第12話 チャペルでラストリゾートを 2

 脱ぎたてタイツを手に取り、おっかなびっくりつま先をあてがうナンシー。

 ナマ脚晒して生き残ってきたこのカウガールには、馴染みのない吸着感と、周囲の妙な期待が、どうにも気恥ずかしかった。

 慣れないフィッティングとはいえ、履き終わるのは時間の問題。だがしかして、クイーンの暴力的な十二本の美脚の前に、即席チームのサムライたちが跳ね除けられるのは、更に時間の問題だ。

 まだ手勢が足りない。助太刀が足りない。猫の手でも借りたいぐらいの状況だった。


「いいところに出くわしたね!! マムの商品、返してもらうだーわよー!!」


 クイーンの脚を絡めとったムチは、伸縮性のニットタイツである。

 その伸び縮みを利用して接近し、ダイビング・レッグ・プレスを仕掛けたのは、猫の手ならぬ豚の足。死んだはずのビッグ・ハムだ。

 この物語のシックス・ストッキング・サムライの最後の一人が、ピンクの網目からお肉を揺らして、美味しいところでご登場ってんだ! BOYONGボヨン!!

 網タイツデブサーカス団長の贅肉ボディーの飛び込みは、クイーンのガータートスでまたもざっくりと寸断。ところがなんとハムの中身が、ごろんと出てくる。

 ガリガリ細身のモヒカン網タイツサーカス団長だ。


「あんたを追って学校に来てやったよぉ、ダック! クイーンにはいつかやり返したいとマムも思ってたしねえ? いい機会だ、全員でやっちまおう! 興行も商売も、多少はやりやすくなるかもだよぉ!」

「マッ……マム……?? えっ? マムなの? 本当に?? マムが鶏ガラみたいになっちゃったよぉ!?」

「このマムのデカい体自体が、ボディストッキングの産物だったのさぁ! いいかいダック? このイカれた世界で生き残りたいなら、大事なのはノリだ!! 全員狂ってるマッドなら、勝ち馬に乗るべきだよぉ!! ハムハハハァ!!」

「そんな笑い方だったっけぇ、マムゥ!?」

「事情はよくわからないけど、時間稼ぎの要員だけは揃ったね。みんないい? クイーンの動きを止めるよ。ボクの真似をして技をかけてみて。クイーンに教えていない、とっておきの足止め技があるんだ」


 集合した剣脚サムライたちに写真を投げて図示しつつ、自らの幼く短い脚で実践してみせる、ショーター・キッド。

 老練な知識が見せるそれは、相手の脚を自分の脚に絡めて身動きを封じる古の関節技、足4の字固めであった。数字の「4」にも見える形で二本の脚を絡め取られ、苦痛に声を上げるクイーン。

 これを見て礼賛が手入れ不足のナマ脚で従い、ダックのニーソも、ハムの網タイツも右に習う。

 こうして産まれた、4者4様よんしゃよんようの足4の字。蜘蛛の脚の本数に相当する八本の脚を封じられ、さすがのソックス・シンボルもお手上げだ。

 チャペルで寝転ぶ4人が作る多脚相手の4の字固めは、ある種の宗教画のような神々しさがあった。


「アーハー……はっ、履けたわ!!!」


 そんな折に声を上げたナンシーの方へと、皆の視線が向けられる。もちろんこの注目で脚光を浴びて後光のごとく「パアア……」とちょっと光った。

 牛柄ビキニの上から黒タイツと言う、存外にマニアックな趣になってしまったが、それはそれ。重要なのは脚である。


 均整の取れたモデルのような脚に履かれた『ストテクロスト・テクノロジー』の産物たるそれは、礼賛が履いていた時よりもデニール数を落とすようにナノファイバー的な技術のアレで自己調整され、絶妙のナイロン密度を発揮している。

 引けた腰から太ももへの女性らしい魅惑のライン、段階的な着圧のひとつである腿の付け根の切り返し部を経過して、脚の動きに合わせて地肌を若干透けさせる膝、脛。

 尻から膝裏を経過しての、背面部の美しさも見過ごせない。圧迫による魅力の結集。薄布一枚まとったからこそ強調される女の武器が、嘘偽り無くそこにある。

 更には足首、つま先までも、脚兵器きゃくへいきとして世界を滅ぼす元凶にして人々に活力を与える存在でもあった、伝家の宝刀ラストリゾートがとうとうここに、終わりの世界に希望を伴い、復活したのだ。


