第10話 白タイツショタジジイコスプレイヤー老師の葛藤 2

 すね迫り合いを「キン」と打ち合って距離を離し、キッドは最後の質問で、この話を終えた。


「どう? これがボクらの事情。本当は、予言の救世主なんていない。予言はボクのでっちあげだ。ボクはキミたちがここにいることを、クイーンに暴露することも出来る。でも……キミたちがロスから去りたいっていうなら、見逃してあげるよ。どうする? キミたちはどうしたい?」

「……愚問ね。あたしはもう、逃げて泣くのはゴメンなの。泣き場所は自分で選ぶ! この脚の歩みは止めないわ。ショウ・マスト・ゴー・オン! アーハー?」


 決意とともに天井に放たれたナンシーの銃の一発は、跳弾となり、それまで寝ていたトゥエンティーフォーのほほをかすめて地面に撃ち刺さった。

 目覚めるバット男。先の水中ニーソとの戦いでバットはまたも斬られ、グリップ以外ほとんど残っていない。

 そして歯牙礼賛、履きかけだったのか脱ぎかけだったのかわからない黒タイツを引っ張り上げながら、慌ててナンシーについて行く。


「まっ、待ってナンシー! 決戦に赴くにはこの黒タイツを履くべきよ。いい? あなたは慣れてないだろうけど、履き方があるのよ。少しずつ丸めて引っ張り上げて、シワをなくして……」

「お、おいおい、よくわからないけど俺も行くぞ、マイ・スイート・ナンシー!!」

「誰がスイートだ、24点。あ、でも……プールでは、ありがと。一応ね、礼は言っとくから」

「おいおいおい、命を賭けた甲斐があったぞ! ナンシーが俺と両想いになった!」

「なってねえよシット!! あんたね、プールに飛び込んで助けてくれたのは良かったけど、その後の抱きつきでホントは差し引きチャラだからね??」

「……クイーンはチャペルで寝てるよー。襲うなら今がチャンスだからねー」


 去りゆく三人の背中に、重要情報を投げかけて。

 ボロボロのミラーハウスで一人、三角座りのショーター・キッド。

 割れた鏡に写るその顔は、笑っているのか、悔やんでいるのか。


「ハハハ……。ちゃあんと次の世代は育つもんだね。ボクは少し、クイーンに過保護だったのかもしれない……な」


 キッドがぼんやりと思い返すのは、ソックスシンボル・クイーン・マッドンナと共に、この街の根幹を作り上げた在りし日の光景だ。

 荒れ野に残る打ち捨てられた街。暴徒を蹴散らし支配下に置き、脚の力で心酔させて、新たなルールに従わせる毎日。


「このワタクシにそんな大役、務まるのでしょうか……」


 マッドンナは悩んでいた。


「男どもよ、このワタクシの美脚にひれ伏しなさい! そしてそこの女性はこのワタクシと結婚しなさい。いいえ結婚した」


 マッドンナは演じていた。


「このワタクシはソックスシンボル。ロスアンレッグスの希望であって、オスとメスの新たな社会に君臨するための特殊な美脚を持ち得たクイーン! もっと強く、もっと美しく、もっと結婚しく! 結婚しく? 結婚した! そして子を成すの! このワタクシが成す子とは、全ての迷える雄羊と雌羊のことであらせられますでしょうね?」

「クイーン、働きすぎだよ。大事なカリスマだとはいえ、もう少し休んだほうが……」

「マリッジブルー中です話しかけないで!! たとえこのワタクシの脚が千切れようとも、為すべき大役は果たして見せますわよ老師オールド・プリースト!」


 マッドンナはいつから狂気マッドに包まれていたのか。高まりゆく脚の美しさと引き換えにしたのか、それとも最初からだったのか?

