14歳 夏 一人旅 スタンドバイミー 中

 新幹線での長旅で一人旅なんて時也は初めてだった。

 小田原駅で10時8分発のひかり507号・新大阪行に無事に乗れて、自由席に座ることが出来たときやっと一息吐けた気がした。

 いずれ柚原姉妹には会いに行くんだとお金はずっと貯めてきていたから、今日の新幹線代や移動費。宿代も時也は自分で出すと言い張った。両親は協力してくれようとはしたけれど、どうしても自分の力だけで行きたかったから。

 列車に揺られ車窓の富士山を見つつ、時也はどう萌恵に事実を伝えようかと思案していた。初めてのことに緊張が続いていたし、今日は朝すごい早く目が覚めてしまったので眠くなるかと思っては居たものの、そんなことは無く、約一時間半の名古屋駅までの道のりはあっという間に感じられた。

 名古屋駅は初めての駅で、巨大な駅だったので、中央本線快速・中津川行の出るところが解らず、二階も駅員に道を尋ねることになってしまった。

 その度に、一人で偉いねぇ。と言われてしまった。

 何処か恥ずかしい気がしたが、14歳では仕方ないのだろうと思う。

 無事に中津川の駅に着いたのは午後1時前になっていた。

 駅から柚原家に電話を掛ける。事前に尋ねることは手紙と電話で伝えてある。

「――もしもし、あの、僕、二宮ですが……」

 時也ですが、とは言えなかった、柚原家のお母さんにも、時也は正也だと名乗っていたからだ。

『はい、あら、正也くん? もう中津川に着いたのかしら?』

「……はい、今駅に着きました」

『そう、それじゃ今からお迎えに行くわね、少し時間がかかっちゃうと思うから、お昼ご飯はどこかで食べて置いてくれるといいんだけど』

「あ、わかりました。母が持たせてくれたお弁当があるんで、大丈夫です」

『そうなの、良かったわ。うちの子達は今日はちょっと病院へ行ってるの、近くの病院だからすぐ帰ってくるんだけどね、萌恵と香恵にはお父さんが一緒なのよ、だから私が正也君は迎えに行くわね』

「はい、お願いします」

『じゃあ30分後に、タクシー乗り場に来てね、わたしもお会いするのは、ホントあなた達が産まれた病院で逢った以来ね。楽しみだわー、またね』

「はい」

 正也君と呼ばれる事よりも、あなた達と言われた時、心が震える感じがあった。

 時也は今はもう一人で、片割れでしかない。達と言う言葉は、僕には適切では無いと時也は思い、母の携帯を握りしめる。

 ご飯を食べなきゃ。

 待合わせにも使われている様なところを見つけ、母から手渡されていた弁当を開けると、手紙が入っていた。

「なんだこれ?」

 時也が萌恵に手紙を書く時に使うのと同様の、メモ用紙では無く、本番用の綺麗な便せんだった。開いてみる。

『――時也へ、お母さんより。

 本当だったら、直接時也に話してあげるべきことなのだろうけど、

 手紙に書いてしまってごめんなさい。

 今日あなたがこれから柚原さんに会って、しようとしている事は、

 とてもとても大事なことです。

 お母さんや、お父さんだってまだ、正也お兄ちゃんのことを忘れるなんてことは

 出来ていません。

 時也は頭の良い子だからもう気付いているでしょうけれど、

 お母さんと、お父さんは、まだ、事故のことで傷ついています――』

 そこまで目を通して一瞬先を読むのを躊躇った。

 父と母の気持ちを直接知るのは始めてかも知れない。

 これまで敢えて遠ざけていた話題だったはずなのに。

 目を落として先を読む。

『――それなのに、あなたはどんどん前を向いて歩いて行ってしまう。

 今日も柚原さんに会って、誤解を解いて、お兄ちゃんのことを、

 あなたは乗り越えていこうとしています。

 私達もあなたを見習って、いつか笑顔でお兄ちゃんのことを話せるように

 なりたいと思っています。

 お弁当残さずきちんと食べてね。

 頑張って行ってらっしゃい』

 背中を強く押された気がした。それにたった一枚の、短い文章だったのに、父と母のこれまでの苦悩が解った気がした。時也が乗り越えようとしているものを、父と母は未だ乗り越えることが出来ないのだ。

