第4話 力士と



 使者は安場彦六だった。木戸口で下馬し出迎えた樋口兼続に口上を伝える。


「かくなるうえは相撲の一騎討ちでけりをつけ、勝ったほうが川中島四郡を手に入れる。この約定はけっして違わぬと神に誓うものです」

「承知した。こちらも神前に誓紙をだそう」

「では明日、午の刻(午前十一時)、あの組み討ち場でお待ちしています」

 中間地点の野原を指し示した。



「お、俺が組み討ちの代表に?」

 兼続に告げられた舞之介は驚きを隠せなかった。自分はあくまで陣場借りであり、禄を喰む家臣が選ばれるとばかりおもっていたからだ。


「どうした、怖じ気づいたか」

「いや、あのデカブツとは決着をつけたいとかんがえていた。望むところだ」

 そういって武者震いするのだった。


~~~~~


「そうか、承知したか」

 神前で彦六の報告をうける。信玄は不敵な笑みを浮かべていた。


「卦がでました」

 陰陽師が信玄に向き直った。

「で?」

「八卦は『よい』とでました」

「うむ、そうか、そうであろう。彦六、明日はたのんだぞ」

「おまかせを」



『翌、十一日』


武田方からは彦六が白月毛の馬にまたがり、上杉からは舞之介が小さな馬に乗って組み討ち場に向かった。謙信と信玄が検分役として同行している。


「信玄ちゃん」

「痛っ、なにをする」

謙信は信玄の髭をひっぱった。

「真似の法師武者じゃないみたいね」

「あたりまえだ」


「ここにまかり出たのは上田衆、樋口与六兼続の力士、旭舞之介と申すもの。安場彦六殿との組み討ちをとくとご覧あれ。加勢や助太刀をすれば、長く弓矢を取るものの名折れとなろう!」

「口上だけは一人前じゃないか」

声も高らかに口上をのべるのを揶揄した。

 二人とも具足をつけず脇差だけをさしていた。

双方あわせて数万の将兵が喚声と歓声をあげている。

「口上だけかどうか試してみな!」

「おう!」


 真っ向から突進する両者。が、舞之介は途中でふわりと無防備になる。

「なに」

「しゅっ」

 ほんの一瞬の間隙をついて電光石火、もぐり込んで足を取りにいくが丸太のような太股はぴくりとも動かない。

 舞之介の背中に彦六の拳が鉄槌のようにふりおろされた。

「げふっ」

 たまらず膝をつく。

 そのまま押し潰そうとするのを転げるようにかわす。


(やっぱり立ったままじゃ勝ち目はない。とにかく転ばさないと!)

 突きを繰り出す舞之介に彦六が張り手をかえす。激しい打撃の応酬となった。

「ぶはっ!」

 まともに食らった舞之介は目から星が散りがくりと腰が落ちた。

 勝機とみた彦六が組みつきにきた刹那、舞之介の右手が弧を描いて地を掃いた。


秘技『浜千鳥』


 迂闊に踏みだした彦六の爪先をさらっていた。

 足取りの一種だが効果は絶大だ。体重を失ったかのように彦六はくるりとひっくり返されてしまう。


「これは痛快な」

 遠巻きに見物する兼続も身を乗り出した。


 舞之助は馬乗りになって拳骨を雨あられと降らせる。

「立て彦六、八卦はよいだ!八卦よい!八卦よい!」

 信玄は軍配団扇を振るって、まるで行司のよう声をかける。


 とどめを刺そうと脇差しに手をかけたとき彦六は口中から折れた歯と血を吐きつけた。

 目潰しとなり舞之介がひるんだすきに体を入れ替え今度は彦六が組み伏せる形となった。


「よーし彦六打ち殺せ!」

「おだまり、このタコ!舞ちゃんがんばってー!」

 謙信の黄色い声援がとぶ。


 舞之介の顔面に彦六の重い岩石のような拳が叩きつけられる。

 腕でかばい首をふって辛うじてかわす舞之介、その鋭い眼光は起死回生を狙っていた。


 いままた渾身の一撃を打ちこんだ彦六。

「ぎゃっ!」

