7.霊対霊対石ころ

 と、そんなことを考えていると、ニーミが身体を震わせた。マナーモード完備の妖怪ってのもおもしろいなあ……って言ってる場合じゃないか。


『来た!』

「しっ!」


 小石を指先だけで黙らせて、教室の入り口に意識を集中する。ほどなく、何でもないように扉を開けて入ってきたのはお待ちかねの生徒会長、その人だった。生徒総会とかでよく見る凛とした表情にはファンも多いんだけど、今の彼はえらく下品な笑みを浮かべていた。

 あーやだやだ、早く終わらせよう。どうせ見るなら下品な顔よりかっこいい顔に決まってるもんね。


『四ッ谷くん、ごめんよ。何度も呼び出して』


 演説なんかで聞き慣れた声なのに、どこか響きの違う声。そして、やっぱり私を四ッ谷と呼ぶ。いいかげんにしてくれないかなあホント、人の名前間違えるのは失礼なんだぞ?


「だから、私は水無瀬だと何度言ったら分かるんでしょうかね? 下着泥棒さん」


 そう答えながら相手をくまなく観察する。確認するまでもないけれど、そこに立っているのは生徒会長の身体を借りた、とことんしつこい下着泥棒……四ッ谷佳織さんに執着する、ストーカーの幽霊だ。とりあえず外見上は生徒会長のままで、だから多分私も外見上は四ッ谷佳織じゃなくて水無瀬秋野のはずなんだけどなあ。


『はは、泥棒なんて言わないでくれ。僕は愛のコレクターなんだから。君の物なら僕は何でも欲しいんだよ』


 だから違うって言おうとしたけど、やめた。これまで何度言っても聞かなかったんだから、多分これからも聞くことはない。仕方がないので、別方向から攻めることにする。


「言うわよ。勝手に人の物盗るのは泥棒です」

『だから、直接君の許可をもらって……』

「脅して無理やり奪うのは強盗じゃないの。そもそも人の部屋に勝手に入ったんなら、えーと住居侵入だっけ? どっちにしろ、犯罪だし」

『……そうだね。きっと僕は、君への愛のためならいくらでも罪を犯せるんだ』

「すんな!」


 あ、駄目だ。

 こいつ、本気で人の話聞いてない。いや、最初から聞く気なんてこれっぽっちもない。

 こいつは、四ッ谷さんのぱんつを自分の物にしたいだけなんだ。いや、それだけで人の身体に乗り移って行動起こしてる幽霊ってどうよとか思うんだけど。


「だからって、私まで巻き込まれるのはごめんだよ」


 本音をぼそっとつぶやく。幽霊同士の追いかけっこに、何で私や生徒会長が巻き込まれなければならないんだ? 冗談じゃない、勝手に2人でやってればいいんだ。


『――ごめんなさい』


 と、不意に頭のどこかから声がした。今度は女の子の声……私に聞こえたってことは、四ッ谷さん本人かな?


『はい、四ッ谷佳織です。ごめんなさい、巻き込んで』


 ごめんなさいじゃない、私から離れてよ、と言おうとして……言えなかった。うわー、目も口も手も足も動かせないよ。これってあれだ、乗っ取られたとかいう? ちょっと鏡子さん、こんな話聞いてないよ!


『……ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、もういやなんです』


 いや、だから謝るなら私の身体から出てってよ! 何で無関係な私があんたの経験を夢で見たり、あんたの代わりにぱんつよこせなんてストーカーに迫られたりしなくちゃならないのよ? ああ、こんな状況で冷静になんてなれない、頭の中がごちゃごちゃする。


『あ、あの……ごめんなさい。もう、限界』


 だーかーらー、あんたが限界かなんて知らないけど。あんたの代わりに私がスカートたくし上げてどうするかー! うう、今日はお気に入りのピンクのレース付きなのにい。


『はあはあはあ、やっと僕の思いを分かってくれたんだね。ありがとう、うれしいよ』


 私はまったくもってうれしくとも何ともないってーの。こんなところを誰かに見られたら、もしかして私が下着見せて生徒会長を誘惑してるように見えるんじゃないだろうか? そんなつもりはまったくないってのに。


『はあはあはあさあその手で僕にその布きれを手渡してくれはあはあはあ』


 生徒会長ががっと姿勢を低くする。うわあ何だ、すっかり覗き込む準備万端じゃないか。やめろってば。あと鼻息荒すぎ、中に入ってる下着泥棒ってどんな性格なんだ。


『……ごめん、なさい』


 謝ってばかりで私が納得できるかあ! ああ、もう駄目だ。こんなヤツにぱんつ見せたくない! 誰か、ニーミ、助けてってば。




 と、不意に私は……四ッ谷さんは、スカートを放してひょいと後退りした。ガシッと手に掴んだのは、埃だらけの椅子。途端、頭の中に四ッ谷さんの声が響いて私は私の身体を取り戻した。


