天と地とオカマとハゲと力士と

伊勢志摩

第1話 天と地と

響きわたる剣戟の音。戦国の合戦絵巻だ。

しかし、あまりにも酷い血みどろの戦いであった。

『永禄四年(一五六一)九月十日 川中島』

死屍累々たる戦場にさらに屍の山が築かれていく。上杉、武田両軍の精鋭が激突しているのだ。どちらも一歩も引かない苛烈をきわめた戦闘である。

 いまだ薄く霧がたちこめる川中島で騎馬に槍兵、弓兵、足軽たちが大混戦を演じている。快哉と怒号が渦巻き、そこに法螺貝と太鼓の音が重なる。

槍が振り回され、切り結ぶつど腰に下げた手柄の首級が無念そうに揺れる。

傷兵は命のかぎり這い回り、主を失った駒は所在なさそうに右往左往している。


「どけどけぃ、雑兵どもめ!」

 片目の騎馬武者が槍を振り回して突介してくる。武田の参謀、山本勘助だ。

 黒ずんだ顔貌は頬骨がたかく口は悪鬼のごとく裂けている。左目は炯と光り、死を決意した凄まじい形相で突っ込んできたのだ。

 老体とはいえ戦場往来を重ねた強者とその配下の将兵達にたちまち足軽どもが蹴散らされる。


「あのぶさいくなツラは山本勘助」

 いまだ10代とおぼしき若い足軽が目をつけた。軽装だ。兜も胴丸もなく、鎖帷子くさりかたびら、脛当て、小手のみ。あとは三尺ほどの旗印に大小と鎧通しである。

「いい獲物がとびこんできたぜ」

 鷹のごとき眼眸を光らせる若者、旭舞之介が身構える。


「ぬ」

 勘助はおのれを狙う若者に気づいた。


「ずりやーっ」

勘助が短槍を振り上げた瞬間、舞之介の鎧通しがその左脇を貫いた。急所を狙いたがわず突いている。

小兵の舞之介は恐るべき瞬発力で跳躍し馬上の勘助を討ったのだ。

「ぐあっ……」

 血を吐いて傾く。


「われもまた流れ去る霧のごとく……」

 呻いて舞之介とは反対側に崩れ落ちていく。

「あっ、カッコつけてないでこっちに落ちてこい」

おもわず叫んでいた。豪奢な鎧兜めがけて兵が殺到する。

「こらっ、その首はおれの手柄だぞ!」


「山本勘助が首級をあげたぞーっ!」

 兵の一人が高々と老将の首をさしあげた。

 それを勘助の手勢ほか武田勢が聞きつけたから大変。周囲の兵力が集中した。


「おのれ、勘助さまの首をとりかえすのだ!」

 怒りもあらわに騎馬と歩兵が駆けつけ、そこに新たな血の雨が降りそそいだ。

 首をさしあげた兵は真っ先に血祭りにあげられてしまう。

 なんのはずみか混戦のなかから抜け出たのはなんと勘助の首だ。

 ひょうきんな死に顔で冗談のように舞之介の胸のなかに飛び込んでくる。

「えっ?」

 たちまち舞之介に向かって押し寄せてくる将兵。


「うひゃひゃひゃっ」

修羅場から退散する舞之介。身軽なぶんだけ逃げ足は早い。

その時、舞之介を追う敵兵たちを蹴散らす騎馬があった。


舞之介のかたわらを騎馬武者が駆け抜けていく。

 月毛の馬に跨がるは上杉謙信その人だ。白手拭いで頭を包み胴肩衣をまとっている。手には抜きはなった太刀が一振り。

「あとは総懸かりにせよ!」

 叫んで敵陣に切り込んでいく。もちろん舞之介にむかって言ったものではない。


「あの馬といでたちは……上杉謙信」

 ついで謙信の後を追うように駆けだしていた。

「大将みずから一騎駆けとは嬉しいじゃねぇか」

 舞之介は駿足を駆り一陣の風のように戦場を抜けていく。


「邪魔だ、邪魔だーっ!」

 行く手を阻む武田の兵をかわしていく舞之介。敏捷かつ、おそるべき体術の持ち主である。手にはあいかわらず鎧通しだ。

「うおおぉ」

 舞之介の勢いにうろたえて槍を突き出す兵。腰には首が幾つも下がっている。

「あらよっ」

 突きを避けて槍の柄に手をつき、側方回転の要領で敵兵の顔面を蹴り飛ばす。

「けっ、首級をいくつもぶらさげて疲れ果ててやがる。バカな連中だ」

 視野の端に腰をふらつかせながら戦闘している兵をいれて走る。

「量より質だよね、勘ちゃん」

 腰の勘助の頭をペンペンと叩く。


その舞之介の前に肉の壁が立ちはだかった。巨大漢である。腰にぐるりと下げた首級は二十個ほど、右手に槍、左手に長巻きを持っている。猿頬をつけ素肌にちょくせつ鉄胴を着ている。隆々とした筋肉は古傷だらけである。


「小僧、その首わたしてもらおう」

「小僧だと、俺の名前は旭舞之介だ」

「知らんな。わしは安場彦六、勘助様の首さえ返せば見逃してやろう」

「ぬかせ!」

 地を這うように突進する。そこへ横殴りに長巻きが襲うのを跳んでかわす。

「むん」

 跳躍に惑わされることなく彦六の槍が迎撃する。戦上手である。

「うおっ」

 とっさに体をひねった舞之介も尋常ではない。

着地した舞之介は浅く傷を受けていた。勘助の首が彦六とのあいだに落ちる。

「しまった!」

 首をめがけて二人は突進した。

 彦六の右腕に生える鎧通し。右手の槍はとり落としていた。

 激突する二人の体。舞之介は頭突きを彦六の顎にくらわしていた。

「がっ」

 ひるまず彦六も右肘で舞之介をかちあげぎみに撥ね飛ばす。

「ぶあっ」

「援軍だ、援軍がきたぞーっ!上杉勢を蹴散らせー!」


「ちっ」

 ふれまわる声に勘助の首をあきらめる舞之介。


「旭舞之介か……小兵ながらやるわい」

 彦六は顎を撫で、口の端からしたたる血を舐めた。

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