7.泡沫の夢。茹だるような輝かしい時だったとぼくは言う。
書いては消して、書いては消して、きっと誰の目に触れることもない言葉を、丁寧に書き綴ってゆく。
耳を澄ましたところで、声が返ってくることはない。
小さな匣の中に閉じ込められてしまったみたいに、ぼくは息苦しくてたまらなかった。
小説家を志したのはいつのことだったか、分からない。
誰もが嗤う。
お前には才能が無いと、わけ知り顔で語る彼等は、みんな同じ目をしていた。
ぼくと、一台のパソコンを収納する小さな匣の隅には、まるで恋文のように、顔も知らない誰かに読んでもらおうと書き綴った物語が積み重なっている。
それはとうに潰えてしまったかつてのぼくと同じ形をしていて、ものも言わずにじっとぼくのことを見つめている。
窓を開ければ、茹だるような熱気が押し寄せてくるのかもしれない。
あるいは、夏の日差しの下、無邪気にはしゃぎ回る子どもの声。降り注ぐ蝉時雨。きっと聞こえてくるだろう。
真っ暗闇を映すパソコンのディスプレイを、徐に覗き込んでみた。
そこには夢の成れの果てが映り込んで、お前は誰だとぼくに問いかける。
ぼくは、ぼくは一体誰なのだろう。
物語を紡ぐことが好きで好きでたまらなくて、それでも、真摯に向き合うことが怖くて、申し訳程度の外界との交流、普遍的な魂の在り方、そんなものにかかずらって、もう、息をするのも苦しかった。
指先で語ることに慣れたころには、言葉を発することが苦手になっていた。
夢の成れの果てに返そうとした言葉を飲み込んだ。
痰が絡んだ喉が、ひゅうひゅうと木枯らしのような音を立てた。
きっとこんなものなのだ。
夢とは一つの逃げ道のようなもので、その袋小路は、きっと何よりも生ぬるく、居心地がよい。
けれど世界は、ぼくをそこにおいておくことを許さなくて、ぐいぐいとぼくの手を引こうとする。
彼等が引くその手首を切り裂いてしまえば、真っ赤な血が流れて、手を引くことをやめてくれるだろうか。
あるいは、夢をそのように扱うようになってから、ぼくは今まで生きた心地がしなかった。
もういい。終わりにしよう。
三度、咳をして木枯らしを吹き飛ばした。
よれよれのシャツに着替え直して、ナップザックに愛だけを詰めて立ち上がる。
ぼくは一体どこに行こうとしているのだろう。
分からないけれど、きっとここよりは素晴らしい場所なのだ。
空想のように華やかな物語が無い場所に、儚い色を落とす、淡い心のない場所に。
どこにだって行ってしまおう。
ぼくは、どこまでも歩いてゆく。
逃げ道なんてないのだから、前を向いたら楽になるはずさ。
汗でしとどに濡れた額を拭い、玄関の戸を押し開ける。
蒸せ返るような熱気だけが、ぼくのことを祝福していた。
メンヘルハッピーデッドエンド 相川由真 @ninosannana1
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