第14話:【イカれた二人組】のエピローグ

 国境の駅は、人の往来が盛んであった。旅行者と思しき老若男女とビジネスマン・会社員と思しきスーツ姿の者たちなど、様々な人種の人間が行き交っている。

 そんな雑多な人々の群れの一角を、アンガーの指が指し示す。


「ほら。向こうの通りに停まっている車があるだろう。あそこの運転手にさっき教えた合言葉を伝えれば、後は好きなところまで運んでくれる。勿論、料金は別途に必要になるけどな」


 そう言って、アンガーは後部座席に座る二人に教える。場所は駅前に停まる車の中で、彼の質問に二人の美女姉妹は頷いた。顔に大きな絆創膏ばんそうこうを貼っているのは、受けた傷がまだ回復していないからである。


「ありがとう。何から何まで」

「気にするなって。人助けは趣味だから」

「息を吐くように嘘をつくな」


 感謝の声に対してのアンガーの台詞に、グラシアが思わず呆れたように言う。その言葉に、アンガーは少しだけ不満そうに振り向き、それを見た姉妹は可笑しそうに微笑む。

 微笑ましい光景であるが、歓談しているにしては少なからず異様な光景でもある。何せつい数日前には殺し合った間柄だ。そんな関係にもかかわらず、狭い車内で和やかなやりとりをしているのは、奇妙と言わざるをえない。

 勿論、和解したのには理由があるのだが、それは数日前に時間を遡らなければならない。


   *


「どうして、私たちを助けてくれたの?」


【空の鎖】の本部を潰した後、アンガーとグラシア、凛姉妹の四人はその帰路についていた。グラシアがここに来るまで運転してきた車に、二人だけでなく凛姉妹も同乗している。彼女らは、その薄手のドレスの上にコートを羽織っている。それはそれぞれ、アンガーとグラシアが羽織っていたものだ。

 その問いに、バックミラー越しにグラシアが口を開く。


「言っただろう。単なる成り行きだ。当初は、お前たちも奴らもろとも殺すつもりだったが、状況を見て気が変わった」

「気が、変わった?」


 不審そうな麗の反応に、助手席に座るアンガーが振り向く。


「納得いかないなら、理由をいくつか挙げるぜー。なぁ、グラシアぁ?」

「……その一、そもそもお前たち殺し屋は依頼を受けて人を殺す。それで、俺たちを殺すように指示されていたわけだが、その雇い主と決裂した以上、もはや俺たちと敵対する理由はなくなった。なので、俺たち側からも積極的に殺す理由がなくなった」


 淡々とした様子で、グラシアは理由を語っていく


「その二、お前たちが新人類養成施設からの脱走者という情報を聞いた。俺たちも、知っての通り元は施設の脱走者だ。そのよしみもあって、進んで敵対する気も起こらなくなったし、虐げられているなら助けるという気にもなりやすくなった」


 その言葉に対し、姉妹は口を引き結ぶ。そこに、驚きは介在していない。目の前の二人が同じ施設の脱走者であることを、どうやらこの姉妹も知っていたようだ。

 ただ、少しだけ後ろめたさの様なものは漂わせる。それを知っていて助ける方に気持ちを傾かせた眼前の青年たちに対し、それを知っていながら暗殺の対象としていた自分たちに、気後れの様なものを感じたのだろう。

 ただ、そんな彼女たちの尻込みを他所に、グラシアは助けた理由を続けた。


「その三、あの状況に遭遇してお前たちを助けたくならない男はいない。理由としてはこれぐらいか」

「……ちょっと待って。最後の、何だって?」


 思わず、麗は聞き返していた。理由として先の二つは納得しても、最後のそれは意味不明だったのだろう。

 聞き返され、グラシアは黙り込むのに対し、アンガーは笑い声を上げる。


「いや、考えてもみろよぉ。目の前に、何十もの男に折檻せっかんされている美女が二人もいるんだぜ? そんな光景みたら、男は全員が女側の味方をするって」


 可笑しそうに肩を揺らしながらアンガーは言うが、それを聞いた姉妹は半ば茫然となる。まさかそんなくだらない理由で自分たちを助けた、助けてくれたのかと、驚きと肩透かしの両方を感じているのだろう。

