第9話 白タイツショタジジイコスプレイヤー老師の葛藤 1
バンシー・ナンシーと
どこまで顔を背けても視線と唇が絡みあう、幾つもの顔と顔と顔。鏡面に多重に映し出された、二人の女の面の交わり。
「お目覚めかなー。男の方はさっきのフェロモン薬のせいで、まだ倒れてるみたいだけど。ここはね、ミラーハウスだよ」
響いた声はショーター・キッドの、ボーイソプラノだ。ショートパンツに白タイツの伸びやかな脚を、これまた鏡面に映していくつも増幅している。
が、見えているのは脚だけだ。
「この、腰巾着……。あたしたちをどうするつもりだ! スクープとしてクイーンに売りさばくのか?」
「落ち着いてナンシー! わたし見たのよ、キッドがあなたの傷を癒やしてくれていたことを。お腹の怪我、治ってるでしょ?」
「アーハー……ほんとだ。何これあのガキ。キモッ」
「子供じゃない、のかもしれないのよ……。この癒やしの力、もしかして古の知識を受け継ぐカタナ・マスターは、あなた?
「……そんなふうに呼ばれた時代もあったね。長らくこの姿でいたから、忘れかけていたよ。ボクの白タイツの神がかり的な治癒の力も、今ではどこかに消えちゃって……そんな生傷程度ならふさげても、致命傷はどうすることも出来ない体たらくさ」
そう言うとショーター・キッドは、白タイツ脚に幾つものトップスバリエーションを加えて、報道少年の仮面を脱ぎ捨てる。
鏡に写る白タイツナース、白タイツ巫女、白タイツ甘ロリ、白タイツ幼女、白タイツ道着……。
「オスどもの欲求のはけ口を兼ねて、労働者の代表としてクイーンのそばにいるには、男の姿のほうが都合が良かったんでね。ボクは男のふりをしてるけど、本当は女の子。さっきの男の娘とは逆だね。歪んだ性の時代が産んだ真逆の立場、皮肉なもんさ……」
「えっ、でも、
「うるさい。殺すお」
舌っ足らずの言葉とともに、殺意を持ってにゅっと伸びてきた白脚を、ナンシーは右手のヒールガンで迎撃。しかしこれは鏡に写ったフェイクだ。
本当の白脚の方をナマ脚で蹴っ飛ばすも、こっちも鏡に写ったフェイクだ。
真の白脚は礼賛の顔面に迫っていた。左手を伸ばして礼賛の脱ぎかけタイツ脚を引っ張りあげて切り返し、なんとかキッドの斬撃を受け止めるナンシー。
「アハハ! 見事なコンビプレー。実力は申し分なさそうだね? ナンシーに、礼賛」
「何笑ってんのよ! 正体を表わせ! シット!」
「正体を表すっていうのは、ボクには難しいことなんだ。ボクは知識を継承する傍観者。後継者を育てていくのが、役目なんでね」
「あ、あのっ、
「キミは……だいぶまっすぐに、そしてだいぶ頼りなく育ったんだね。歯牙礼賛……。失敗したクイーンとは大違いだ」
「アーハー? 失敗したクイーン??」
問いかけながらも闘う意志を貫くナンシーは、今度は最初から鏡を狙ってヒールガンを左右撃ち分け、写り込んだ白脚をひとつずつ消していく。
消去法で残った一本の脚を、大上段から振りかぶったナマ脚美脚で一刀両断。天地を分かつほどの凄絶さで放たれた踵落としは、しかし白タイツの
「オーマイガ! 何よこいつ、ブドー・マスターでもあるワケ!?」
「白タイツ真剣
戦いを一旦終えて、本格的な話に移ろうとするキッド。しかしナンシーは納得せず、しつこく銃と脚を繰り出し、食って掛かった。
これを
「美脚にぴったりとしたものを履くと得られる力。これに漠然と気づいて目を奪われていた者は、昔から少なからずいたんだ。“あれは魅力的すぎる、何かおかしいんじゃないか”、ってね。しかしそれが本当に武力を持ち、エネルギーとして転化できると解明されてからは……世界のありようは大いに変わったよ」
「いわゆる『
「今ではそう呼ばれているね。だがその『
「それを危惧して、わたしは
キッドと礼賛が話しあう中、ナンシーはしつこく攻撃を繰り返している。ビキニで巨乳で美脚なので絵的には映えるが、大事な話の途中なので、ぶっちゃけ少し邪魔であった。
「礼賛はそうした過去の知識を追いすぎたせいで、危険因子として注目されて、シェルターから引っ張り出されたところがあるね」
「わっ、わたしがですか?? 老師??」
「今の時代、重要な知識はボクとクイーンの一括管理にしていたんだ。何故なら『
「ガッデム!! そうやって知識を独り占めして、あんたとクイーンでお山の大将気取ってたのね?」
怒りのナンシー、銃撃弾幕からの回転蹴りをかました。
キッドはすさまじい速度の白タイツ脚で銃弾をキンキンと跳ね返し、ナマ脚も正面から受け止めて、
「そうでもしなければ、今この『ロスアンレッグス』にいる連中すら救えないほどに、世界は荒廃していたんだ……! 美脚が力を持ちそうな女を見つけ次第に結婚して隠蔽し、クイーンの美脚一本のみが特別な美しさだと思わせ、男たちに一抹の希望を与えた。カリスマが牽引し、この街がかろうじて活動しているからこそ、辺境ぐらしのキミにも物資が届いたんだよ、ナンシー」
「でも結局、破綻してる!! これが正しい社会だと思ってんの、あんたは??」
「……思えないよ。クイーンは……ソックスシンボルを望んだクイーンは、勝ち得た権力のせいか責務のせいか、おかしくなってしまった。だからボクは極秘情報をリークして、キミらをここに呼んでみたんだ」
「アーハー? 誰があんたに呼ばれたってんだ、マセガキ!」
「『反撃の狼煙、昇りゆく太陽。これより六日目の昼に、偉大なる母の胎内にそのカタナは宿る』。あれは、知識を受け継ぐ者――礼賛がサーカスで売りに出されるって聞いて、ボクが世間に流したネタなんだ」
「ジーザス……! あんたが仕組んだ予言なの……?」
「そうだよ。そして予言につられて、本当にロスに現れたんだ。救世主になるかもしれない、キミたち二人がね」
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