華、得た者

天邪鬼

華、得た者

 視線を感じるようになったのはいつからだったのでしょうか。


 今日もそうなのです、それもこの繁華街で。これだけ賑わっていて人通りの多いここでも、そうなのです。

 分かりますとも。たとえどんなに多くの人がいたとしても、私をじっととらえて離さない。

 誰かの視線を常に感じるんです。

 家に帰っても、私、独り暮らしなのですけどね、やっぱり感じるんです。

 なんだかずっと、ずっと。視線に包まれているような。

 部屋の中でもそんなでは落ち着かないでしょうか。そうでも無いんですよ、もうすっかり馴れてしまって。それでも、帰ってすぐに1本ビールを飲んでから寝るのは、決して視線を忘れるためでは無くて、ただ仕事の疲れを癒すためなのです。

 お酒は好きです。少し飲むとすぐ紅くなってしまうんですが、ひどく酔ったりはしないのです。これでけっこう強いんですよ。ええまぁ、もう少し若い頃からよく飲んでいましたから。でも飲み始めたときから強いんですよ、元々なんです。


 そういえば、もっと、うんと若い頃。まだ私が高校生のときから、なんだか視線を感じていたような気がしてきました。


 高校にいた頃は、男の子から特段人気がある訳でもなければ、何か特技があったわけでもなくて。

 それでも成績はそれなりに良かったんですよ。本当ですとも、いつも1番にはなれなかったのだけど、4番か5番くらい、いいとこまではいっていたのです。でもやっぱり、もてはやされるのは1番か、よくて2、3の子まで。それより下は、だいたい同じくくりなんです。頭がいい方、くらいで。

 そうです、そういえば、この頃なんです。私が視線を感じるようになったのは。

 怖かった?どうしてか分からないのですけど、あまり怖かった記憶はないんです。それはだって、今まで忘れていたくらいなんですから。


 私が変わり始めたのは、大学に入ったときでした。

 元々、それなりに自信もあったんです、私。容姿だって、そんなに悪いとは思ってないし、それに人としての魅力もあると思うの。

 そしてね、

 あぁ何かしら、なんだか楽しくなってきたわ。

 大学に入って、お洒落を覚えたの。高校のときは、あまり出歩かなかったからしなかったのだけど。それとお酒を覚えたの。

 それで私、分かったのよ、自分の魅せ方が。


 私が髪をかきあげるとね、みんなが見るの。

 私が駅のホームで電車を待ってるとね、横目でチラチラって。

 私が大学のはす向かいにある洋食屋さんに入るとね、みんなが振り返るの。そうそう、決まって同じ曜日の同じ時間に行ってたわ、それで必ずオムライスを頼むの。

 そうするとね、いつも決まって同じ人が何人かはいるのよ、狙ってるのね。

 それで、よく来るんですか?なんて言って、分かってて来てるくせに、可愛いわよね、男って。

 あとは1回飲みに行ってあげて、少しお酒を口に含んで、紅く頬を染めながら、たった1度、そっと手に触れてあげる。それだけ。そしたらすぐに落ちるの。

 簡単なのよ、本当に。これほど面白いことってないの。

 でもね、その後のお誘いは断るの。だってもう行ったって楽しいことはないでしょ?楽しいのは落とすそのときだけなんだから。

 あぁ私ってサキュバスなんじゃないかしらって、本当に思ったのよ。

 そういえばね、男をふったときの表情を見るのもまた愉しかったわ。中にはカッコいい人もいたのよ。金持ちもいたわ。でも全部断ったの。そんなことどうでもいいんだもの。

 そうそう、1度相手が逆上してね、襲われそうになったこともあったの。

 私、ついてるのよ。そのときちょうど通りかかった他の男がね、助けてくれたの。そしたらその人、私と同じ大学の人でね。今度はその人にデートに誘われたわ。もちろんいつもと同じように、1日だけお付き合いして、サヨナラしたのだけれど。

 だって、そうでしょ?分かってるのよ私。私が襲われたの、大学とは全然離れたところで、たまたま通りがかるなんて都合が良すぎるもの。つけてたのよね、知ってるわ。ずっと私を見てたんでしょ?

 知ってるわ、私をじっと見てたんでしょ?

