独唱
天邪鬼
独唱
誰にだって、自分だけの趣味や楽しみってあると思うんです。
ただそれが、私の場合は人の頭髪を集めることだったというだけなのです。
だけど小学生の頃、私はそのことですごく気味悪がられ、イジめられました。
以来、趣味のことを口外するのはやめました。
何がそんなに気持ち悪いのか、私にはまるで理解ができません。
社会一般的に価値の無いものだからでしょうか。確かに、靴やジュエリーをたくさん持ってるのと違って、髪の毛を集めたところで私の何かをアピールできるわけではないでしょう。
でも蒐集家というのは得てして大多数の評価を求めているわけじゃない、と思うんです。
切手、石、虫の標本、そういったコレクションは、それを集める人にとって何かしらの価値があれば良いのです。
私にとって、人の頭髪というのは魅力的なものです。それに見境なく集めるようなことはしません。集めるのは本当に気に入ったものだけです。
髪というのは、人それぞれ本当に少しずつですが、色合いや艶、太さが違います。それぞれが個性を持っていてとても面白いのです。
そして頭髪の最たる魅力は、必ず元は誰かの身体の一部、つまりは所有物であるということです。
といっても、人から物を盗る背徳感を楽しんでるというのではありません。私にとって、頭髪はその人のイメージそのものなんです。この人はこんな髪をしている。それを見るのが楽しいんです。
人工的に手が入れてあっても構いません。極端な話、ピンク色の髪だとしても、私が美しいと感じればコレクションにするでしょう。
色の染め方やパーマのかけ方は、その人の美的センスを象徴するものだと思うから、ナチュラルであるかどうかは問題ではないんです。
髪の毛を集めるときは、本当は直接抜き取りたいところなのですが、それをするとバレてしまうので、机などに落ちたものをこっそりと持って帰ります。そして髪の毛全体を、セロハンテープで紙の上に貼り付けて保存します。そのとき、上にはいつどこで、誰のものを拾ったのかを記載します。
もちろん誰のものかが重要ですから、見知らぬ人の髪を拾うことはしません。あくまで友人のものだけです。
そうして私は、今までにおよそ百人の方の髪の毛を集めてきました。
この間事故で亡くなってしまった仲良しのアキちゃん、高校の時に付き合ってたタカフミ君、抗がん剤の副作用で今ではすっかり髪が抜け落ちてしまったタクロウおじさん。
私のコレクション箱の中には、たくさんの人がいるのです。
これってとても素敵なことだとは思いませんか。もちろん、私が魅力を感じた髪の持ち主しかここには名前がありませんが、卒業アルバムよりよほどいい記念品だと思っています。
しかし、自分の趣味を隠すようになってからというもの、私はずっと寂しさを感じてきました。
というのも、共感してくれる人がいないのです。
人は繋がりを求める生き物ですから、やはり楽しみも共有したいと思うのは
もうずいぶん前の話ですが私が就職したばかりの頃、タケシさんというコレクターの彼氏がいました。お互い真剣に結婚を考えていました。
彼はペットボトルのラベルを集めていて、よくラベルの魅力を話してくれました。
私にはその良さを理解することはできませんでしたが、ラベルについて語るときの彼は本当に輝いていて、私はそんな彼を見ているだけで幸せでした。
何より、自分が蒐集家であることを隠すどころか堂々と公言する姿に惚れ込みました。
趣味を理由にイジメられた私は、蒐集癖があるというのは恥ずかしいことなんだと思っていたので、人に言うなんて勇気は持てなかったんです。今でもそうです。
この人なら、私の趣味もきっと一緒に楽しんでくれるだろう。
そう思って、ある日私は自分も蒐集家であること、そして人の頭髪を集めていることを彼に打ち明けました。
彼は言葉にこそしませんでしたが、曇った表情から何を考えているのかは一目瞭然でした。
一週間後、彼から別れを告げられました。何と言われたかはよく覚えてません。少なくとも本音では無かったと思います。本当は私が気持ち悪くなったんです。
何がそんなにいけないのでしょうか。頭髪の何が悪いのでしょうか。
それともみなさんは、気持ちの悪いものを常に頭の上に乗せて生活しているのでしょうか。それなら、剃ってしまえばいいとは思いませんか?