 悲鳴をあげたのは彦六のほうだった。

 舞之介の打ち上げた拳とぶつかったのだ。正面衝突ではない。舞之介は握り拳最大の弱点、親指を正確無比に打ち抜いていた。

 根元からポッキリと内側にむけ折れた親指を舞之助は容赦なくひねった。

 たまらず彦六の体勢が崩れ舞之介はするりと抜けだす。


「やったわ!生き残った、残ったのこった!」

 謙信が信玄の軍配を奪ってはしゃぎまわる。

「こりゃ、わしの軍配をかえせ!」


 再び対峙する二人に双方の軍勢から鳴り物入りで応援がとぶ。

「八卦よい!のこった!」

「八卦よい!のこった!」


 舞之介はぎりぎりの間合いを保って周囲を回りはじめた。

 彦六の巨体がしだいについてこれなくなるのを見計らって背後から組みつく。そのまま引き倒そうとするのだがやはり彦六は重かった。逆に振り回される。

 蹴たぐりを入れるが揺らぎもしなかった。


 彦六は舞之介を背負うように前方に身を投げだした。地面と彦六とに挟まれ一瞬息がつまる舞之助。そのまま寝技のやり取りとなる。気を抜けない攻防に二人の体力がみるみる消耗していく。


 彦六が舞之介の髪の毛をつかんで頭を地面に叩きつける。

朦朧となりながらも舞之介は腕をとりにいく。

 彦六は膝で押し潰しにきた。

「ぐふっ」

「とどめだ!」

 残された左手で逆手に脇差を抜いた。

「なにくそ」

 すかさず舞之介も脇差を抜いて受け止める。

 だがじわじわと彦六の切っ先がおりてくる。

 舞之介の寝たままの蹴りが彦六の後頭部に炸裂した。

「うがっ」

 彦六の切っ先は舞之介の頬を裂いて地面を穿った。

 舞之介は抱きしめるように喉を締めあげた。彦六はもがき逃れようとする。

 ついに彦六は白目を剥いて口から泡をふきだした。

「でいっ」

 巨漢の彦六をはねあげる。

 舞之介は跳ね起きるやうつ伏せのまま痙攣する彦六の首に脇差を突きたてた。


「でかしたぞ、舞之介!」

 兼続をはじめ躍り上がって歓喜する上杉勢。

 一方武田勢はおさまらなかった。

「おのれ、よくも!」

武田の騎馬隊は撃って出んと騎乗した。


 信玄はこれを見て大声で、

「待てい、神への誓約を違える気か!鬼神のごとき彦六が小兵に敗れるとは武運のない証拠だ。退け、退くのだ!」


 痙攣する彦六の首筋をそれて地面に刺さっている脇差。舞之介はとどめを刺さなかったのだ。

「よい相撲であったぞ」

「わたしはいい好敵手をもったわ」

 つぶやく信玄を満足そうに見つめる謙信。



 かくして川中島における十二年間五回にわたる両雄の対決に、ついに終止符がうたれることになった。


~~~~~


 小さな馬に跨がる凛々しい舞之介。旅装束だ。

「舞之介ちゃん、どうしても行ってしまうの」

 目に涙を浮かべている謙信。

「もっと強い男と相撲をとってみたいのです」

「どこへ行くつもりだ」

 兼続がたずねる。

「尾張。織田信長は吉法師の時代から相撲好きと聞いています。さぞかし強者が集っているかと」

「いつでも戻ってきていいのよ」

「かたじけなくおもいます、それではお達者で」

 馬は駆けだした。

「負けるんじゃねーぞー!」

「舞ちゃーん!」


 秋も間近の高原を旭舞之介は手を振り振り行ってしまった。

 こののち謙信は生涯、妻妾を娶ることなく独身で終わったという

                                終わり

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天と地とオカマとハゲと力士と 伊勢志摩 @ionesco

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