「やっぱりその黒ストッ、最高ですね……! あなたが! このワタクシが!! 六百六十六番目はその黒スト、その黒タイツ! 結婚してくださいまし!!」

「アーハー? まさかあんた……タイツと結婚しようと思ってたの?」


 答えはある意味明白であった。クイーンは白と黒のガースト脚に嵌められたガーターリングをしつこく飛ばし、ガータートスにてナンシーの上半身のみを執拗に狙って、殺しにかかる。デニール低めの薄黒ストに、傷を付けたくないのだ。

 だが今やこのナンシー、歯牙礼賛の研究成果を身にまとっての、まさしく脚救世主アシメシア

 ギラン、ドスン、ザクリと飛び交うガータートスなんぞ、縦横無尽に韋駄天足で駆け抜けてかわすかわす、全弾かわす。

 最初に吹き飛ばされたもう一丁のヒールガンを走るついでに拾い上げ、撃ち鳴らしつつ床に壁に天井にと、三次元的踏破でクイーンの周囲をぐるりと回って戦い続ける。

 合間に飛び出すジャンプキックで、右から左から上から下から、足4の字に捕まったクイーンの脚を一本ずつ膝から蹴り割っていく。

 そして遂にラスト、本命の白と黒のガーターストッキングの脚に狙い定め、至上のナマ脚を絶後の黒タイツで包んだ麗しのドロップキックにて、決戦堂々決着!!

 ――ところがであった。女王クイーンの脚と救世主メシアの脚が打ち付け合う寸前のこと。マッドンナはブロンドヘアーをなびかせて、自らのガースト美脚を両腕で覆ったのである。


「そんな守りでどうにかなるか!! もうこれであんたは終わりなんだよ、クイーン!!」

「そう……そうなの。終わりにしてください。次はあなた達が、救って……」


 クイーンは自分の脚を守ったわけではなかった。両手でつかんで、差し出したのだ。

 ニコリと笑った最期の顔は、求婚の笑顔とはまた違った、奥底からの感情の発露である。


 だけれど、ナンシー。この期に及んで今更何が起ころうともだ。

 もう全てを踏んで歩いて過ぎると決めた。悔いは抱いても加減はしない。クイーンの笑顔もろとも蹴り飛ばして、右と左の黒スト脚刀あしがたな、二刀両断!

 かくして自らの美脚を胸に抱いたまま、ソックスシンボル・クイーン・マッドンナ。ここに――堕つ。


「……やったわ……! アー……ハー……!!」

「はっ、ははははは……! すごいわナンシー、やっぱりあなたが! あなたが救世主ね!」

「どう……かしらね。あなたの方なんじゃない、礼賛? 生暖かい脱ぎたてタイツはゴメンだけど、効果は実際すごかったわ……」


 安堵の表情を浮かべるナンシー。しかし彼女には、すぐさまやるべきことがまだ、残っている。

 見渡せばそこには、クイーンとの激戦で体力を使い果たし、傷を負い、倒れた剣脚総勢四名。そんな中にあともう一人、今にも死にそうな男がいる。

 彼のそばに急いで駆け寄って、ナンシーは言った。


「アーハー、ハー……! まだ生きてるでしょ、24点? ねえ、ビッグニュースよ! あたしのヒールガンなら、死にかけのあんたの傷も治せるんだって。一丁は礼賛に使ってもう弾が出なくなっちゃったけどさ、二丁拳銃で本当に良かったわ!」

「ハハ……そいつは朗報だな。おいおい、ナンシー……。恥ずかしがってたタイツを履いたんだな……? いい脚だ、もっと見せて、くれ……」

「後でまたいくらでも見せてあげる。でもね、いい? さっきはカッコ悪いところ見せちゃったけど、これで借りはチャラにしてよ! ええと、銃を両手で構えればいいのかな……? こうかしら?」


