第11話 チャペルでラストリゾートを 1
動力源の美脚歯車が回りだし、ウェデイングチャペルの内部をキャンドルライトが照らし始める。
突入してきた窓から散らばる、ステンドグラスの破片がまばゆい。その中心に立ってバージンロードを踏みしめるのは、六対・十二本の多脚である。
純白と薄黒のガーターストッキング、網タイツ、ニーソ、白タイツ、黒タイツ、ナマ脚。これらが全てひとつの下半身から生えているのだ。
そしてそのうちの一本。黒タイツ脚は、だくだくと湧き出る血に染まっていた。何故ならその脚は一人の研究者を背後から串刺しにし、今まさに命を奪おうとしているのだから。
哀れな犠牲者・
「オー……オー、ノー……! ノー……!!? なんてこと……!! あたしが礼賛にとどめを……? 刺したの……?? この、この、ひとでなし!!」
無慈悲な十二本の脚には、ナンシーの罵倒の声は響かない。なにせ人ではなく、ただの脚である。刺されて撃たれた歯牙礼賛を邪魔そうに蹴り捨てて、その代わりに、足元に転がる別の上半身を戴いた。
多脚が拾ってあてがったのは、ソックスシンボル・クイーン・マッドンナの体である。シーツに隠れていた腹部には、ナンシーがナマ脚で刺し貫いた刀傷がある。しかし、それより下の半身は、もとよりこのクイーンには付いていなかったのだ。
「驚きましたか? このワタクシはより高みに登るべく、皆の結婚相手にふさわしくなるべく、美脚を既に義足に変えていたんです。上半身を切りつけられても怖くないわ。結婚しましょう。このワタクシの上背はどうせ飾りだもの。いいえ結婚した。あなたも寄越しなさいその脚を!」
ナンシーに斬られた傷を気にもかけず、跳ねて踊って回る多脚のマッドンナ。
ブロンドヘアーをなびかせながら、飛び交うのはあの超絶破壊力の
放心のカウガールのテンガロンハットが宙を舞い、首がスパンと撥ねられたかに見えたが。咄嗟に彼女を押し倒して地に伏せさせた男が、そこにはいた。
「ボーッとしてるんじゃない、ナンシー……!」
「オーマイガ、オーマイガ……。だって礼賛が! 救世主が! それにあんたも……腕が一本、なくなってるじゃない……!! あたしなんかをかばって二人とも、何してるの……!? オーマイガ……!」
「泣くな、ナンシー。涙は枯れたんだろ? お前はまだ戦えるんだ。惚れた女の泣き顔はな、辛いもんだぜ……! いいか、ナンシー。俺は……ダメだ。この傷じゃ助からない。だから俺は行く。お前だけでも生き残れ……!」
腕を切り取られて失血死目前かと思われたトゥエンティーフォー、グリップだけのバットを拳に握って、クイーンの多脚に決死の特攻。
死出の旅路に向かう男を、せめて援護しなくては。そう思ったナンシーが銃撃でこれをサポートするが、ここに来てなんと。弾が出ない。
謎の機構の『
かくしてトゥエンティーフォーも無残に、1ダース美脚の前に切り捨てられ散る――かと思いきや、その時!
割れたステンドグラスから飛び込むは、稲光の激しい
「これは何? 結婚する? いいえ結婚した。このワタクシの神聖な式を邪魔するのはどこのどなたであらせられるのでしょうか!?」
「『絶対領域』」
びしょ濡れの濁流の中で、いつの間にやらクイーンの足元に現れてニーソの刃で襲いかかったのは、チャイナピエロのペキン・ダックだった。
ニーソの『絶対領域』で招き入れた豪雨による滑りを受けての、ウォータースライド殺人スライディングが、横殴りの雨とともにクイーンを足止めする。
「アヒルちゃん、聞いたんだぁ! マムの仇は、本当はクイーンなんだってぇ~……?? 証拠の写真を見せてもらったよ!! 殺すよ、ガァ、ガァ!」
「あら? なんです? このワタクシの六百六十七番目の結婚相手になりたいのですかこの子は?」
「アヒルちゃんは男だ! 女好きのおめーとは結婚できねーんだよ!! ガアッ!!」
オスを奮い立たせた声でクイーンに肉薄する、ペキン・ダック。そのチャイナ服の胸元は未だ切り取られてはだけたままであり、相変わらずのつるつるぺったんこってんだ! BANG!