 でもね、きっとその人だけじゃ無いの、私を見てるの。

 だってその前も、その後もずっと感じるんだもの。いつだって。感じるのよ、誰かの視線。


 初めと口調が変わってきてるって?いいじゃない、私、今楽しいのよ、とっても。気持ちがいいの。

 何がって?分からないの?


 でもね、まだ足りないのよ。これだけじゃ。

 いくら男ばかりからチヤホヤされてもね、ダメなのよ。だって、そうすると女って私にヤキモチ妬いて、相手にしてくれなくなるの。

 私そんなの嫌だもの、つまらないわ。そう思わない?

 だけどやっぱりダメだった。大学ではダメだった、満たされなかった。


 その後よ、会社に勤めるようになって。勉強と同じ、ただ黙々と仕事をこなしてたわ。もちろん、夜は毎日のように男の人とあっては、別れてを繰り返してたのだけど。

 いいえ、1度だって会う以上のことはしてないの。ファーストキスだってまだなの。それは、そうでしょ、会ったらすぐにサヨナラなんだから、そんな隙見せないわ。難攻不落、そういうのに憧れるみたい、男って。バカよね。そんなの疲れるだけなのに。


 それより、今は会社の話だったわね。

 私はただノルマをこなしていたわけじゃないわ。威張るだけの上司を黙らせたり、礼儀知らずの新人を会社で一番の営業マンに仕立てあげたり。そしたらね、後輩たちの憧れよ。キレイで、頼りになって仕事が出来る。いつも女性の味方で、ツマラナイ上司に物申す。

 女の人とも飲むようになったわ。みんな口を揃えて言うの、先輩みたいになりたいですって。


 なんだこんな簡単に、女も落とせるんじゃない。うんうんって、話を聞くだけで。男よりずっと簡単なの。


 はぁ、満たされていくのが分かるの。なんて心地いいのかしらね。


 仕事で疲れるって言ってたじゃないかって?もちろん仕事は疲れるわ、ノルマをこなすだけというのも簡単ではないのよ。でもそれ以上にね、こんなに気持ちいいことって今まで無かったんだもの。


 だんだんと、上司も私を認めるようになってね。今度昇進するのよ。


 男も女も関係ないの、上司も後輩も。同期の社員だってみんな私を褒めてくれるわ。人気者なの。


 あなただって、今、憧れてるでしょ?私に。

 羨ましいでしょう?私が。





 先月私の勤める会社に来たばかりの新人と飲んだ後、いつものように駅前の繁華街を抜けて、私の住むマンションのある路地に入りました。

 先ほど別れた新人でしょうか。そんなはずはありません、だってさっき駅まで送ったのですから。でもやっぱり、見ているのです。誰か、じっと、私を。

 マンションに入ってからも、視線を感じるのです。もちろん周りには誰もいないのですけど。

 そういえば、どこから見ているのでしょう、いつもそれは分からないんです。不思議と。

 7階までは少し大変ですが、私はいつも階段を使うんです。エレベーターってなんか怖いんです。それだけの理由で嫌いってことではないのだけれど、狭いところがあまり好きじゃないんです。


 そして7階に行ったら、手前から3つめのドアを開けて。チラッと後ろを振り返ってから中に入るんです。

 今日もまた、お風呂から上がって、冷やしたビールの缶を1本開けます。

 缶のままだと飲んでいる気がしなくて、必ずコップに注いで飲むんです。もちろん、コップも冷やしておくんですよ。


 それからね、その日フった男。私を褒め称える後輩の姿を思い浮かべてね。

 充たされるのが、分かるんです。グッと飲み干したビールで、ではなくてね。心が。

 踊るんです、心が。


 でもそうしていると、また、視線を感じるんです。


 今度は誰の視線でしょうか。

 次は誰が私を狙っているのでしょうか。




 男は誰もが振り返り、女は誰もが仰ぎ見る。


 でも、なぜでしょう。なぜだか最近物足りなくなってきたんです。もっともっと満たされたいのです。






 歯を磨こうと思い、洗面台に行きました。




 ふと鏡を見ると、満足げな、

 けれど、どこか寂しげな私がいました。





 鏡の中の彼女は、そんな私を、じっと重たい視線でとらえて、離しませんでした。


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華、得た者 天邪鬼 @amano_jaku

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