2.家での日常。一応日常

 帰宅してすぐ、私はさっさと自分の部屋に引っ込んだ。夕食までにはもう少し時間があるので、その前にやらなきゃいけないことがあるから。

 買ってきたおにぎりから包装のビニールを引きはがし、皿に乗せる。その横に、制服のポケットにいつも入れてあるハンカチから石を取り出して置いてやった。


『やったー、ごはんごはん!』


 と、かたんと硬い音を立ててそいつは動き出した。どこからどう見てもただの白い石が器用に身体を揺らしながら進んでいく様子は、いつ見てもアニメか何かの1シーンにしか見えない。かったこっとかったこっと、という妙にリズミカルな足音もどきが余計にアニメチック。そうか、そんなにお腹がすいていたか。石なのに。


『では、いただきまーす』

「どーぞおあがり下さい。残すなよ」

『おう、頑張るー』


 そして、礼儀として私が教え込んだ食前のあいさつの後は、下手するとアニメでも見られないシーンだろう。おにぎりに石ころがもたれかかるように乗っかって、そのまま食べ始めるんだから。

 どうやら人間でいうところの口に当たる部分が平らになっていて、その部分がぞりぞりと海苔に包まれた米の塊を削っていくさまは何というかこう、食事風景というよりは工作してる真っ最中みたいな感じである。

 さすがにどこで消化してるのか、石ころより大きいサイズであるおにぎりは一体この石のどこに入ってるんだろうとか、下の話だけどカスはどうしてるんだろうとかその辺は、そこそこのつき合いになる私も知らない。妖怪の身体がどうなってるかなんて、解剖しても分からないんじゃないかな。

 とは言えともかく、この石はご飯を食べるのだ。幸い、今のところは月1くらいのペースなので助かってるけれど。毎日食べさせてたら、いくらバイトしてたってこっちの小遣いが厳しい。

 などと考え事をしている間に、おにぎりはきれいさっぱり消え去っていた。全部この石が食べ尽くしてしまったのは言うまでもない。で、ご飯の後はやっぱり一服。その前に口、に当たる部分をちゃんとふきんで拭くのも私が教えた。そのまま動いたら、推定口の周りについた海苔やおにぎりの具でテーブルとか汚れるじゃないか。


『ごちそーさまでした。おいしかった』

「お粗末様。で、お茶いる?」

『あ、欲しいな』

「分かった」


 おにぎりと一緒に買っておいた小さいペットボトルのお茶を開けて、ニーミ専用のトレイに注ぐ。「はいどうぞ」と置いてやると、石はかっこかっこと移動してきてことん、ちゃぷ、とお茶の中に浸かった。

 お茶の量がするすると減っていくのは、目の前にある石の正体を知らなければマジックに見えるだろう。知ってたら知ってたで、ある意味怪奇現象なのだけど。


『ふう、満足満足』


 どこで覚えたのかは知らないけど、もし人の姿してたらごろんと横になってお腹さすってる時のセリフを吐く石。私はこいつの食事と一緒に買っておいたスナック菓子をつまみながら、その石を指先でつついた。おう、微妙にしっとりと水分を含んでいる。


「満足満足って、あんたまだ赤ん坊でしょが」

『うー、その言い方傷つくー。確かにそうだけどさ、これでも秋野よりは年上だぞ』

「今、30くらいだっけ。それでもまだまだ一人前とは言えないんでしょ」

『そうだけどー。これでも他の同類より成長は早いって、岬言ってたろ?』

「妖怪の時間と人間の時間は違うの!」


 いかんいかん、ついつい言い方が荒くなってしまった。でもこれが、石が動いて食事をする理由でもある。


 妖怪。

 そう。この石、つまりニーミと私が呼んでいるこいつは、いわゆる『妖怪』……付喪神つくもがみという化け物らしい。何でも長く存在した物に魂が宿ったとかいう代物で、要するにこいつは小学校にあった石像に宿った魂ということになる。

