第3話 ハゲと
『三年後 永禄七年7月』
五尺八寸(1m78㎝)の当時としては長身の男と舞之介は相撲をとっていた。 土俵はなく投げのうちあいである。二人は着物のもろ肌を脱いだ姿だ。5尺足らずの舞之介とは大人と子供ほどの体格差がある。
「でやっ」
舞之介の上手投げに相手はあっけなく地に這わされてしまう。
「さすがの樋口兼続も舞之介には手も足もでないみたいね」
縁側に端座した謙信が愉快そうに笑う。座興というおもむきだ。
「まったく……今日は相撲をとりにきたのではござらん」
汗と泥を拭いながら言う。
「わかってるわ、タコ入道のことでしょう」
立ち上がる謙信。
「茶をふるまうわ。舞ちゃんもご一緒に」
三人は茶室にはいり謙信の点てた茶をいただく。
「義信がさきの合戦で討たれそうになったとき、父親の信玄が援軍を送らなかったので、義信は恨みにおもい謀叛をくわだてたのです」
舞之介は茶をいっきに流し込み、茶菓子をぱくぱくと口にほりこんでいる。
(すこしは味わってよぉ)
「ところが露見してしまい……」
「信玄は愛する息子を処刑するはめになった。因果なものね……」
「そのため信玄は良心の呵責にさいなまれたか、うつけのようになって便所に閉じこもってしまったそうです」
「便所に……」
「おそらく、いまもまだ……」
勇名たかい武田信玄の脆さに悲哀と親しみを感じるのだった。
~~~~~
信玄の
信玄は泣き濡れ、うちひしがれて、ほうけていた。
そこへ足音もたかく訪れる安場彦六。
「安場様、おやめください。お咎めをうけます!」
水洗係の家来たちが制止するが子猫がじゃれついているようなものだ。
「かまわん、目を覚ましてやる」
彦六は廊下で四股を踏みはじめた。
「どすこーい!」
「ひっ」
地震がおきたような騒ぎだ。床は弾み梁は軋む。
「うおおおおおっ!」
つづいて柱に鉄砲を連打するや館全体が揺れはじめ、ついに柱は折れた。
「じ、地震だーっ!館がつぶれるぞー!」
館の家臣たちは大騒ぎだ。
がらりと戸が開き信玄が怒髪天をつく形相で現れた。手には太刀だ。
「ひゃーっ、と、殿」
あわてふためく家臣たち。
「彦六!戦じゃ、戦の支度をしろ!」
「ははっ。して、どこへ?」
嬉しそうに答える。
「知れたこと、川中島だ!」
信玄は無性に謙信に八つ当たりしたくなっていた。
~~~~~
『八月十日』
川中島をはさんで対峙する越後、甲州両軍。
「いったいいつになったら合戦ははじまるんだぁ」
巨岩に腰掛けてうんざりしたように見渡す舞之介。干し飯をぼりぼり頬張る。
「もう十日はにらみあってるぜ」
「グチるな舞之介、前回の損害が大きすぎた」
こちらは腕組みをして難しい顔をしている兼続。
「おかげで双方ともうかつに動けんのだ」
そこへ伝令が駆けてくる。
「軍議を開くとのことです」
陣幕のなか、軍議が開かれる。兼続はなかほどに座っている。
「な、なんと申されました」
家老の斉藤下野守朝信が目をむく。
「一騎討ちでけりをつける」
「たしかにこのままでは
そう兼続は大きくうなずいた。
「馬鹿な、二万ちかい兵を擁しておきながら一騎討ちなど前代未聞ですぞ」
「むりに戦端を開けば三年前の
謙信は激昂して女言葉になってしまう。
「むむぅ」
「しかし信玄が受けるでしょうか?それに誰を代表に……」
そこへ伝令が駆け込んできた。
「た、武田より使者が参りました!」
「あちらもおなじことを考えていたようね」
謙信は兼続に片目をつむってみせた。
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