この人ならと思っていましたから、彼にフラれたことは、やはり私にはショックが大きかったんです。
しばらくは、鬱になったかのように何もせず、ただ彼の髪をぼぅと眺めて過ごしました。
コレクションをやめようと思ったこともありました、ですがやっぱり今まで集めたものを捨てる勇気は無かったんです。
いくら人に嫌がられたとしても、私は髪が好きなんです。
私は、告白の場としてブログを始めました。もしかすれば、私と同じように秘密を持って悩んでいる人がいるかもしれないと思ったんです。
ブログを始めてから一年、その人は現れました。
彼女は自分を、『アカペラ』と名乗っていました。
アカペラさんは私のように蒐集癖があるわけではありませんが、同性愛者であり、私と同じように秘密を抱えながら生活していました。
仲間がいる、これがどれほど私にとって嬉しいことであったか、どんな言葉をもってしても言い尽くせません。
私の趣味を理解してほしいなんて贅沢は言いません。自分を偽りながら付き合う友人とは違う、好きなことを包み隠さず話すことができる相手がいる。受け入れてくれる人がいる。それだけで本当に幸せでした。
とはいえ彼女は同性愛者だと言っていますから、もしかすると私の弱みにつけこんで、お付き合いをしようとしてるのではないか。そんなことを考えたこともありました。
でも、仮にそうだとしても私は構わないと思いました。私は同性愛者ではありません。ですが、人の価値観を、特に好きなことを否定するつもりは毛頭ありません。
彼女が喜ぶのなら、一緒に寝てもいいとさえ思いました。
そしてついに、アカペラさんから、私に直接会いたいとお誘いが来ました。
普通なら女性同士のお茶会といったところなのでしょうが、彼女にとってはデートに誘うようなものだったと思います。
私は正直悩みました。実際に会ったら幻滅されてしまうのではないかと不安になったんです。イジメられた記憶が頭をよぎりました。
でもすぐに、今度は別れた彼、タケシさんのことを思い出したんです。私も彼みたいに自分の趣味を語りたい。自分を曝け出したい。
私はこのときになっても、彼に対して憧れを持っていたんです。
そして、悩みに悩んだ末、私はアカペラさんと会うことを決めました。
アカペラさんはよほど待ちわびていたのでしょう、私が返事をするや否や、すぐに日時と場所を連絡する返信が来ました。
私は、大きく一歩踏み出したのです。
でも、待ち合わせしたその日、彼女はそこへ来ませんでした。
それから数週間後、偶然とある掲示板にアカペラさんと待ち合わせている私を隠し撮りした写真が掲載されているのを見つけました。
「この女、人の髪の毛集めるのが趣味なんだってwwwマジ気色悪ぃwww」
掲示板で使っている名前こそ違いましたが、その書き込み主がアカペラさんであることは明らかでした。
さらにはこの数ヶ月、こうして私を騙すために性別を偽り、しかも同性愛者を装って、画面の向こうで私を嘲笑っていた男の姿も容易に想像がつきました。
というのも、私はその書き込み主の以前の投稿を数年分に渡って読んでみたんです。
書き込み主は六年前に、別の写真を投稿していました。
その写真には、大量のペットボトルのラベルが写っていました。
もう私には怒る気力もありません、あるのは虚無感だけでした。
やはり私は罵られ嘲られるだけの存在なのだと改めて思い知らされて、悔しさに一晩中さめざめと泣きました。
ですが、私は今でも髪を集めています。
これだけは、たとえ何があってもやめられないんです。
そのためにどんな孤独を味わおうとも、構いません。
今後も、幾度涙を流すか分かりません。何度引きこもるか分かりません。私を待ち受けるのは冷たい視線だけかもしれません。
それでもやはり、好きなものは好きなのです。
私は今日も、最近知り合った友人とお茶を飲みながら、彼女の艶やかな髪がするりと抜け落ちるのを待っています。
独唱 天邪鬼 @amano_jaku
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