第2話 オカマと
床几に腰掛けている武田信玄が五人。四人は真似の法師武者(影武者)だ。
「嘘の援軍のしらせに盛り返したようですな」
「嘘なものか、援軍はすぐにくる」
「義信様もなんとか敵から逃れまして、これでひと安心……」
「あのバカ息子のことは口にするな!」
本物の信玄が怒りもあらわに怒鳴りつける。
「義信が作戦を無視したために壊滅するところであったわ!」
「敵襲ーっ!」
陣幕のすぐ向こうから切迫した声があがった。
「信玄ちゃん、見つけたわよー!」
本陣におどりこむ謙信。オカマ口調だった。
「あら信玄ちゃんが五人?真似の法師武者とはタコ入道め、こざかしい!」
「謙信か!?」
悪寒がはしる信玄公。四人の真似の法師が腰を浮かした。
謙信は動じなかった男が信玄だと確信した。
「信玄ちゃん、お覚悟ーっ‼」
太刀を浴びせかける。信玄は辛うじて軍配団扇でそれを受け止めた。
「なんの!」
「やらせてなるか!」
影武者たちが謙信めがけて槍を突き出すが逆に斬りつけられる。
が、さらに槍が数本、謙信をさえぎる。
「くやしいっ!あと一歩なのにぃ」
謙信は信玄を討ちとることをあきらめ走り去っていった。
「死んでもあいつには討たれたくない……」
おぞましさとともに呟く。
「信玄様があおざめている」
「おそるべし上杉謙信」
少し勘違いをしている影武者たち。
血みどろの戦いはまだ続いているが越後軍は一方的に押しまくられていた。
「こいつはいけねぇ、潰走しはじめてるよ」
舞之介は川に追い詰められていた。
「こうなりゃ逃げの一手だ」
血に染まった川に飛び込む舞之介。
「追うな、鎧の重みで溺れるぞ」
馬や人の死骸の流れる血の川を泳ぎわたる舞之介。
「なんてひでえ戦だ」
振り返り慨嘆する。
「いままでこんなに悲惨なのはみたことないぜ」
~~~~~
山道を単騎で駆け降りる謙信。
「あーん、みんなとはぐれちゃったぁ」
半ベソをかいている。
そこへ山側から大石が転げ落ちてきた。
「キヤッ!」
石を飛び越えたものの、つんのめって落馬してしまう。
武装した屈強の男たちが10人余り、奇声をあげて傾斜を下ってくる。
「くっ、落武者狩りね……」
かろうじて立ち上がり剣を構えるが脳震盪をおこしているようだ。
「おっ、こいつは大将格だぜ」
「ひひひ、その首もらった」
下卑た薄汚い野武士たちはぐるりと謙信を囲んだ。
「かかれっ!」
いっせいに襲いかかる野武士たち。一人、二人までは逆に斬り殺すが足元を槍で払われてしまう。
「あっ」
もんどりうって転ぶ謙信を追って刃が地面にぐさぐさと刺さる。
「死ね!」
「ひえーっ!」
そこへ颶風のように影が飛び込み、野武士たちを吹っ飛ばした。
「旭舞之介、推参!」
野太刀を構え、謙信をかばうようにして名乗る。精悍な面魂だ。
「ガキがひとり増えただけだ。殺っちまえ!」
だが男たちは舞之介の動きを捉えることができなかった。
「しゃっ!」
舞之介の太刀が稲妻のように閃くや血しぶきをあげるのだった。
「なんて速いの」
謙信は驚かされた。
ところが舞之介の剣身はあと一人のところで根元から折れ飛んでしまう。
「くそ、ナマクラ刀め」
「おのれっガキめ!」
最後の一人はいかにも強そうな髭ダルマの熊のような男だった。
野太刀が振り降ろされるのを舞之介は逆に内懐に飛び込むことでかわす。
「なっ?」
「どっせーい!」
居反りという相撲の技で投げ飛ばす。
はずみで髭ダルマは自分の太刀を首に刺して息絶えた。
「これは見事な……」
謙信はおもわず知らず拍手をしていた。
「おかげで命拾いをした。お主は何者じゃ」
「樋口与六兼続様のところで陣場借りをしております旭舞之介と申します」
「兼続か、あれはよい武将だ」
(それに美男子だし、うふ)
この謙信オカマで女嫌い、美男子好きだが男色の気はなく衆道にはしった記録はない。
「ときに野武士を投げ飛ばした技、あれはなんじゃ?」
「相撲の技ですよ」
「相撲とな」
こうして舞之介に守られて上杉謙信は落ちのびることができた。
今回の川中島の合戦における両軍の損害は、
上杉方が死者三千四百人、負傷者六千人、
武田方が死者四千五百人、負傷者一万三千人ともいわれている。
上杉の軍勢が一万3千人、武田が二万人ほどだったので、
およそ9割の将兵が死傷したことになる。
これは他に類をみないほど熾烈をきわめた激戦であった。
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