物語部員の生活とそのオタカルチャー的な意見
るきのるき
第1話 漫画『はだしのゲン』の名前(人名)に関する物語部の仮説
それは1学期、5月か6月か7月の適当な季節。
物語部員の3年生である樋浦遊久(ひうらゆく)とその妹の1年生・樋浦清(ひうらせい)、同じく1年生の市川醍醐(いちかわだいご)と立花備(たちばなそなえ)は集まって考察の発表をはじめた。
*
樋浦清「それでは、漫画『はだしのゲン』の主人公の名前がなぜ「元(ゲン)」なのかに関するわたしの仮説を言うよ。まず、この漫画が最初に連載されたのが週刊少年ジャンプという少年誌だったこと、作者の中沢啓治さんが広島の被爆者であることが関係あると思ったわけ。少年誌では「元気」が大事だよね? 生まれて来た子供に関しては「友達がたくさんできるように」ということで、「友子」という名前がつけられてます。同時にこの名前は「原爆」の「げん」でもあるのね」
立花備「却下だな」
市川醍醐「悪いんですけど、清さん、ぼくも却下です」
樋浦遊久「俺も却下。いいか妹よ、ここで考えなければならないのは、作者の中沢啓治さんがどうしてその名前にしたか、じゃなくて、話の中の父親、中岡大吉さんがなんでその名前にしたのか、ってことだ。つまり、作者がどう考えてるかというのは別の次元の話なんだな」
樋浦清「えー!? じゃ、わたしの説は一時取り下げにするんで、ねーちゃんの説を聞かせてよ」
樋浦遊久「まず不思議なのは、子供たちの名前なんだ。順にあげると、長男が浩二、長女が英子、次男が昭、で、三男が主人公の元(ゲン)、四男が進次、次女が友子、の6人。まぁ確かに時代の名前だな。特に「昭」ってのは昭和の年号が始まったころによくつけられていた名前。ただ、長男が「浩二」ってのはおかしくないか? 子供が多かった時代、名前に「数」を入れたり、「太郎」「次郎」ってつけるのも普通だけど、それだと「浩太郎」とか「浩一」にするだろう。中沢啓治さんによると、もとのキャラの名前は「長兄・浩平、姉・英子、次兄・昭二、作者本人(啓治)、弟・進、妹・友子」。これだと不自然さはない。じゃあなんで名前を変えたのか」
ちょっと樋浦遊久は茶を飲んだ。
樋浦遊久「俺の推理では、浩二と昭は、お母さんの子供じゃないんじゃないか、という説。つまり、浩二さんは子供の産まれない中岡家に、親戚からもらってきた養子。で、そのあと実子ができたんで「英子」「元(ゲン)」「進次」という名前にして」
市川醍醐「面白いんですが、漫画の絵では浩二と元(ゲン)とは顔すごく似てませんか。とりあえず却下、ということで」
立花備「ちょっと考えるところがあるが…昭が長男でもいいんじゃないか、ということで却下させていただきます、遊久先輩」
市川醍醐「次はぼくの番ですね。戦前、って言うとわかりにくいけど、大正から昭和のはじめ、って言えばわかりませんか。大正デモクラシー、蟹工船、労働者よ団結せよ、うーん、駄目でしょうか。プロレタリアート芸術ですよ。実は父親の大吉さん、下駄の絵付け職人なんだけど、蒔絵と日本画の修行のために京都に行ってて、その時に芝居に関係してるんですよね。1927年9月10日・12日、前衛座による大阪京都公演『カイゼリンと歯医者』その他です。その時のポスターがこれ。で、長女の「英子」って名前だけれど、当時の名前としてはリベラルですよね? 日英同盟は1921年に廃棄されてて…あー、ごめん、データベースとしてのぼくは結論を出せないんです」
みんなでお茶を飲む。
立花備「ではおれの考えを話す。まず市川、父親の大吉さんはプロレタリアート芸術に興味を持ったかもしれないが、このポスターは前衛すぎて駄目だ。当時の流行にしても、日本画と蒔絵という、日本の古典芸術の流れから外れている。ただ、名前にリベラルな要素を盛り込むという案はあるだろう。流行でもなく前衛でもなくてほどほど反体制で、広島で「元(ゲン)」のつく名前は、広島市民、いや、広島県の西部の住民なら誰でも簡単に思いつく」
ここで茶を飲む。
立花備「毛利元就しかいないだろ。戦国時代の安芸国領主で、天下統一という体制に逆らった大名だ。なおかつ、遊久先輩の説も面白い、つまり浩二が長男ではなかった、という話だ。そうなると元(ゲン)は三男ではなく、幼児の時に死んだ長男がいて、4番めの男子、ということは…」
樋浦清「げ…げんし(元四)!?」
*
このテキストはでたらめです。
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