 色々なことがありすぎて、もう思い出せもしない。権力と武力の象徴たる白と黒のガーターストッキングの美脚で、粛清だって行った。切って捨てねば進めぬ未来もあったのだ。

 それを傍らでサポートし、終末以前の『ストテクロスト・テクノロジー』を伝え、この街を栄えさせたショーター・キッド。

 今思えば、どうしてだろう。キッドは自らが知る、脚を使ったブドーやジュードーの戦闘技術を、クイーンには伝えようと……しなかった。


「こうなる時を恐れて、全ての力を彼女に伝えるのを、ボクは無意識に避けたのか……? 次の世代が育つのを、待っていたってのか……?」


 何かに思い至ったキッド。白脚を輝かせて『脚光』放ち、夜の遊園地の何処いずこかに閃光とともに消えた。


 かくして深夜。悩めるキッドの情報をいぶかしりながらも、ウェディングチャペルに向かっていたのは、女二人に男一人。先程ミラーハウスを立ち去った、ナンシーに礼賛にトゥエンティーフォーである。

 『スキニー・ランド』に作られたおとぎ話のお城の中に、このチャペルは確かに存在した。

 灯りは点っていない。人の気配はない。

 しかしバージンロードの真ん中に布団を敷いて寝ているブロンド女が一人いる。クレイジーサイコクイーン、その人である。


「オーマイガ……。キッドのガセくさい情報が本当だったのも驚いたけど、あのソックスシンボル、なんであんなところで寝てるんだろ……? いつでも結婚するため……?」

「どうするのナンシー。あなた本当に、クイーンの暗殺なんてするの?」

「イエス。決意は曲げないわ。どうにもこの銃はいざってときにアテにならないし、脚で踏み抜いて殺してやる」

「老師の話が本当なら……クイーンを倒しても状況は良くなりそうにないわ。いいえ、悪化する可能性のほうが高いかも……」


 冷静に説き伏せる礼賛の言葉に対してなのか、それとも独り言なのか。

 バンシー・ナンシー、ぶつぶつと述べる。


「一人目の男はね、行きずりだった。二人目はとびっきりのタフガイよ。三人目は臆病者のクズ。四人目はだいぶ年上だったわ。あたしに銃を教えてくれたのも彼で、五人目のハンサムに殺された。その後も、その後も、何人も、何人も、全員……こんなきらびやかな都会じゃない。メシも水もろくにないクソ荒野で死んだのよ」


 闇にまぎれてバージンロードを忍び寄り、ナンシーは迷うことなく当初の目的を果たしに行った。

 眠れるクイーンに無慈悲に振り下ろされる、ナマ脚の刃。シーツの下の胴体をグサリと捉え、苦悶の表情に包まれるクイーン。


「んがっ……!! あ、かはっ、あっ……!! あ、あなっ、たっ……?」

「あたしの愛した男たちはこの世界で生き残れず、みんな死んだ! とうに涙も枯れ果てたわ! 知識を独り占めして贅沢暮らしを送ってる、あんたのおかげでね、クイーン!!」

「かっ、けかっ……! あっ!」

「何だよ遺言か? 特別にあたしが聞いてやってもいいぞ、アーハー!?」

「結婚して下さい」


 血反吐を吐きつつニコリとクイーンが言い放ったその時、チャペルのステンドグラスを突き破って、蜘蛛のような無数の脚が飛び込んできた。


「ナンシー!!」


 襲いかかる多脚のバケモノの襲撃から救おうと、跳びかかったのは二人。

 その一人、トゥエンティーフォーは脚のバケモノのタイツ斬撃で、右腕を肩から持って行かれてしまった。守られた側であるナンシーのヒールガンすら、一丁吹き飛ばされてクルクル回って遠くへと。

 そしてもう一人。同じく身を挺してナンシーをかばおうとした歯牙礼賛は、背後から美脚に胸部を貫かれ、串刺しとなった。

 致命傷にみるみる顔を青くする、黒タイツ履きかけ研究者。


「ファーーーーーッック!!」


 自分を守って犠牲となった礼賛を救うため、ナンシーは渾身の一発を撃ち放った。

 手元に残った一丁のハイヒール銃を両手で握って、怒りを込めて引き金を引く。ひときわの煙を上げて放たれた弾丸。

 しかしこの一発を、礼賛を盾にすることで多脚の化け物は防いだ。ここまで苦楽をともにしてきた相棒の顔面が撃ちぬかれ、眼鏡にビシっと亀裂が走る。

 次回、剣脚ショウダウン!

 シックス・ストッキング・サムライ、フォーエヴァー。

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