その2

 超至近距離は伊織の間合いだ。


 彼はさらに打撃を繰り出そうとする。が、しかし、三度南郷の銃が火を噴いた。射撃による威力防御。伊織は半身になってそれを避けた後、堪らず後ろに下がった。


 間合いが開いたことで型を変える。

 腰を落とし、手は蟷螂手。


 だが、対する男は急にやる気が失せたかのように、無造作に立っていた。油断なく構える伊織が見ている前でスーツの上着を脱ぎ捨てる。


「いいだろう、魔法使いの小僧。お前たちの手品を科学が駆逐してくれる」


 南郷はカッターシャツの袖を少し上げ、手首に嵌められたブレスレットに触れた。


 瞬間、そのブレスレットから光の粒子が溢れ出した。粒子は南郷の体に集まると、かたちあるものへと実体化していく。上肢下腕部を覆う腕部装甲。下肢下腿部を覆う脚部装甲。そして、胸部装甲と、視界に情報を投影するバイザー。装甲はすべて光を反射しない不吉な紫黒色で、どこか戦車のような軍用機を連想させる。


「おいおい、何だよそれは……」


 想像を絶する光景の連続に、伊織は我知らず半笑いになる。


「おしえてやろう。これが《T2》――タクティカル・トルーパーだ」


 その名には聞き覚えがあった。前にアンナと話していたときに出てきた戦闘用パワードスーツの名称だったはず。まさか実物をこの目で見ることになるとは、そのときは夢にも思わなかったが。


 南郷が右手を伊織に向ける。何も持っていない手を――と思った次の瞬間、そこには長砲身のライフルが握られていた。単体弾、散弾、ゴム弾など、用途によって弾体を切り替えられる多目的リニアライフルだ。


「ちっ」


 伊織は舌打ちすると同時、身を翻し、駆け出していた。部屋を飛び出し、すぐ近くにあった校舎の階段部へと飛び込む。


 直後、その後ろでは廊下を火線が走り抜けていった。間一髪だ。


「くそっ。何でも出てくるのかよ」


 忌々しげに呪いの言葉を吐き捨てる。


 伊織には知る由もないが、量子化による圧縮格納と展開は、情報解析した物体に限られる。触れたものを何でも量子変換できるようなレベルには至っていないのだ。


 南郷が滑るように姿を現した。

 リニアライフルによる単体弾を2発撃ち込まれ、伊織は横っ飛びでそれを避ける。床の上で一回転したところで壁にぶつかり、「うげっ」と口から情けない声がもれた。


 てっきり伊織を追ってきたのだとばかり思っていただ、男はそのまま廊下の先へと抜けていった。


「逃がすかよっ」


 伊織も廊下へと飛び出す。

 武装した男は滑るように高速移動していた。


 現在、南郷のタクティカル・トルーパーは市街地戦を想定した仕様だった。脚部に搭載した反重力装置で戦場を自在に滑走する。狭い部屋を出たのも、その高い機動力を活かすためだった。


 南郷は体を反転させ、後ろ向きに滑走したままライフルを数発発射。だが、伊織はジグザグに走り、それを回避する。それどころか高速で移動しているこちらに追いすがってくる勢いだ。


 獲物を襲う獣の如き眼光。

 口許にはかすかな笑み。


 南郷は驚嘆する。


 魔術の中には身体能力を強化したり、感覚を鋭敏にしたりするものもあると聞く。南郷がタクティカル・トルーパーで高速滑走したり、ハイパーセンサーで環境情報を逐一モニターしているのと同じなのだろう。ならば、相手が生身だとて油断はできない。


 伊織はあっという間に男に追いついた。

 まるで自分が一個の弾丸にでもなったかのように体を丸め、頭から敵の懐に飛び込む。


「な、何をっ!?」

「おおっ!」


 裂帛の気合いとともに震脚。密着状態から双掌打をねじ込んだ。

 伊織の技が再び南郷の体を吹き飛ばす。


 だが、今度は倒れることはなかった。浮いていた足の底面を床に接地させ、耳障りな音を鳴らしながら制動、耐える。


「何だ、今の感触……」


 伊織は双掌打を、装甲に覆われていない男の腹部を狙って放った。だが、手応えは明らかに生身とは違っていた。その不可解さに、思わず疑問を口にしてしまう。


 南郷はせせら笑った。


「《T2》の装甲が見た目通りだと思わないことだ」


 タクティカル・トルーパーの装甲は確かに物理装甲だが、それと同時に埋め込まれた力場誘導子で不可視のシールドを形成し、全身を覆ってもいるのだ。


 とは言え――と、南郷は内心に焦りを覚える。そのシールドに割り振ったエネルギィが、素手の人間が放った一撃によるものとは思えないほど大幅に削られている。このままだとあと数発も喰らえばシールドを維持できなくなるはずだ。早々に決着をつけるべきだろう。


 南郷は伊織の足許にライフルを撃ち込んで牽制してから、一度その場を離れた。ここは距離を取るべきだと考えたのだ。


 伊織もその後を追おうとして――しかし、足を止めた。

 スラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、メモリィから電話をかける。


『もしもし、久瀬君?』


 相手は巻島まりあだった。

 彼女も生徒会の仕事があるとかで、今日は一緒に学校まできたのだった。


「悪い、まり姉。頼みたいことがある。アンナ先生を見つけて、体育館を開けてもらってくれ」

『え? なに、どういうこと?』

「忙しいから手短に言う。今、学校に入り込んだテロリストを追いかけてる最中なんだ」

『はぁ?』


 電話の向こうで素っ頓狂な声を上げるまりあ。


 ま、それもそうか、と伊織は頭を掻く。簡潔、且つ、正確に伝えたところで、そうですかと納得できる内容ではない。その反応は当然だ。


「じゃあ、悪いけど頼んだ」

『え? りっくん、ちょっと待って――』


 まりあがまだ何か言おうとしていたが、かまわず切る。ゆっくり話している暇はない。端末をポケットに突っ込んだ。


「……さて、行くか」


 伊織は肩をほぐすように回しながら、男が消えたほうへと歩き出した。

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