」


「おねーちゃんのれーきもピンクだよ! やっぱりふたりはこいびとどーしなんだ!」


「ち、違うよっ! それは何かの間違いだよっ」


「じゃあ琴子ちゃん、今の僕の霊気は何色に見える?」


 後ろから在人さんのいたずらっぽい声がしたかと思うと、両肩にぽん、と手をかけられ、右肩にのるほど在人さんの顔が近づく。


「ちょっ、在人さ……!?」


「あれ? あるとくんのれーきもピンクになった!」


「琴子ちゃん、こういうの、大人の世界では三角関係っていうんだよ」


「さんかくかんけー?」


「なっ!? 在人っ、どういうことだよ!?」


「あ、在人さんっ!? 子どもになんてこと教えるんですかっ!!」


 きょとんとする琴子ちゃんと、慌てふためく私と欧理を見て、在人さんがとうとう吹き出した。

 在人さんのふんわりとした王子スマイルは、完璧に素敵な一方で掴みどころがなく、無駄にドキドキさせられてしまう。


「でもね、おーりはダメー! おーりのおよめさんになるのは琴子だもん!」


「あはは、そうかぁ。四角関係はさすがにややこしいなあ」


「もうっ! 在人さん、冗談はそれくらいにしてくださいよっ」


「在人っ! いつまで真瑠璃の肩に手をかけてんだよっ」


「なあに? 随分にぎやかね。ほら琴子、みんなの邪魔になるから、あなたはこっちで待っていなさい」


「はぁい! はやくおーりのレモンクリームタルトたべたいな!」


「その前に、ご飯を好き嫌いなく食べなくちゃ駄目よ?」


 様子を見にきた凛子さんに琴子ちゃんが連れて行かれて、残された大人三人の間に妙な空気が漂った。


「さ、出来上がった料理からテーブルに運んじゃおうか」


 さらっと平常運転運転に切り替わった在人さんが、一番手前に置かれたサラダの大皿を持ち上げる。


「そっ、そうですねっ! じゃあ式鬼一号はこっちをお願いね! 二号は取り分け皿を七枚用意して。私はステップを運びます!」


「じゃあ、真瑠璃ちゃんたちが先にホールに出てくれる?」


「はいっ」


 えっちらおっちらとお皿を運ぶ二体の式鬼に続いて厨房を出ると、背後で欧理の鋭い声が響いた。


「在人っ! お前の霊気までピンク色って、どういうことだよ!?」


「どういうことも何も、そういうことさ。欧理がいつまでもぐずぐずしてるなら、僕も本気出すからそのつもりでね?」


「…………っ!!」


 欧理と在人さん、いったい何の話をしてるんだろ?


 そのやり取りに気を取られていたら、カランと乾いたベルの音がして、袈裟を着た慶胤和尚が入ってきた。


「こんにちは。遅くなりまして、すみませんな」


 いかにも好々爺といった笑顔の和尚を、賀茂さん一家が「こんにちは」と笑顔で迎える。

 お皿を抱えたままの式鬼たちが、和尚を歓迎して小躍りをしている。

 厨房ではまだやり取りが続いているらしく、欧理の鋭い声と在人さんの笑い声が聞こえてくる。


「ほっほっ。いつ来てもここは賑やかじゃのう」


 白い顎髭を撫でながら笑い声を上げる和尚に、幼児用ステップを抱えたままの私も元気いっぱいに応えた。




「いらっしゃいませ! 鎮魂館レクイエムへようこそ!」





《おわり》



 ご愛読ありがとうございました❁.*・゚









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鎮魂館〈レクイエム〉へようこそ! ~白と黒の陰陽王子とやさぐれ元OLの浄霊ノート~ 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

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