 本体がぼろぼろになって、自分も消えかけてやばいなーと思っていたところを私に拾われて、ご飯もらえたお陰で生きながらえたと本人は言っていた。本人って人じゃないけど、それ以外の呼び方を私は知らないのでかんべんして欲しい。

 つまり、私はこいつの命の恩人なわけだ。いやもう、感謝されたのなんのって。

 ただ、顔もなければ人型もしてないただの石っころにいきなりお腹空いただの、助けてくれてありがとうだの、あんたは命の恩人だーなんてまくし立てられた時の私の気持ちを考えてみてほしい。一体何があったんだ、とぽかーんとなってしまうんじゃないだろうか。うん、私がそうだったんだけど。

 妖怪っていっても、ニーミは何でも生まれて30年ぽっちだそうだ。私よりはずっと年上だけど、この種類の妖怪としてはよちよち歩きの赤ん坊レベルなのだという。妖怪の寿命ってあるのかどうかは知らないけれど、まあ人間よりは長生きなんだろうなと私は勝手に思っている。

 で、私はその赤ん坊を助けたわけで。


『分かってるって言ってる。ちゃーんと、アンタが生きてる間に一人前の妖怪になってみせるってば。な、かーちゃん』

「かーちゃん言うなー!」


 ……こうなってしまった。拾われたニーミは、拾った私を何故だか自分の親みたいなもんだと認識してしまったわけだ。なんでやねん、と関西弁で突っ込みたくなる。

 だけどそうなると、私はこいつを何とか一人前になれるように育て上げなきゃいけない……と思い込んでしまって。

 最初は気持ち悪くってもう一度捨てようか、いっそ金づちでたたき壊そうかとも思った。けど、いくら相手が石だからといっても捨て子や撲殺は後味が悪いし、何と言っても子犬みたいに懐かれてしまったこともあって、良心がとがめまくった結果がこう。ああ、古い言い方だけど花の女子高生が何で妖怪の母親だなんてねえ。

 でもまあ、それなりに良いことも実はあったりした。学校で、学業成就のお守りとして拾っただけのことはあって、成績が中の上ごくたまに上の下をキープできているのはニーミのおかげだ。

 実はこいつ、さりげなく頭が良いのである。一緒に勉強したら、私より理解が早い。それでいて、私が分からない部分を指摘するとものすごーく分かりやすく教えてくれる。うっかりすると、学校の先生より上手なんじゃないかな。

 そんなわけで、宿題中やテスト勉強の時はニーミが私の勉強を見てくれている。塾通いしなくてもそれなりの成績なのはひとえにこいつがいてくれたから、だ。

 さすがに妖怪使ってカンニング、なんてしょうもないことはやってない。それはニーミも分かっているのか、テスト中はカバンの中でおとなしくしてる。別に私が教えたわけじゃないから、分かってるんだろうなあ。それとも元小学校在住だったから、先生のお叱りを聞いてたりしたんだろうか。


『……でさあ、かー……じゃないや秋野。宿題やらなくていいのか?』


 かたかたと、机の上で石が身体を揺らせる。こやつ、もしかして自分がやりたくて私に宿題やらせてるんじゃないのか、と思う節もまあなくはない。でも、宿題忘れて先生に叱られるよりはよほどましだ。


「うっさい、私はまだ晩ご飯食べてないんだから。後にしなさい後に」

『はーい。そんじゃ、待ってるぜー』


 かたかたかた。何かのリズムを取るかのように、規則正しく机を叩くニーミ。私ははいはいとうなずきながら、自分の食事を摂るために腰を上げた。

 夕食の後は石と一緒に宿題を済ませ、風呂に入り、明日の準備をすませてベッドに入って寝る。ハタから見たら変かもしれないけど、これが私の日常風景。ニーミに会ったその日から、毎日こんな感じで生活してる。

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