 僕だって乗り越えられる自信はないんだけどな。

 母手製のおにぎりは、いつもより塩が利いていて少ししょっぱい味がした。


 そして三十分後、タクシー乗り場に時也は着いて、辺りを窺っていた。

 そういえば、柚原のお母さんの見た目とか服装とかを全然尋ねて居なかった。

 落ち合うにしても目印もない。僕がここに居るって解るだろうか。

 そう時也が考えていると、

「あなた、二宮正也君ね!」

 と後ろから声を掛けられて振り返る。

 そこに居たのは人懐こい顔をした40がらみの女性で、時也の母よりは少しふっくらした印象があるものの、元気の良さそうな女性だった。

「はい。柚原さんのお母さんですか?」

「はい、ゴメンねお待たせしちゃって! 一人で中学生が居ればすぐに解るかとも思ったんだけど思ったより正也君お兄さんなんだもの、見つけるのに手間取っちゃったわ!」

 お兄さんというのは年上に見られたと言うこと? かな。と時也は思って、少しでも兄に近づきたいと思っている彼はその褒め言葉が嬉しかった。

「わざわざ迎えに来てくれてありがとうございます。お家までは中津川の駅からは遠いんですか?」

「ううん、そんなことないわよ。でも目と鼻の先って訳でもないけど、車で30分くらいね。そっか、都会暮らしからしたら遠く感じるかも知れないわね~。萌恵と香恵も病院が終わって帰ってくるって言ってたから、ちょうど今からいけばすぐ会えると思うわ。じゃ行きましょっか。おトイレとか大丈夫?」

「はい、さっき済ませました」

「ほんと、正也君は高校生くらいに見えるわね? しっかりしてるわー。よくお父さんとかお母さんにもそう言われない? あ、荷物持ちましょうか?」

「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」

 柚原のお母さんの思った以上の好印象に相好を崩し、初対面とあって緊張はしたけれど、軽い足取りで時也は柚原家へ向かうことができた。

 彼女たちの家へ向かう車内でいろいろお喋りをする機会があって、今日は時也はどうしてこられなかったのかとか、柚原のお母さんの名前が春恵はるえさんであるとか、色々聞くことが出来たが、萌恵と香恵の二人は今日何故病院へ? と訊くと、そこだけ歯切れ悪くなり、

「それがねぇ、少し具合が悪いのよ」

 としか答えてくれなかった。


「はい、到着ー、小田原と比べると随分田舎でしょー。そうそう、今晩泊まるところにもあとで送ってあげるからね。あ、お父さんの車が帰ってきてるからあの子達も帰ってきてるわね」

 車を降りて、郊外の一軒家へ、庭は時也の家に比べるとかなり広い、車の駐車場も優に三台は車が納まるスペースがあるし。家も日本家屋の構えで瓦も綺麗だし。木造の二階建てだし大きかった。

「お邪魔します」

 引戸の玄関を開けて時也が比較的頑張って大きな声を出すと。

「いらっしゃい!! 正也君! 待ってたよ!」

「いらっしゃい!! 正也君! 待ってたよ!」

 と双子らしい挨拶を声を揃えて萌恵と香恵がしてくれた。

「お姉ちゃん、揃ったー」

「ふふふ、そうねー」

 と言って笑う彼女たちは、左が姉の萌恵ちゃんだろう、いつか見た写真より更に髪が伸びていて、黒髪で、白い肌。あれ、どこか元気が無さそうな印象がある。

 右が妹の香恵ちゃんだ、ショートカットは相変わらずで、こちらは元気はつらつとした印象だ。

「おお、君が二宮さんとこの、大きくなったねぇ、まぁうちの子達がこうなんだからそちらも大きくなって当然だけどね。いやー男の子も育つの早いねぇー、僕がこの子達のお父さんの尚樹なおきだ、母さんお出迎えありがとう」

