第3話 加藤恵はふたりいる(冴えない彼女(ヒロイン)の育てかた)

 物語部の部室で、1年生の樋浦清(ひうらせい)・市川醍醐(いちかわだいご)・立花備(たちばなそなえ)は雑談をしていた。

立花備「こないだ、ヒッチコックの『めまい』を見たんだけどさ」

市川醍醐「ああ、ジェームズ・ステュアートとキム・ノヴァクが出ている名作ですね。ジェームズ・ステュアートは悪役をやったことがないんで、どうもこの人が出てると話のネタがわかっちゃう気がしますね」

立花備「正確には1本だけ悪役のもあるらしいんだけどな。しかしヒッチコックって金髪好きだねえ」

市川醍醐「白黒映画時代はブロンドって映えますからね。現在見られる、事実上の初監督作品『下宿人』も、毎週火曜日にブロンド美人が殺されて、この人は犯人じゃないだろう、とわかる映画でした」

樋浦清「あの映画、主人公が高所恐怖症のわりに、事務所がサンフランシスコの見晴らしのいいところにあったり、ヒロインが泊まっているホテルの4階の窓から外を覗いたり、けっこういい加減だよね」

市川醍醐「まあ、後者は話の都合なんで…でも、事務所に関する意見は同意します」

立花備「あれは高所というより階段恐怖症かな。で、いきなりネタバレだが」

     *

(以下、ネタバレ注意)

     *

立花備「今まで見た一人二役アニメで一番面白かったのは『冴えない彼女(ヒロイン)の育てかた』だな」

樋浦清「えー!? あれそんなアニメだったっけ」

立花備「地味キャラにもなれない無個性だけどヒロインの加藤恵さんは、実はふたりいるんだ」

市川醍醐「あ、それ、ぼくも見てて思いました。加藤Aさんと加藤Bさんですか」

立花備「加藤Aさんはだいたい学校とその続きの場面にいて、制服を着ていて、あまり感情を出さないんだけど、加藤Bさんはおしゃれな服を着て、ときどき感情を出す」

樋浦清「おしゃれな服というか、子供服のセンスだけどね。でも可愛いよ」

立花備「早朝、坂の上で帽子を飛ばしたのが加藤Bさんで、学校でその話をしたのは加藤Aさん。その証拠に、加藤Aさんは「ほら、春休みの時、帽子拾ってくれたじゃん。白いベレーの」とは言ってるけど「わたしの帽子」とは言ってないんだ」

 聞いているふたりはうなづく。

立花備「その帽子は加藤Bさんのものになった(加藤Aさんも「あげた」と言っている)ので、主人公の安芸倫也の家に行って朝までつきあうことになった加藤Bさんは坂道で「そういえばここってわたしが帽子飛ばしちゃったところだよね」って言ってる」

市川醍醐「だいたいつきあいのいいのが加藤Bさんなんですね」

立花備「北海道に行ったのが加藤Aさんで、行ったけど早めに帰ってきたのが加藤Bさん。ここらへんでミステリー好きならだいたい気がつくと思うんだよね」

樋浦清「あれってアリバイトリックみたいな感じなの?」

立花備「モールの開店記念バーゲンに行った加藤Aさんは、安芸倫也と途中で別行動して、加藤Bさんが「おまたせー」と言って合流して、澤村・スペンサー・英梨々の言動にムッとする」

市川醍醐「確かに別行動する場面はあるんで、加藤Bさんはイトコの圭一くんとモールに行ったのかな」

立花備「コミケの会場に行ったのは加藤Bさんなんだけど、お手洗いに行くふりをして時々交代してて、澤村・スペンサー・英梨々が帽子を落としたのを見るのは加藤Aさん」

樋浦清「ここのところはどっちがAさんでもBさんでもよくなくない?」

立花備「澤村・スペンサー・英梨々の家でゲームのシナリオを打ち込んでいたのは加藤Aさんなんだけど、安芸倫也とスマホで会話して、「おなかすかない?」とカメダ珈琲店に誘ったのは加藤Bさん。ここらへんの入れ替わりトリックは、実によくできてる。そんなばかな、と思われるかもしれませんが、立ち上がった加藤Aさんと、会話している加藤Bさんがいる、って謎は、だいたいここらへんではっきりしたんだよな」

市川醍醐「つまり、加藤Aさんが取った電話を、廊下の加藤Bさんに渡した、という、アニメでは語られていない場面がある、と」

立花備「氷堂美智留の初ライブに行って、英梨々と名前で呼び合うのも加藤Bさん。フラットな演技は加藤Aさんで、キーになるところは加藤Bさんだな」

樋浦清「え、じゃあもうひとりの加藤恵さんの正体って誰?」

立花備「ちゃんと姉がいる、って当人言ってるやん。ふたごの姉妹の姉か妹だな。あるいは加藤Bさんは、実は加藤Aさんのイトコで、春休みに引っ越してきて、家が隣同士になった」

市川醍醐「じゃあ、イトコの圭一くんというのは、加藤AさんとBさんが安芸倫也に仕掛けた罠で、AさんかBさんの変装というのはどうでしょう」

立花備「入れ替わりトリックなんてミステリーでは普通にあるし、うちの部でも本当はふたりなのにひとりのフリをしている先輩がいるくらいだからなあ」

樋浦清「よくそんなくだらない話を考えたもんだよ! ちゃんと原作読もうよ、もう」

     *

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