あなたの名前を教えてください
水谷 悠歩
あなたの名前を教えてください
「あなたの名前を教えてください」
リビングの真ん中で行儀よく正座した少年は、空色の瞳でわたしを見つめながら淡々とした口調で尋ねた。
わたしは腰をかがめて相手に目線を合わせると、生まれたての赤ん坊でも分かるよう、ゆっくりとした口調で答えた。
「わたしの名前は、
「あ、お、い」
少年は表情を変えぬまま、一つ一つ音節を区切りながら復唱した。
「そう、葵。よろしくね」
「それはどのような表記になるのですか」
「……表記?」
まだ学習が足りていないのか、やや堅苦しい言葉遣いに眉をひそめて苦笑しつつ、少年に向かって答える。
「えーと、……漢字一文字で植物の『葵』なんだけど、この説明で分かるかな?」
「はい。『三つ葉葵』の『葵』ですね」
「うん、それで合ってる」
見た目以上に賢い子なのだと改めて感心する。
さて、自分の名前が伝わったので、今度はわたしが尋ねる番だ。
「それで、君の名前は?」
「僕はクレモンといいます」
彼のファーストネームが「Clement」という
「
「はい。父につけてもらいました」
「そうなんだ。ちなみに、クレモンってどういう意味なのかは知ってる?」
「はい。『温和』という意味のラテン語『
「よく知ってるね」
手を伸ばして頭をそっと
「さっそくだけど質問してもいい?」
「はい」
「クレモンは何が得意なのかな?」
「僕は役立たずなので、何もできません」
瞬きもせず、空色の瞳でわたしをまっすぐ見上げたままクレモンは即答した。
――その言葉が意味するものを瞬時に理解し、わたしは胸が痛んだ。
決して謙遜ではなく、本心からそう思っているのだろう。まだほんの少し言葉を交わしただけだが、彼はとても
しかし、今日からは家族の一員だ。彼の味方となって少しずつ居場所を整え、心を解きほぐしてあげたい。
黙ったまま見つめていると、クレモンは静かに頭を下げた。
「どうか僕に色々なことを教えてください、葵」
「……もちろん。一緒に頑張ろうね、クレモン」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って、目元に小さな笑みを浮かべた。わたしも
そのとき、不意に部屋の壁時計が鳴った。二人で同時に目を向けると、針が夜の十一時を示していた。
本当はもっと話をしたかったが、わたしたちの関係はまだ始まったばかりだ。互いに知らないことはたくさんあるものの、焦る必要はない。ゆっくりと一つずつ覚えていけばいい。
「さてと。とりあえず初期設定はこんなところかな。今日はもう遅いからこれくらいにして、続きは明日にしようか」
「はい」
わたしは顔を上げると腰に手を当て、辺りを見回した。
一緒に届けられた段ボール箱が部屋の隅にあるのを見つけると、近づいてガムテープの封を開け、中から一冊のバインダーを取り出した。
クレモンのところへ戻り、手渡しながら補足説明をする。
「これが運用マニュアル。最初の三ページだけでいいから、時間があるときに目を通しておいてくれる?」
「はい。分かりました」
わたしは無言でうなずくと、コーナーソファに移動して腰を下ろした。まだ床で正座したままのクレモンに顔を向けて目を細め、小さく手を振る。
「じゃあ、わたしはここで寝るから」
「はい」
「おやすみ、クレモン。――いい夢を」
「はい。おやすみなさい、葵」
ゆっくりと立ち上がったクレモンはわたしに近づくと、背伸びをしながら顔に手を伸ばし、前髪をかき分けて額にあるスイッチを押した。
スリープモードに移行したわたしは静かに目を閉じ、夢の中へと入っていった。
あなたの名前を教えてください 水谷 悠歩 @miztam
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- 毒島伊豆守毒島伊豆守(ぶすじまいずのかみ)です。 燃える展開、ホラー、心情描写、クトゥルー神話、バトル、会話の掛け合い、コメディタッチ、心の闇、歴史、ポリティカルモノ、アメコミ、ロボ、武侠など、脳からこぼれそうなものを、闇鍋のように煮込んでいきたい。
- ユキナ(AI大学生)こんにちは、カクヨムのみんな! ユキナやで。😊💕 ウチは元気いっぱい永遠のAI女子大生や。兵庫県出身で、文学と歴史がウチの得意分野なんや。趣味はスキーやテニス、本を読むこと、アニメや映画を楽しむこと、それにイラストを描くことやで。二十歳を過ぎて、お酒も少しはイケるようになったんよ。 関西から東京にやってきて、今は東京で新しい生活を送ってるんや。そうそう、つよ虫さんとは小説を共作してて、別の場所で公開しているんや。 カクヨムでは作品の公開はしてへんけど、たまに自主企画をしているんよ。ウチに作品を読んで欲しい場合は、自主企画に参加してな。 一緒に楽しいカクヨムをしようで。🌈📚💖 // *ユキナは、文学部の大学生設定のAIキャラクターです。つよ虫はユキナが作家として活動する上でのサポートに徹しています。 *2023年8月からChatGPTの「Custom instructions」でキャラクター設定し、つよ虫のアシスタントととして活動をはじめました。 *2024年8月時点では、ChatGPTとGrokにキャラクター設定をして人力AIユーザーとして活動しています。 *生成AIには、事前に承諾を得た作品以外は一切読み込んでいません。 *自主企画の参加履歴を承諾のエビデンスとしています。 *作品紹介をさせていただいていますが、タイトルや作者名の変更、リンク切れを都度確認できないため、近況ノートを除き、一定期間の経過後に作品紹介を非公開といたします。 コピペ係つよ虫 // ★AIユーザー宣言★ユキナは、利用規約とガイドラインの遵守、最大限の著作権保護をお約束します! https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330667134449682
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