6.鏡子さんの提案
『あららあ。そりゃ多分、秋野ちゃんが四ッ谷ちゃんに同調しちゃったのねえ。ご愁傷様あ』
本日はさすがに、お昼は『学校研究同好会』の部室で取ることになった。私はニーミを連れているので、自分の教室で食べることは雨の日くらいしかない。
ニーミは食事自体はそれこそ月1でいいんだけど、いかに小石とはいえ1日中ポケットだのカバンだのに突っ込みっぱなしというわけにもいかないし。だから、昼休みには外に出してやって気分転換をさせてるのだ。
で、私とニーミと岬っていういつもの顔触れに、今日はもう1人お客様がいる。横に置いてある大きめなスタンドミラー、この中に先ほどの発言者がいるのだ。
けらけらと明るく笑う銀髪金目の大人なお姉さん、七不思議のひとつである講堂の鏡の付喪神・
ま、それはさておき。
鏡の中の鏡子さんは、いつも明るい人……じゃない、妖怪だ。鏡というものが光を象徴してるとか言っていたけど、私はその辺はよく分からない。うんうんと納得していた岬の説明を聞いても分からなかったので、考えないことにしている。必要になったら岬が何とかしてくれるだろう。
「どーも。つーか同調、とかってできるの?」
『あは、もちろんできるわよ。幽霊なんてのは生きてる人間と違って身体がない分、他の生きてる相手に入り込みやすいしねえ』
はあ。鏡子さんってほんとによく笑うなあ。うっかり彼女を夜中に見ちゃった人がビビって逃げ出すのも無理はない。夜中に鏡の中で誰かがけらけら笑ってるなんて、はっきり言って怖すぎるもん。
『そういうもんよお。大昔からキツネ憑きとか、そういう話はよくあるし』
「う、人間に乗り移るってやつ?」
「なるほど。その人、秋野と波長が合っちゃったんですね。それで彼女の夢見たんだ」
「あはは……波長ねえ。あれか、ワンセグで電波拾うようなもんか」
分かりやすい鏡子さんの言葉と岬の追加説明に、私は笑うしかなかった。漫画や小説でよくある、幽霊が生きてる人間に取り憑いてどうのって話が現実になってるわけか。こら岬、鏡子さんとうなずき合うんじゃない。当事者ほっといて納得するな。
『ってことは何だ? かーちゃんは四ッ谷佳織に取り憑かれちまって、変態下着泥棒の夢見ちまったってことか? 鏡子ねーちゃん』
小さい身体をぴこぴこ振りながら、話をうまくまとめてくれたのはニーミだった。この子はホントにもう、お利口さんになっちゃって……ああ、私本気でお母さんになってる?
『そういうことねえ。秋野ちゃん、わたしたちとよくお話してるでしょう。四ッ谷ちゃんも今はどっちかというとわたしたちに近い存在っぽいし、もしかしたら秋野ちゃんなら話聞いてくれるって思ったんじゃないかしら? 今ちょっと校内スキャンしてみたけど、こっちには反応してくれないのよねえ』
口元に指を当てて、鏡子さんが困った顔になる。鏡子さんの本体は講堂の鏡だけど、学校の中にある鏡から見える場所なら状況を把握することができる。けっこう便利よね。
「あー。相手が幽霊だから、同じような存在におびえてるのかもね。秋野、ひょっとして生徒会長、下着泥棒さんと波長合っちゃったかもよ」
「へ? それって……」
岬の指摘に、私は凍った。
つまり私の夢が四ッ谷佳織さんの見た現実で、私が四ッ谷さんと同調しているように生徒会長が下着泥棒と同調しているのなら。
生徒会長は下着泥棒に取り憑かれて、四ッ谷さんの幽霊を狙ってるってこと? しかも目的は下着。ぱんつ。
「……なんつーかこー……」
そういうことだと腑に落ちた瞬間、何だか情けなくなってきて頭を抱え込んでしまった。
だって、普通幽霊が人に取り憑く話って、幽霊の目的は自分を殺した相手に復讐だとか好きだった人に思いを伝えるとか、そういうものでしょう?