「いえいえ、さ、さ、どうぞ正也君あがって、この子達あなたと喋りたくってずっと、ずーっと我慢してたんだから」

「はい、お邪魔します。叔父さん、叔母さん失礼します」

「どうぞどうぞー、萌恵、香恵、お茶とお菓子出してきて」

「はーい、お父さん、そんなに話し込まないでよ? 私が、お呼びしたんだからね」

 と話し込む気満々の柚原家の父に萌恵が釘を刺す。

「お姉ちゃん、私もお話してもいいでしょ?」

 横から香恵も口を出す。

「うん、香恵、お茶用意しよう」

「はい」

 双子は髪型こそ違うが、顔立ちも声もよく似ていた。服装は同じにならないように意識しているらしく、かつて時也と正也がそうであったように、親が見分けが付きやすい服装、をされているようだった。が、時也から見れば可愛らしい赤と白のスカート姿で、写真を見て想像していたよりは相当二人とも美人だという印象を受けた。

 居間に案内されると、時也の家のように椅子とテーブルがあるリビングダイニングではなくて、畳に脚の付いた低い机に座布団という純和風スタイルで、畳の匂いは久しぶりだった時也は、こんな家が今もあるのかと思ってしまった程だ。

 ぐるりと居間を何気なく見回してしまうと、端の方になにやら医療機械のようなものがあってそれだけがこの居間の和風の雰囲気からは浮いて見えた。

 居間に座ってお茶が出されるのを待っていると。

「そうだ、正也君、お家に着いたよって電話しないで大丈夫かしら?」

 叔母さんは娘二人に給仕を任せて叔父さんの隣に座っている。

「ああ、後で電話するので大丈夫です。ここまで順調に来れたんで。

 ぜんぜん心配してないと思います」

「そうか。いやーそれにしても東京、いや神奈川か、からここじゃー随分遠かったろう? 新幹線とか大丈夫だった?」

 叔父さんも見た目は厳つい感じがするが話すと砕けていて人懐こい感じがしていい人そうなので安心して話ができそうだ。

「ええなんとか、一人で新幹線に乗ったのは初めてだったんですけどね」

「そうかー、一夏の大冒険ってヤツだなぁー、俺もやったなぁー」

「この際あなたはどうでもいいのよ。お客様は正也さんなのよ」

「そうだったな」

「それにしても、久しぶりよねー、お父さんと、お母さんはお元気?」

「はい。二人とも元気でやってます」

「私もあの子達が産まれたときは随分大変だったけどねぇ、二宮さんのところと偶然にも一緒になっちゃって、お母さん同士もすぐなかよくなったものよー。多佳子さんともお話ししたいから、後でお電話するとき私にも代わって頂けるかしらね?」

「はい、それはもちろん」

 と歓談していると、娘二人がお茶とお菓子を持ってきてくれた。

「はい、正也君。ほんとすごいよねぇ、私だったら絶対東京までは行けないもんなぁ」

「あ、ありがとう、ございます」

 お茶の入った湯飲み茶碗を萌恵から受け取る。先程感じた元気が無さそうな感じはやっぱり気のせいだったのだろうか? 笑顔があまりに可愛くて見惚れてしまいそうになる。

「ございます、じゃなくて、ありがとう。だけでいいよ。私達、姉弟みたいなものでしょ? だよね、お母さん」

 カットしたカステラを並べつつ香恵がそう言う。

「そうよー、あなた達は四人で姉弟みたいなものよ。長男と、長女が、正也君と、お姉ちゃんよね~。時也君も来れば四人揃ったのにね」

 チクリと心が痛む。けれどそれを伝えに来たのだから、と耐える。

 二人の両親との会話はとりとめも無く十数分続き、それからいよいよ娘達との会話に移った。時也は萌恵から思いがけない告白をここで逆にされることになるとは思っても居なかった――。

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