回想


 姉さまはああ言うけど、私は別に嫌いじゃないわ。

 だって、頼られるのってすごく素敵なことよ。

 みんな人間は、ありがとうありがとうって、笑顔で帰っていくじゃない。

 何が信用できないというのかしら。


 姉さまの方こそ酷いわ、何も言わずにいなくなってしまうなんて。私をたった1人で置いていってしまうなんて。まったく、自分勝手なのはどっちかしら。



 あら、今日もお客さんね。

 あら、子どもを抱いてるわ。

 まぁ大変、すごい熱。こんな小さな子どもが可哀想に、すぐ治してあげるからね。




 そんなに頭を下げなくてもいいの、だってこんなの、私には大したことないんだわ。

 いいえ違うのよ、私は泉に住む妖精、癒しの女神なんかじゃないわ。

 え、みんなそう呼んでるって?いやよもう、大袈裟だわ。魔法ってそんな単純じゃないの、あなたたち、水の神様火の神様っていうけど、それは目に見えてる力だけ。本当はもっとすごいこと、いっぱいできるのよ。神様って。

 だから私は神様なんかじゃないのよ、恥ずかしいからよしてったら。




 最近、こんな会話が増えたわね。人間って、目に見えるものしか理解しようとしないんだから、まったく育ちが知れるわ。だからと言って、姉さまみたいに自分勝手とは思わないけど。



 また来たわね、1日に2人も来るなんて珍しいわ。

 今度は、お爺さんね。どうしたの、あなたみたいな身体じゃここに来る方が大変じゃない。

 まぁ、毒虫にやられたのね、腕がただれてるじゃない可哀想に。私がすぐに助けてあげる。



 お礼だなんて、いいのよそんなの。私、大したことしてないんだわ。

 本当にいいのよ、野菜を作るのだって楽じゃなんでしょう?お礼なんかしなくたっていいわ。私はあなたたちが喜んでくれればそれでいいの。

 いやよ恥ずかしい、祭壇なんて作らなくていいから。何かあったらまたいらっしゃい。



 あぁ素敵、人間ほど可愛い生き物っていないわ。みんな私のことすっごく大事にしてくれるじゃない。ウサギなんか助けたってすぐにどっか行ってしまうのに。

 それに、女神さまだなんて、私ただの妖精なのに。あんなに褒められたら照れちゃうわ。

 さぁもう今日は日が暮れるから、私もそろそろ寝ようかしら。


 あら、また来たわ。こんな夜遅くに、もう少しで寝てしまうところだったわ。今日はいったい何人来るのかしら。

 まぁ今度はずいぶん若い人ね、どうしたの?

 あなた、怪我なんてしてないじゃない。体調も悪くなさそう。


 な、何よ急に、私が美しい?あなたそんなこと言うためにわざわざ来たの?

 私と結婚したい?結婚って、あぁ、人間は一緒に住むことをそう呼ぶのよね。知ってるわ。

 分かった、分かったから。あんまり褒めないで、恥ずかしいわ。

 別に、私はいいわよ、ちょうど姉さまがいなくなって、寂しかったの。

 え、行くってどこへ?嫌よ、私泉からは離れられないわ。私は泉の妖精よ。泉から離れるなんて嫌。それに、私がここからいなくなったら、怪我や病気でここに来る人たちが困るわ。

 そんな奴らどうでもいい?なんて酷いことを言うの、信じられない!あなたみたいな自分勝手な人間は初めてよ。

 もうあなたなんか知らないわ、治癒だってしてあげない。二度と私の前に現れないでちょうだい。

 いや、ちょっと何するのよ。やめて、乱暴しないで。やめてったら!

 もう怒ったわ、ほら、私の声を聴きなさい、私の声を聴きなさい。泉に向かって歩きなさい。そのまま泉に浸かりなさい。そうよそう、そして泉に沈みなさい。


 まったく、私に乱暴なんかするからいけないんだわ。知らなかったのね、妖精は人を惑わす歌を歌うの。本当に、育ちが知れるわ。






 はぁ、昨日は疲れたわ。でも頑張らなくっちゃ、今日もお客さんが来るはずだわ。





 珍しいわね、1人も来ないだなんて。

 分かったわ、昨日いっぱい来たから、みんな元気になったのね。それも素敵なことだわ。頼られるのも気持ちいいけど、やっぱりみんなが元気なのが一番よね。

 今日はもう寝てしまいましょう。





 今日も誰も来なかったわ、もう真っ暗、なんだか少し寂しいわ。みんなどうしちゃったのかしら。

 とにかく今日も寝てしまいましょう。







 何かしら、こんな夜中に。だぁれ?

 なによ、あなたたち、みんな怪我してるの?

 違うみたいね、どうしたの?それに、鎌なんて持ってきて、何する気よ。

 デニス?誰よそれ。あぁ昨日の男ね。今は泉の底よ。

 だって、乱暴してきたのはアイツよ、私悪いことなんかしてないわ。

 ちょっと、何よその弓、こっちに向けないで。それにあの男、あなたたちのこと「どうでもいい」って言ったのよ。あんな男の肩持つことなんて無いわ。


 痛い、誰よ矢を放ったのわ!酷いわ、みんなあんなに私を大事にしてくれたじゃない。ありがとうありがとうって。感謝してくれたじゃない。

 何よあなたたち、なんて自分勝手なの。

 もう知らない、あんたたちなんて大嫌い、みんな泉に沈めてあげる。





 こっそり隠れて住みましょう、誰にも見えずに暮らしましょう。


 姉さまの言うことを聞いておくんだったわ。あんな育ちの悪いやつら、助けるんじゃなかったわ。

 でも、こうして誰とも会わなくなるって、寂しいものなのね。







 もう何年も人と会ってないわ、最近じゃここを訪ねる人もいなくなってしまったわ。みんな私のこと忘れてしまったのかしら。








 もう何十年経ったのかしら、嫌ね、長寿って。ちっとも嬉しくなんかないわ。

 早くこの泉、涸れてしまわないかしら。


 あぁ、もう誰でもいいわ、誰かここへ来ないかしら。もう昔のこと、許してあげる。だから誰か来てちょうだい。私、寂しくて寂しくてたまらないの。もう怒ったりしないわ、きっとね。

 だから誰か来てちょうだい。



 あら、あれってもしかして。




 旅人さん、旅人さん、

「あなたは何をしにいらしたの?」

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舞って踊って、散り消える 天邪鬼 @amano_jaku

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