第13話:狂想曲・終曲

「なんだ、グラシアか」

「危ないな。少しは相手を見てから攻撃しろ」


 凛姉妹を解放して戦線に戻ってきたグラシアは、いきなり殴りかかられたにもかかわらず平然とした様子であった。彼は怒る事も脅えた様子もなく、顎を持ち上げて前方を指し示す。その動きに従いアンガーが振り向くと、そちらでは敵の残党が一カ所に固まっていた。

 残っているのは、首領の男と護衛が二人だけ――それ以外は、すでに広間の各所で息絶えるか重傷を負って失神している。


 それをいちいち確認することなく、二人は生き残りの敵へと向かう。

 近付いていく二人を見ると、敵の顔には明らかな恐怖が映る。

 そして、その内の首領が、慌てて両手を持ち上げた。そこには、戦意は残っていない。怖れのみが、強く宿っていた。


「ま……待て。お前たち、私を殺したところで一体何に――」

「なぁに世迷よまごとをぬかしてやがる?」


 降参に程近い言葉を吐く【空の鎖】首領に、アンガーが拳を鳴らしながら告げる。


「先に殺しを仕掛けたのはテメェだろ。俺らをろうとしたって言うなら、殺されたって文句はねぇってことだろうが」


 乱暴的な口調で告げられる言葉、しかしそれは正鵠せいこくていた。相手を殺そうと先に動いた者ならば、その相手にたとえ返り討ちになったとしても文句を言えない――それは一種の摂理であり、また反論しようのない正論でもあった。


「じゃあ、とっとと――」


 片付けよう、そう言おうとしたところで、アンガーとグラシアは背後へ振り返る。そちらの方向から、彼らに対してではない、【空の鎖】の首領たちに向けての殺気が流れてきたからだ。

 直後、銃声が鳴り響く。アンガーとグラシアのすぐ傍らを通過した弾丸は、そのまま彼らの前に立つ首領周りの男たちに直撃する。額を撃ち抜かれたそいつらは茫然としたまま倒れ、風穴から血飛沫を撒き散らした。


 撃ったのは、アンガーらの背後に立った二人の女、凛姉妹だ。近くで倒れている構成員たちから奪ったのか、その手には彼らの拳銃が握られている。

 二人の立ち姿を見て、アンガーは目を瞬かせた。


「お前ら、まだ居たのか?」

「えぇ。そこの首領に、まだ用があるから」

「そうそう。これまでの御礼というのを、まだ支払っていないからね」


 口元で笑い、目元では怒りを爛々と燃やしながら、姉妹はアンガーたちの方へ歩いてくる。その爪先は彼らではなく、その先に立つ首領へと向いている。

 彼女たちの存在、そして殺意に満ちた視線に気が付いた首領は、慌ててこの場から逃げ出そうと背を向けた。

 だが、今度はその脚を銃弾が襲う。両脚をそれぞれ貫いた弾丸は、一直線の血の糸を引きながら首領をその場に押し倒す。

 両足を射抜かれて足掻く相手に、凛姉妹は歩み寄っていく。アンガーたちの傍らを通り過ぎて相手の許へ向かった二人は、倒れた相手の数歩前で立ち止まると、顔を合わせて顎を引き、銃口を定め直す。

 そんな二人へ、仰向けになった首領は手を突き出した。


「ま、待て。やめろ――」


 制止の声が掛かるが、それを無視して銃声が連続で鳴り響いた。それは左右から一発ずつ、交互にゆっくりと吐き出される。

 弾丸は首領の身体を貫き、その一発ごとに彼は悶え苦しむ。だが、に弾丸は一発たりとも頭部や胸などの急所を捉えない。手足や身体の隅を穿ちつつ、ゆっくりと着実に首領の肉体を破壊して行く。

 彼女たちの狙いは、弾丸で首領をただ殺すことではない。

 銃弾で身体の各所を破壊し、最終的に失血死に至らせることだった。そのために、彼女たちは一発ずつ慎重に弾丸を叩きこんでいく。

 やがて、弾倉は尽きる。その頃には、首領の男は多量の失血と欠損によりびくびくと身体を痙攣けいれんさせ、細い息を盛んにつく。そんな相手に対し、姉妹は空になった銃を投げ捨てた。


「――わーお。残虐じゃね?」

陰湿いんしつだな。復讐のやり口が、いかにも女らしい」


 姉妹の所業に、アンガーとグラシアは口々に呟き、周りを見る。

 すでに周囲では、【空の鎖】の構成員が全滅、死骸となって転がっていた。彼らの中で生きているのは首領だけであり、それを確認した二人は、ゆっくりとその首領の許――というより、彼を甚振っていた凛姉妹の許へ向かう。

 そして、こちらに振り向く姉妹に確認する。


「おーい、満足したかぁ?」

「……えぇ。満足したわ」

「うん。せいせいした」


 アンガーの問いに、姉妹は頷く。共に殴り蹴られたことで腫れている顔に、今は晴れ晴れとした表情が浮かんでいる。

 それを見ると、アンガーは明るく笑い、顎を引く。


「よし。じゃ、帰るとするか」

「えぇ。帰りましょう」


 そう言うと、アンガーとグラシア、それに凛姉妹の四人はきびすを返す。そしてそのまま、この場を去ろうとした。

 それを見て、虫の息で置き去りにされている首領が手を掲げる。


「ま……待て。せめ、て……とど、めを……」


 苦しげに、死ぬに死ねない状態である首領の声・懇願に、四人は振り返る。そこでは、凛姉妹が鋭い視線を放ち、アンガーとグラシアの二人は呆れの色をそれぞれ浮かべていた。


「はぁ? 必要ねぇだろ。どうせそろそろ死ぬだろうし」

「そのままもがいて死んでおけ。それがお前の贖罪しょくざいだ。ではな」


 もう助からないだろうことは確実な相手に、二人はそう冷たい言葉を返して背を向ける。その言葉の意味は明確――放っておくから勝手に死ねということを示すメッセージだった。

 その言葉と共に、四人は館を去っていく。

 残されたのは、多量の失血で動けなくなった首領だけだ。彼は、言われた通り最後まで足掻こうとしたが、しかし自体はもうどうしようもない。限界はすぐに来た。生死の臨界を迎え、首領の目から光が消えていく。


 暗闇に落ちるその視界の中で、最後に映像として残ったのは、【イカれた二人組】が館を出る直前に一瞬だけ見せたその横顔、酷く愉しげで狂い狂ったささやかな微笑みであった。

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