 その時マッドンナはもう、役目を果たして、絶命していた。

 ところが彼女の多脚義足はまだ、わずかに力を、残していた。

 砕けた脚を暴走気味にうごめかし、気を抜いていたカウガールに、強烈なバックアタック。

 もう操る者もいないただの脚が、ナンシーの背後から胸元を突き破る。

 歯牙礼賛が先ほど受けた致命傷と同じような、命を失うに至る傷。

 義足はそこで力を出しきり、完全に――動きを止めた。


「オー……。オーマイガ……! オーマイガ、オーマイガ……オーマイガ……! オー。マイ。ゴッド……!」


 みるみる血の気の引いていく顔で、ナンシーは両手でヒールガンを構え直した。礼賛を救った時と同じように、受けた傷をこれで癒やして、目前の死を免れられると信じて。

 狙う相手は、自分ではない。足元に倒れているトゥエンティーフォーである。

 へたり込んで男にまたがり、その眉間に照準を合わせる。

 自分が絶命する前に銃弾を放とうと、決してこの一発を外してはならないと、震える手でナンシーは。引き金に力を入れた。


「……ダメだ。ダメだぞナンシー。泣いちゃあ……ダメだ。ダメだ……俺じゃあない」

「やだ……! 嫌よ……! もうまっぴらだって言ったでしょう、オーマイガ……! 愛する男が死ぬのはあたし、もう……見たくないの……!!」

「お前が生き残らなきゃ……ダメだ……ナンシー……」

「24点のくせに死にそうな顔でかっこつけないで……! 黙って撃たれて!」

「愛する男、か……。そりゃあ光栄な話だナンシー。なあ、俺からひとつ、お願いがある……」

「お願い……? ねえダメよ、やめて……」

「お前に今まで、そしてこれから……何人の愛する男が生まれても……だ。24番目は、永久欠番にしておいて……くれないか……?」

「あなたが一番よ!! トゥエンティーフォー……!!」


 そばかすの顔を子供のように泣き濡らし、バンシー・ナンシーは嗚咽し続けた。

 ヒールガンを握る指先に、トゥエンティーフォーの節くれだった指が、そっと乗る。

 男の右手と女の左手、二つの掌に挟まれた銃は、男の最期のリードによって、泣きじゃくるカウガールのこめかみにあてがわれた。

 一発だけ残された、癒やしの銃弾。その弾が放たれる音が、チャペルに鳴り響く。

 赤毛のおさげを揺らして、女は倒れ、男の上に寄り添った。


 死と、生の、只中で。

 愛しく抱き合う男女は、こんな時代でも、充分すぎるほどに美しかった。


 ――戦後、女性とストッキングは強くなったと言われている。

 ソックスシンボル・クイーン・マッドンナとの戦いを終えて、果たしてこれらは更なる強さを、得たのか否か。

 『ロスアンレッグス』からはクイーンが消えた。男たちの落胆は強く、もうこの町に希望は見当たらないのかもしれない。

 結婚相手として隠蔽していた女どもの扱いや、町を牽引する新たな規律の作成。問題は山積みのまま、この場の治安維持はショーター・キッドと新たなクイーン候補に委ねられた。

 『ストテクロスト・テクノロジー』の更なる研究の傍ら、先代のクイーンとは違った形の統治を目指す、歯牙礼賛。彼女が救世主になれるかどうかは、まだわからない。


「行くよ新入り! 哀愁くれてんじゃ、ねーだわよ!」

「ほら、マムに怒られたでしょぉ? 急がないと、ガァ、ガァ!」

「……そうね」


 『マザー・コンプレックス・サーカス』と大書されたトレーラーに、ガリガリ網タイツ団長が乗り込み、アヒルピエロが後を追う。

 二人に呼びかけられたのは、テンガロンハットに牛柄ビキニ、赤毛のおさげのカウガール。二丁ハイヒールをちらつかせながら、『24』と書かれた墓標の前を去る。

 泣き叫ぶことは充分に済ませた。クイーンも倒した。だが、それで男が戻ってくるわけでも、世界がまともになるわけでもない。

 だからいつか、このイカれた世界をぶった斬るに足る、まだ見ぬ美脚を求めて。


「あんたの分まで、歩き続けてみせるわ」


 バンシー・ナンシー、晒したナマ脚で再び荒野に、歩み出す。

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剣脚ショウダウン ~終末美脚マッドソックス英雄譚~ 一石楠耳 @isikusu

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