コーヒーブレイク5

ある曇天の朝、コーヒーショップの一角で口をつけた黒い液体に愕然とした。


いやになるとはこういうことなのだと思った。


これまで単にそれだけで済んでいたこの飲み物が、たえ難いほど苦い。


いつもの時間に目が覚めて

いつもの格好で家を出て

いつもの場所で電車を待ち

いつもどうりにコーヒーをすすっていた。にもかかわらずだ。


専門家に言わせればやれ概日リズムだ、月の満ち引きだ、もともと不備のある習慣だった可能性があるだのと、いくらでもコメントは返ってくるに違いない。


だがその、それらの言葉は私にとって意味をなさない。


気づいたら身についていた習慣が

気づいたら楽しみになっていた日常が

気づいたら当たり前になって

気づいたらたえ難いものになるなんて。身体の芯が震える。


悲劇ではないか。湧き上がる慟哭を抑えるのが精一杯だ。


砂糖を足してみる。苦い


ミルクはどうだろうか。やはり苦い


鼻をつまんでみた。これは怪しい



どうやらもう私はコーヒーを飲めないのかもしれない。


この店にもこれから紅茶なりなんなりを目的に通うのだ。


コーヒーショップでミルクティー、それも悪くはないか。


しばらくしたらそいつも嫌になるのかなと思うと、自嘲気味な笑いがこみ上げた。



「お客様、すみません」店員の声が聞こえる

実は豆の量が多かったようで、他のお客様からご指摘がありまして……。


そうした謝罪の言葉から一杯のコーヒーを渡す店員


おそるおそる口に含んでみる。苦い


だがいやになる味ではない。もう当たり前になった苦味だった。


〈つづく〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コーヒーブレイク 和登 @ironmarto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