 そんな事実に、麗が言う。


「その……こういうの、助けて貰って言うのおかしいかもしれないんだけど」

「なんだ?」

「……貴方たち、随分おかしな頭をしているのね」


 やや戸惑い気味に、彼女は言う。同意なのか、妹の静も同じように複雑そうな顔をしていた。

 それに対し、アンガーは後頭部へ手を回し、グラシアは肩を竦める。


「なんだ。今頃気づいたのか。そちらも少し鈍いんじゃないか?」

「いやぁ、そんな風に褒められても困るぜぇ」

「………………」


 二人それぞれの返答に、凛姉妹はしばらく絶句するのだった。


   *


「ありがとう。じゃあ、そろそろ行かせてもらうわね」


 車を降りながら、麗はそんな言葉を寄越してきた。絆創膏を貼っているにもかかわらず美人だと分かる容貌を明るくしながら、彼女は頭を下げる。


「本当にありがとう。この恩は、いつか必ず返すわ」

「気にするな。ではな」


 相手の謝意を受け取ると、グラシアは止めていた車のエンジンを起動させる。音を上げて揺れ始めた車の中で、アンガーが二人へ手を振る。


「またいつでも遊びに来いよ。んで、今度こそ楽しく酒を飲もう」

「……えぇ。必ず飲みましょう」


 誘うアンガーに、笑顔で返したのは静だ。可憐な顔に快活さを滲ませた彼女は、一歩後ろへ引いて手を振る。

 それから、姉妹は二人にお辞儀をした後、車から早足で去って行った。紹介してもらった運び屋の許へ早速向かうのだろう、その足に迷いはなかった。

 そんな二人をアンガーが見送っていると、グラシアはさっさと車を発進させる。名残惜しさはないのか、彼はとっとと帰路につく。

 それを薄情だと思ったのか、アンガーが苦言を呈す。


「おいおい。少しぐらいは待って、別れを惜しんだらどうだよぅ?」

「知るか。そんな感慨は無用だ」


 抗議の声に、グラシアは冷たく言い返す。その口振りはどうみても普段の彼そのものだ。

 そんな相手に、アンガーは唇を窄める。


「相変わらず冷たいな。ところでお前、どっちが好みだった?」

「? 何の話だ?」

「惚けるなよ~。どっちがより自分のタイプだったかって話だ。俺は――あああああ!」


 冗談めかしく話すアンガーだったが、突如として大声を上げる。狭い車内、いきなりの大音量に、普段鉄仮面のグラシアも流石に顔をしかめた。


「なんだ、いきなり」

「忘れてた……」

「何をだ?」

「一発ぐらい、やってもよかったじゃないか。何で忘れていたんだ……」

「………………」


 言葉の意味を、ややあってから理解したグラシアは、冷ややかさを増した双眸でアンガーを見据える。内心、「こいつは……」と思うものの、口に出すのは留めた。

 運転中ゆえすぐに視線を前に戻しつつ、グラシアは聞こえない程度の溜息をつく。それに対し、アンガーは頭を抱えて声を荒げる。


「畜生おおお! こんなミスを犯すなんて、人生最大の不覚ぅぅぅうううっ!」

「お前の人生最大は安っぽいな」

「くそう……グラシア! 俺はこの憤りをどこに向ければいい!」

「アルコールかオナニーにでも向けていろ。俺は知らん」


 あまりに馬鹿馬鹿しいと思い、グラシアは素気なく毒を返す。それに対し、多少は相手が憤ってくることも覚悟する。

 だが、


「そうか……そうだよな。そうしよう!」

「……いいのかよ、それで」


 納得されたことに、内心忸怩たる思いで、グラシアは口の中だけ言う。流石にドン引きしているのか、アンガーを見ない瞳は呆れかえっていた。

 この会話をもし件の姉妹が聞いていたらどうなっていたか、そうグラシアは思いつつ、口には出さない。流石の彼女たちも、これには脱兎のごとく逃げ出すだろうことが目に見えていた。


 ――こうして、いきり立つ熱血漢と気後れする冷血漢は、喧騒に包まれる駅前からこの場を後にする。【イカれた二人組】がなんの事件も起こさずに場を去っていく僥倖ぎょうこうを人々は知らぬまま、彼らはただ賑やかに往来を繰り返すのだった。

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マッドネス・カプリチオ 嘉月青史 @kagetsu_seishi

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