第8話 シェイクスピア『ハムレット』の真犯人は誰か

 物語部の部室で、1年生の樋浦清(ひうらせい)・市川醍醐(いちかわだいご)・立花備(たちばなそなえ)は雑談をしていた。

立花備「こないだ北村薫『ミステリは万華鏡』読んだんだけどさ」

樋浦清「えー? 備ってそんなの読むの? ていうか、そもそも本なんか読むの?」

立花備「つまんねーんだよ! 死ねよワセミス! 特に久生十蘭『ハムレット』の話がさー」

市川醍醐「ま、ま、まあ、清さんも一応後輩になる予定だし」

樋浦清「そんな設定聞いてないよ! ワセミスって(検索)……ワセダ・ミステリ・クラブかー。うーん、ミステリーってあんまり読んでないのは前にも言った通りなんで。ところでどうして「ミステリー」じゃなくて「ミステリ」表記なの?」

市川醍醐「その件は長くなるから置いておいて。そもそも久生十蘭がつまらないですからね。せっかくなんでシェイクスピア『ハムレット』の真犯人の話でもしませんか」

立花備「さり気なく久生十蘭ディスるなよ。で、またその話やんの? それより『ロミオとジュリエット』の真犯人のほうが面白かったよ」

市川醍醐「ぼくもそう思いました。でも順番でまずこれを、こっちのほうでもやるんですよね」

立花備「何だよ、こっちのほう、ってのは。元はジェイムズ・サーバー『マクベス殺人事件』なんだけどね。誰がマクベスを殺したのか、という話」

市川醍醐「マクベスは殺されてねーっつーの!。ダンカンもマクベスに殺されてねーから!」

立花備「ごめんな醍醐、お前が人格崩壊するほどの嘘言っちゃって。でもどうせ『マクベス』もジェイムズ・サーバーもみんな知らないだろ」

樋浦清「マクベスって殺したほうの人、というか容疑者だよね。ところでサーバーのあの話、ラストで『次は「ハムレット」をやります』って言ってるんだけど、続きあるの?」

立花備「知ってんのかよ! 清は北村薫の物語の中の登場人物かよ」

樋浦清「北村薫の本は読んだことがないからよくわからない。『赤頭巾ちゃん気をつけて』を書いた人だっけ」

立花備「それは庄司薫。ボケるなら栗本薫ぐらいにしとけよ。で、『ハムレット』の真犯人はフォーティンブラスなんだ」」

     *

 フォーティンブラスというのはノルウェーの王子で、ポーランドでの戦が終わったあとはハムレットの国であるデンマークを武力進行している裏の主役だ。シェイクスピアの芝居にはほとんど出てこないが、一番の悪役だな。最後に生き残ったホレーショから話を聞いて、弔いの砲を撃つ。

 さてその前に、先代のハムレット王と先代のフォーティンブラスの話をしておこう。

 そのふたりは30年前、デンマークの領土と王位継承権を巡って一騎打ちをした。勝ったのは先代ハムレットで、彼は唯一のデンマーク王位継承資格を持つガートルードを妻として迎えるが、息子ハムレットは庶子として、正式な跡継ぎとは認められずに、ヴィッテンベルク大学の神学生になり、将来は教会関係者として生涯を終える予定だった。

 しかし父王の急死により帰国したハムレットは、叔父クローディアスも第一幕第ニ場で「次の王位継承者」と断言する。要するにハムレットにはクローディアスを殺す動機がないんだ。強いて動機を探ると父王の暗殺に対する復讐なんだけど、これ、父の亡霊がが勝手に「俺を殺したのはクローディアスだ」と言っているのと、変な芝居を見せたらクローディアスの挙動が変だったというだけ。おまけにハムレットは実は父の顔をよく知らないんだ。

 それに比べるとフォーティンブラスは、「この事件で一番得をした者が犯人」という視点から見れば、明白すぎるぐらい犯人だ。戦わないでデンマークを自分の領土にしちゃうんだからな。そして実行犯はホレーショだ。

 亡霊の話をするのはホレーショで、役を演じたのはオフェーリアの父ポローニアス。「あっあそこに父君の亡霊が! 亡き先王にそっくり!」って、どう考えても嘘だろ。

 要するに、この物語には嘘つきがふたりいる。ひとりはホレーショで、もうひとりはガートルード。ガートルードの実の息子はホレーショで、オフィーリアが川で溺死したのはガートルードが突き落としたからだ。この事件に関しては、証言者は彼女しかいない。

 そして一番重要なのは、この話全体がホレーショの嘘物語だ、ということだ。ホレーショが最後になんて言うと思う?

     *

市川醍醐「『そして最後にはすべて、外れた陰謀が自分たちにふりかかる。そのすべてを私がありのままに話そう』」

立花備「そうだよ、ありのままになんかホレーショは話していない。ハムレットは最期に、フォーティンブラスにデンマーク王を、と言うことになってるんだけど、それを聞いたのはホレーショだけ。これ、「フォーティンブラスに屈せず、徹底的に戦え」という言葉だったとしたらどうだろう」

市川醍醐「結局、ホレーショは新しいデンマーク王の重臣になるけど、多分真実を知る者として、何年か後には殺されるんでしょうね。物語の最後にフォーティンブラスが鳴らす砲は、だから弔いの砲でもあり、自らの祝福の砲でもある、と」

     *

樋浦清「すごいよ、備。それ全部自分で考えたの?」

市川醍醐「まあ本当は、第三幕第三場でクローディアスが罪の告白をへたくそにすることで否定されるんですけどね」

     *

 このテキストはでたらめです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物語部員の生活とそのオタカルチャー的な意見 るきのるき @sandletter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