それが何だって『ぱんつ』なんだか。しかも相手も幽霊だし。だいたい、事情が分かったからって根本的な解決にはなってない。
『うん、そこは鏡子おねーさんにまかせて。プロフェッショナルに連絡ついたから』
「ほんとですか? うわあ、助かったあ」
ああ、心細いけど頼りは鏡の中の脳天気な笑顔だけだ。お願いします、鏡子さん。
『うん、大丈夫よお。その代わり秋野ちゃん、ちょーっとお願いがあるんだけどお』
だから、そのいかにも企んでますよーって笑顔に変化するのはやめてください。お願いは聞きますから、主に自分のために。
午後の授業をあくび噛みつぶしながらクリアーして、やっとのことでたどり着いた放課後。私は鏡子さんの『お願い』どおり、夢で見たあの空き教室へと足を進めていた。はあ、気が乗らないんだけどなあ。
『だいじょぶか、かーちゃん? 心臓、ばくばく言ってるぞ』
「ああ。うん、大丈夫」
ポケットの中のニーミが、私に気を遣って小声で尋ねてくる。同じように小声で答えながら教室の扉を開けると、むわっと夏特有の暑くて湿っぽい空気が流れ出した。うわ、おまけに埃っぽい。
「……はは、ほんとにあれは夢かあ」
涼しくなったら掃除したほうがいいんじゃないかなあ、と思いながらゆっくりと中に足を踏み入れる。後ろの方に整然と積まれている机や椅子を見て、今朝の夢を夢と再認識した。さすがに、夢と同じように崩れていたらぞっとしてたかな。
『ったく、鏡子ねーちゃんめ。かーちゃんを囮だなんて、何考えてやがんだ』
「ま、仕方ないっちゃないけどね。今んとこ、直接アクセスされてんの私だけみたいだし」
ニーミとの小声での会話を続けながら、周囲に視線を走らせる。まあ、下着泥棒の奴、今は生徒会長に取り憑いているんならいきなり背後にわいて出るなんてことはないだろう。
ニーミの言葉どおり、鏡子さんの『ちょっとしたお願い』っていうのはつまり『相手をおびき出す囮になってね』というものだった。学校内なら七不思議のみんなもいるし、そもそも鏡子さん言うところのプロフェッショナルに来てもらえるはずだし大丈夫よね、ということで受けたのだ。
一応小さな鏡はポケットの中にあるから鏡子さんも来られるだろうし、教室のスピーカーも生きてはいるはずだからルーやあーちゃんの演奏も入れられるだろう。さすがにトイレは遠いから花子さんは無理っぽいけど、地縛霊さんは寂しがり屋だから顔出しに来てくれるかもしれない。
いや、そこまで行く前に何とかしてほしいんだけどね。七不思議軍団が出てきたときに学校に先生が残ってたりしたら、本当に大ごとになっちゃうし。
『大体、かーちゃんにはオレがいるしな』
「そうね。ピンチの時は頼むわよ、ニーミ」
実力的には一番頼りないけれど精神的に一番頼りにしてるのは、やっぱりポケットの中の小さなこいつ。名目としては学業成就のお守りなんだけど、今の私にとっては何よりも力強いお守りだ。
『かーちゃん、気をつけろよ。ここはもう、奴のテリトリーみたいなもんだぞ』
「うん、分かってる」
自分の気を落ち着けるように胸ポケットをぽんとたたいて、私は教室の真ん中に立った。夕方過ぎの低い太陽の光がカーテンの隙間から室内に差し込んできて、室内を舞う埃をキラキラと照らし出す。うわあ、終わったら窓開けて換気しよう。
ニーミの言ったように、この教室は既に下着泥棒のナワバリであるらしい。だから、今朝がた私が見た夢はこの教室での光景だったのだと鏡子さんは言った。こんちくしょう、人の安眠返せ。
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