いや、重要なのはそこではない。ナンシーに斬られ、撃たれ、傷ついたはずのダックの体が、綺麗に癒やされているのだ。そこに再びきらめく、脅威の稲光。
「『脚光』!!」
いいやこれは自然現象の光ではなかった。白タイツ脚が注目を浴びて光り輝くあの現象、カメラのフラッシュが如き鮮烈なる『脚光』である。
ダックに続いて戦場たるチャペルに現れたのは、白タイツ報道マン美少年の姿に舞い戻った、ショーター・キッドだった。戦力増のためにアヒルピエロの傷を癒やしたのも彼、いいや彼女、もうどっちでもいいやロリショタ老師である。
クイーンの多彩な履きモノの多脚を次々
「クイーン……。そうか、キミはもう……。義足に履き替え、義足に振り回され、脚の権化になってしまっていたんだね……」
「何をするのキッド? このワタクシに逆らうの?? 結婚したいの?? でもあなたは男の子だからこのワタクシとは結婚できませんですよねえ??」
「……そう。ボクが男なのか女なのかも、キミはもう憶えていないんだね。……うん、これで終わりにしよう。そしてやり直しだ。何度も何度も、人はそうやって、やり直してきたんだから」
悲しみの目で決断を下す、キッド。おそらくこの
そしてその隣りで苛烈に命を燃やす、若きペキン・ダック。母の仇を取ろうと、必死でクイーンに食らいついている。
「ハー……何これ……。アーハー、みんな必死じゃない……! あたしだけが……あたしだけが泣いている場合じゃないわ!」
「そうよナンシー。あなたは、泣かないで。きっとあなたが救世主なんだから」
バンシー・ナンシー、背後からかかった聞き覚えのある声で、一度は止めた涙が再び、喜びで溢れるところであった。
振り返るとそこに立っていたのは、割れた眼鏡の黒タイツ履きかけ研究者。歯牙礼賛である。
「礼賛!! どういうこと……? あんたもあのガキ老師に助けてもらったってわけ……? すごいわ、さすがは救世主! 死んで蘇るだなんて、本物よジーザス!!」
「違うわ、あなたのおかげよ。偶然の産物とはいえ、わたしは撃ちぬかれた時に、初めて気づいたの」
歩み寄って礼賛、ナンシーにそっと手を添える。
「あなたのこのハイヒール銃――
「わたしが……? 何だろう、両手で銃を撃ったから……? 夢中で引き金を引いたから……?? でも、あれからタマ切れになって、役立たずなのよこの銃……!」
「力を使い果たしたのかもしれないわね。いいわ、細かい理屈はわたしが後で調べればいい。その為にもわたしたちは、今を勝たなければ……絶対に勝たなければ、いけないわ。いいわね、絶対によ。ナンシー」
女子の一大決心のもとに、歯牙礼賛は両手を自分の腰にあてがった。頬を赤く染め、太ももから膝、足先までに、するすると指を這わせる。
履きかけなのか脱ぎかけなのか、研究と自己防衛と、そして保身のために中途半端なままにしていたその黒タイツを、ついに彼女は自分の意志で、全て滞り無く。
万全に、脱ぎ去ったのだ!
「わたし、人前でナマ脚を晒すなんて……これが初めてよナンシー。わたしはあなたみたいな美脚じゃないから、すっごく……すっっっごく恥ずかしいわ!!」
「アーハー……? 何をしてるの、礼賛……??」
「あなたにばかり、大役を任せるわけにもいかないでしょう? わたしも、やれる限りのことはやってみるわ。だからあなたも、やれるだけのことは、やって!! せっかく繋いだ命だもの。時間は稼いでみせるから!」
そう言うと歯牙礼賛は、黒タイツをナンシーに放り投げ、ボロボロの白衣を振り乱しながらクイーンに向かっていく。
しかしそれらを余さず晒して戦う姿、この上なく美しい!
「結婚した!! やっぱりあなたがこのワタクシの六百六十五番目の結婚相手にふさわしい!」
「うるさいわねクイーン!! ……って、待って!? ナンシーじゃなくて、わたしを狙ってるの?? え? な、なんで? 見境なさすぎない??」
「ワタクシと結婚したください」
「いやよ、
「おいおい、女同士ばっかり盛り上がってんじゃねーよ。俺も混ぜてくれよな……!」
おぼつかないナマ脚殺法で闘う礼賛に続き、顔面蒼白のトゥエンティーフォーも、ぶっ倒れながら地をはってクイーンに追いすがる。
この苛烈な総力戦を見てナンシーは、遂に。
決意を固めるに至った。
「……オーマイガー……。こんな重要なシーンで、あたしは何やってんだって話よ……。いいよ、やってやるよ
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