第3話 手紙 3

〈やあ、久しぶりだね。ラシェット。僕の記憶が正しければ8年と5ヶ月ぶりだ。元気にしてるかな?今君は、どうして僕が突然手紙なんかよこしたのか疑問に思ってるだろ。それはそうだよね。だって、これは僕にしても同じなんだから。でもね、今手紙を書きながら確信したよ。人生最期の手紙の相手はやっぱり君しかいないんだってね。なんたって君は僕の短い人生の中で、一番の友達なんだからさ。君もそう思ってくれていることを祈る。


僕は今、「人生最期の」って書いたけどこれは冗談じゃないぜ?君は、また僕の冗談が始まったって思ってるだろうけど、残念ながら違う。僕は明日死ぬつもりだ。僕も冗談だったらなって思うけど、今回ばかりは仕方がない。それに僕は別に死を恐れちゃいない。どちらかと言うと、もし死ぬのに失敗したらどうしようかと心配している。まあ、ヘマはしないつもりだけど、もしもの時のために君に手紙を書くことにした。久しぶりに連絡をとったというのに、こんな手紙になってしまったことを、本当に申し訳なく、また寂しく思う。だからここまで読んで気にくわない気持ちになっていたら、謝るよ。でも、どうか一度だけでいいから最後まで読んでくれ。これは僕からの最期のお願いだ。


ところで、僕はなんで君の居場所がわかったと思う?君はあまり、新聞とかを読まないから知らないだろうけど、僕の住んでいる国では君はなかなかの有名人なんだぜ?

「帝国軍第1空団 ラシェット・クロード伍長 軍部に反目か」って記事が、どこから聞きつけたのか、うちの国の新聞に小さく載ってさ。見出しをみただけでも驚いたけど、記事を読んだらもっと驚いたよ。そこには


「先のボートライル大陸、メルカノン大陸間での空賊討伐の任において、目覚ましい戦果を挙げたラシェット・クロード伍長は、陛下への謁見の名誉を賜った。その席にて陛下より「もしなにか、この国の為になると思うことがあれば申してよいぞ」とお声をかけられた。これはボートバル帝国初代国王時代から続く伝統で、広く優秀な人材から意見を取り入れるという旨から続けられている質問であるが、現在では形だけのものになっており、誰もが「陛下のお考えのままに」と頭を下げ辞すのが通例となっていた。しかし、ラシェット・クロード伍長は臆することもなく「では、僭越ながら申しあげます。もし、ここにいらっしゃる御歴々が本当にこの国のことを思っていらっしゃるのならば、今すぐ全員お辞めいただきたい。そして、その後任は国民の選挙により選ぶようにしていただきたい。それが今、一番この国の為になりましょう」と言い放ったのである。これは誠に近年稀に見る珍事であるが、しかしようやく帝国にも転換期が、やってくるのかも知れない。そのとき、民主先進国としてわが国は帝国とどのように向き合っていくべきか。今後も注視していかなければならない。

S.D.ボッシュ記者」


って書いてあるんだから。いやぁ、嬉しかったなあ。君がまるで変わってないってことが。中等学校の時も君は、あのいかつい体育教師ザンマンの不当な走り込みに抗議しようって立ち上がって、クラスの男子皆を巻き込んでグラウンドで座り込みをやったよな。で、結局全員コテンパンに叩き起こされた挙句、いつもより多めに走らされたんだよ。あのときは皆文句言ってたけど、あれは楽しかったなぁ。この間偶然会った、ジースもそう言ってたよ。


なんの話だっけ?ああ、まぁ、とにかくこの記事のおかげで君はこっちでは有名人なんだ。いかにも、うちの国が好みそうな記事だろ?帝国主義を、嫌ってバカにしてるんだ。君のいる国を野蛮な国だと思ってる。そう言うだけで僕が、どこの国で働いていたか君ならもうお察しだろ?


だから、有名人の君の情報は情報屋がちゃんと持ってたので、簡単に入手することができた。楽なもんだ。今の時代、金を積めば色々な情報がすぐに手に入る。


それで、君は僕の予想通り軍を辞めていた。辞めさせられたのかな?まあその両方かもな。しかし、郵便飛行機乗りになっていたとはわからなかった。でも、なんか君に合っている気がするよ。それに僕にとってこんなに都合がいい職業は他にない。これも偶然とは思えないな。運命と思いたい。


ラシェット。僕は今、働いていた国を離れ、遠い遠いある島に来ている。この手紙は信頼できるある人に託すつもりだけど、万が一検閲されるとも限らないから、具体的な場所は書けない。だからヒントをいくつか書こうと思う。そのヒントを元に僕の居場所を探しだして欲しい。そして、


僕が本当に死んだかどうか、君が僕の死体を確認して欲しい。


また、


もし、死体が見つからなかったとしたら、僕はしくじって拉致された可能性がある。その時はどこかに拉致された僕を探し出して、君の手で僕を殺して欲しい。


すまない。これが本当の、僕から君への最期のお願いなんだ。

この手紙の中だけで、最期のお願いを2回も使っちゃったけれど、思えば僕は君に何回最期のお願いと言って頼み事をしただろうか。たぶん、慣れている君のことだ。今回も大目に見てくれるだろ?


まあ、気持ち悪いお願いだってことはわかってるよ。もし僕がお願いされる立場だったらホント、辟易してると思う。

でも、これは君にしか頼めないことなんだ。他の奴じゃ、ダメなんだ。君なら自分の利益のために僕を生かしておいたりはしないで、ちゃんとこの世から葬り去ってくれるだろうから。


ここまで読んできて、君にも色々聞きたいことはあるだろうと思う。

けど、すまない。僕が死ななければならない理由はここには書けない。たぶん、ここに書いてしまったらまた、余計な火種を作ってしまうことになると思うんだ。


だから、そろそろこの手紙も終わらせよう。本当はもっと君に、色々話したいことがあるけど、もうこれは8年以上会うことのなかった不幸を呪うことにしよう。人間、いつが今生の別れになるかなんてわからないものだね。会えるときにちゃんと君に会っておけば良かったと今さらながら思う。


ヒントだ。

1.この島は君が見たこともなければ、聞いたこともない。未知の島だ。例え君が郵便飛行機乗りだとしてもね。これは賭けてもいいぜ。


2.古代アストリア文明のとある遺跡にだけ、僅かにこの島についての記述がある。それをもとに僕はここまで辿りついた。これは大きなヒントだね。でも、ことはそう単純じゃないから気をつけて。まあ君なら大丈夫か。


3.君はノイスマウカノ鳥っていう鳥を知ってるかい?今から、120年ほど前に冒険家のサンド・ロウ・マウカノ卿が発見した、珍しい渡鳥なんだけど、その生態を調べたらこの島に大きく近づけると思う。これはこの島に来てから初めて気がついたことなんだ。だから、これを辿ったら意外と早く見つかるかもしれない。


以上なんだけど、君は今こんなヒントしか無いのかって思ってるだろ?悪いけど、これがギリギリの線なんだ。これなら万が一手紙が奪われても明日までには見つからないだろうからね。


さて、もう書くべきことは書いたな。

あとは、君へのお別れだけだ。

しかし、それも書くことなんて特にないのかもしれないな。さっきまで色々と、僕の最近の8年間の話をしたいと思っていたけど、それよりも今は、楽しかったあの中等学校時代が、ただただ懐かしいよ。

よかったら君も目を瞑ってあの頃のことを思い出してくれないか。


読んでくれて、ありがとう。

では、君の今後の無事と幸運を祈って。


さようなら。


親愛なるラシェット・クロードへ

親友サマル・モンターナより 〉

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