運命を探しにゆこう
14歳 ― サッカー嫌いの読書好き
僕はクラスから思いっきり浮いていた。
小学校の時いじめられていたわけじゃないのに。
中学二年になって、クラス替えがあってから、
ますます自分の性格が暗くなってしまったように思う。
「時也! 昼休みだぜ、サッカーしにいかね?」
クラスの自称友達は今日も元気に話しかけてくれるタイミングを見計らっていた。
彼らはこんな僕を心配してくれているのだ、気持ちはとてもありがたい。
「ありがとう、でも僕、図書室で読みたい本があるんだ」
サッカーは嫌いなんだと一言言ってしまえば良いだけのことなのにそれは避けた。
「そっか。また明日の昼休みも誘うからよ! お前運動神経いいんだから、
運動部の奴も一目置いてるんだぜ? 頼むよな!」
笑顔で彼らは引き下がって行ってくれた。
もしサッカーじゃないなら考えても良いかもしれない。
でもサッカーだけはどうしてもあれからやることが出来なくなってしまっていた。
仕方なく図書室で本を読んでいると一人の女子に話しかけられた。
「時也君、いっつも昼休み本読みに来てるよね。男の子達とサッカーしないの?」
クラスの
「あ、西島さん。ううん、僕ちょっと、サッカーはニガテなんだ」
隠すわけでも無く、正直に答える。
「ふうん、運動万能な時也君にも苦手なスポーツなんてあるのね」
「ま、いろいろあってね」
苦笑してみたが作り笑いっぽくないだろうかと気にしてしまう。
「ねぇ、時也君、時也君本は好きなのよね?」
「え、うん。好きだよ」
と言ったら、彼女は意外にもそれまで見せたことの無いような、
柔らかい笑顔をしてくれた。
「そう、だったら一緒に読まない? 昼休みの間だけで良いから。
嫌じゃ無ければ、だけどね?」
「いいよ」
後に親友になる彼女は、中学のこの頃、身体が弱くて、
他の子達のように外で思い切り遊ぶ事が出来なかったらしい。
たまたまイケメンがいたから捕まえたんだ、なんて高校の頃言っていたけれど、
中学の頃の僕にもちょっとは気があったようだ。
僕はそんなことには全然気付かないまま、本を一緒に読んでくれる、
読書メートができてすごい嬉しかった。
僕が本を読むのには理由があった。
手紙を書くのに文章を学びたかったからだ。
勿論学校ではそんな話したことは無かった、
後に彼女には話して、いろいろ相談にのってもらうんだけど。
それはまだちょっと先の話だ。
その日家に帰るとお母さんが、何時ものように手紙を僕にくれた。
「時也、正也によ。あの子から」
「ああ、うん、ありがとう」
母は唯一、入れ替わっていることを知っている一人だった。
父ですら、時也が兄の手紙の代筆をしているなんてことは知らない。
「時也、母さんがいうのもなんだけど……彼女ももう中学二年生でしょ、
あなた達と同い年なんだから。
その、いつまでもあなたが代筆し続けるわけにはいかないんじゃないかしら?」
母はたまりかねた顔をしていた。
「大丈夫だよ、上手くやるって。それに……彼女が好きなのは僕じゃ無くて、
正也兄さんなんだ。彼女の夢を壊したくないしさ」
少し棘がある言い方になってしまったのは、
その頃丁度思春期に入りかけていたからかも知れない。
母にも、彼女にも、余計な心配は掛けたくない。
もちろん兄さんにもだ。
部屋に入り、桃色の封筒を見つめる。
綺麗な女の子の字で、
『二宮正也様へ』と記載されている。
裏返すと、ここ神奈川からはだいぶ遠い岐阜県の住所と、
『柚原萌恵』と記載されている。
ペリペリと封を切って、花の絵をあしらった便せんを見つめている僕は、
もう正也兄さんでなけれないけなかった。
『――正也様へ、
お元気ですか? 梅雨も過ぎてすっかり夏っぽくなってきましたね。
私も香恵も、学校に通う道でもう真っ黒に日焼けしています。
岐阜の田舎は神奈川よりは涼しいのかな。
都会の夏はすごい暑いんでしょうねぇ、お体悪くしないように気をつけて。
私の書いた絵と、香恵と一緒に撮った写真を同封します。
夏休みに会えればいいんですけどね。
うちはお父さんが厳しくて、神奈川までは行けそうもないです。
正也さんが会いに来てくれたら嬉しいな――』
ちょっと今の時代としては、手紙での文通ですら古風だが、
彼女のあまりにも綺麗な字面とこの文面を見ていると、
大人びているように思えて仕方ない。
東京の大学病院で、彼女と兄は同時に産まれたのだと言う。
同じ日に双子の分娩が重なっただけでも珍しいのに、
彼女と兄は産まれた時間までも同じだったそうだ。
病院の医師、看護師達はそれは奇跡だと喜んでいたそうだし。
知らず知らずのうちに親からそれを聴いて育った僕らは、
いつの間にか、兄と彼女の間で文通をし始めていたらしい。
そしていつの間にか、でもこれはもう必然なんだろうけど、
兄と彼女は互いのことが気になる仲になっていたみたいだ。
僕が入れ替わった12歳の頃の文面からでももうそれは解ったくらいだし、
13歳にもなれば女の子は進んでて、男子なんかが及ばないほどに、
恋愛事情にも詳しいんだろう。
でも、彼女の手紙の文面からはそんなことは見えず。
僕が代筆している兄の文面からもそんなことは見えないようにしている。
にもかかわらず、彼女が兄を好きだってことは、
会いたいと言う直接的なメッセージが無くたって、
手紙に添えられた、水彩画の綺麗な川の絵や、
双子の妹と笑顔で映る写真を見てれば良く解った。
写真の中で妹の
左の耳にかかる位のショートカットなのが香恵ちゃん、
右の二つに結んだ髪が背中の真ん中まである方が萌恵ちゃんだ。
「はぁ、兄さんはこんな可愛い子にモテてうらやましいなぁ」
と言いつつ、机に向かい、ペンを取って、
返信を書き始めれば、僕は正也兄さんだ。
『――萌恵様へ、
もうすぐ僕たちの誕生日ですね、もうすぐ14歳になれると思うと――』
クシャッと便せんを一枚丸めてゴミ箱に放った。
もうすぐ、が重なってしまった。
兄さんだったらこんな文は書かないに違いない。
書き直そう、もう少し丁寧な字で。
時也が放った便せんは、部屋の隅っこにあるゴミ箱に綺麗にすとっと納まった。
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