『つ、釣れました? あのう、反撃……お、お願いできますか!』

「え、いいの!?」


 何だ釣りか、と思わず喜んでしまった。だって、這いつくばってる変態男目の前にしてこんなもん掴んだ以上、やるべきことはひとつしかないしね。さすがに四ッ谷さんはそこまでやれる勇気はなかったらしく、ちゃっかりバトンタッチしやがったけど。気が弱いのが、下着泥棒に付け入られた原因なんだろう。

 まあ、そこら辺は後で怒るとする。先に相手しなくちゃいけない相手が、今すぐには反撃出来ないような姿勢で、何が起きたのか分からないって顔をして目の前にいるんだから。貴様、そこまでぱんつに見とれていたか。


「変態、そこに直れっ!」


 私は思い切り椅子を押し出した。さすがに体力がないせいで、ぱきょっとへなちょこな音を出してぶつかったのは顔面。うむ、まともに鼻を打ったかなもしかして。


『ぎゃっ! ……ぐ』


 ともかく相手も推定体力なしらしく、あっさり轟沈。……したのはいいんだけど、床を引っ掻く指の動きが気持ち悪い。このまま再び這いずってくるんじゃないかと、椅子を構え直す。最悪バリケードにはなるだろうし。


『やいてめー、かーちゃんと佳織に何すんだー! 引っ込め変態!』


 ポケットの中から頑張って上がってきたニーミが、私の肩の上でぴこぴこ、と自己主張する。

 さすがに向こうもニーミの存在は気づいてなかったようで、むくりと上げた顔の中で目をぱちくりさせていた。そりゃまあ、可愛い子どもの声がどこからするんだろうかと思ったら、人の肩の上で小石が自立した上に動いてるんだもんなあ。

 つーか、白くて目立つとはいえ3センチレベルの小石が見えるのかな。見えるんだろうな、うん。


『な、何だこのちびすけは?』

「あんたがちびすけ言うな。言っていいのは母親の私と三段壁先生だけよ」


 彼の呆れた言葉に、考えるより先に口が出た。もういいよ妖怪の母親で、と観念したのは言ってしまった後で。


『は、母親ぁ!? そ、そんな、不潔だっ!』

「妖怪の母親より、不法侵入して鼻息荒く下着よこせとか抜かす下着泥棒の方が不潔でしょうがっ!」

『そーだそーだ! かーちゃんは、お前よりずーっと清潔だー!』


 私とニーミで下着泥棒さんに言い返す。ありゃ、何か不毛な言い争いになってきた。もっとも、こっちも言いたいことは山ほどあるんだし、いいよね。私にはニーミもついてくれているんだから。


『そんな、そんなそんな……君は、僕の理想の人だったんだ。清く正しく美しく、三歩下がって着いてきてくれるような……』

『ごめんなさい。わたし、あなたのような人、まったくもって趣味じゃないんです』


 これは私じゃなくって四ッ谷さんの発言。そうよ、最初からちゃんとそう言ってきっぱり振ってやればよかったのかなあと思ったのだけど、それどころの問題じゃなかったか。

 この手のストーカーっていうのは、一方的に好意を寄せてくるわ相手も自分にほれてるはずだと勘違いしてるわで、人の話をまともに取ってくれないんだっけ。思い込みの激しい相手ってめんどくさ。


『そ、そんなこと言って照れてるだけだろう? 母親なんていうのも……』

「いやあ、あいにくそれはホントの話。このちんちくりんは、かわいいうちのニーミよ」

『そーだそーだ……ってかーちゃん、ちんちくりんはないだろ?』

「私は事実を言っただけだけど。どう見てもちんちくりんの小石じゃん、あんた」

『た、たしかにかーちゃんから見たらちっちゃいかも知れねえけどよー!』

『ウソだ、ウソだウソだウソだ! そんなちっこいのが四ッ谷くんの子供だなんてウソだああっ!』


 私の言った事実に文句をつけてくるニーミと、そもそも私が四ッ谷さんじゃないことをこの期に及んでも理解できずにパニクる下着泥棒さん。あーあ、会話の内容がなくなってきたよう。何で下着泥棒の幽霊と対決するのに、ニーミのサイズで言い合いをしなくちゃならないんだろ。鏡子さん、まだかなあ?

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