SAY YES

 「Mr.Perfect」 ジョーゼフ=アロンゾの呟いた言葉で、今までの空気が一変しました。彼が耳にセットしたヘッドセットが、まるで何かのスイッチでもあるかの様です。

 無言のまま彼は、直仁すぐひと様に向けて右手人差し指を弾きました。

 何かを察したのであろう直仁様が即座に防御シールドを展開した直後、彼の周囲に巨大な炎の渦が巻き起こり直仁様を完全に呑み込みました!


「ぐっ……うぅ……っ!」


 それを防ぎきった直仁様も流石ですが、先程とは違い決して余裕を持っての物ではなかった様です!

 つまり何らかの理由で、ジョーゼフの 「異能力」 は格段にその強さが増していると言う事でしょう!

 考えられるのはやはり、彼が直前に耳へと装着したヘッドセットなのですが……。「異能者」 は強い力を持つほど、やはり強力な 「制約」 を受けます。それは大抵、自身の苦手としている物や嫌悪しておる物を装備したり行使する事が多い様です。

 では彼のヘッドセットには、一体どんな制約があると言うのでしょう?


「……途端に人が変わったようだな、ジョー? そのヘッドセットに秘密があるのか?」


 炎の攻撃を耐えきった直仁様が、ニヤリと笑みを浮かべて彼に問いかけました。

しかしその表情に余裕は伺えません。

 

「そ……!……っ!」


 直仁様の問いかけにジョーゼフは何かを答えようとしましたが、慌てて口をつぐみました。


「……なんだ……。さっきの言葉通り、お喋りもおしまいか……つまらない奴だな」


 直仁様は特に挑発した訳でも、けなした訳でもありません。その言葉は先程までなら互いに言い合っていた様な、とても普通の感想でしかありませんでした。

 しかしその言葉を受けたジョーゼフは、途端に目の色を変えて襲ってきました。急速に接近する彼の動きは、先程よりも格段に上がっています! やはり能力全般が著しく向上しているのに間違いないようです!


「なんだっ!? 拳で語れってかっ!」


 直仁様も彼の接近に迎撃態勢で応じます。そして先程よりも激しい、白と黒二つの影による凄まじい旋風が巻き起こりました!

 攻守の様子は先程と同じ様ですが、その役割は交代しています! ジョーゼフが一方的に攻め、直仁様は防戦一方に立たされているのです!


「グハッ!」


 直仁様の防御を突き破り、今度はジョーゼフの拳がクリーンヒットしました! 直仁様の体がまるで軽いボールの様に遥か後方へと吹き飛ばされて、やはり壁に激突しました! 直後、激しく立ち昇る砂煙の中から無数の火炎球が現れ、一直線にジョーゼフの方向へと撃ち出されます! 狙い違わず全て彼に着弾した火球弾は、そのまま巨大な火柱となって天井を突き破り多くの瓦礫をジョーゼフへと降らせました! ボックが見落としてなければ、それは全て彼の頭上へと降り注いだはずです!

 粉塵が収まり、その中から直仁様の姿が現れました。どうやらダメージは殆ど無いようです。


 ―――しかし!


 一方のジョーゼフも、先程と立ち位置を全く変えていません! 直仁様の攻撃を受けても彼は全くの無傷でした! 互角……とは言い難い結果です。


「そのヘッドセット……突然の無口……そしてその “気” の揺らぎ……上手く隠されてハッキリしないが、盗み見たお前の思考を考えると……お前の制約は 『抑圧』 か?」


 ―――ギリッ!


 ジョーゼフの口から歯軋りの様な音が漏れ出しました。それを見計らった様に直仁様の右手が彼の方へと向けられ、途端にジョーゼフの体を巨大な竜巻が呑み込みます!

 しかし今度は、即座にその風塵が縦に引き裂かれました! それだけに留まらず、竜巻を縦一文字に割裂した巨大な大気の刃が真っ直ぐに直仁様を襲いました!


 ―――ザンッ!


「グワッ!」


 カウンター気味に攻撃を受けた直仁様はその攻撃を防御しましたが完全に防ぎきる事が出来ず、防御シールドを突破した一撃が直仁様の右肩に深い斬り筋を残しました! 吹き出る出血に純白のドレスが紅く染まります! しかし一方のジョーゼフも全くの無傷という訳では無く、先程の攻撃を受けて全身に切り傷を作り所々で赤い斑点を作り出していました。


「……やっぱりか……お前の能力は 『抑圧』 される事で強くなるタイプみたいだな……。物欲、性欲、食欲、睡眠欲等を抑え付ける事で強くなる能力だが……更に聴覚、触覚、嗅覚なんかの五感に携わる欲すら封じ込めて、更に能力を底上げしたのか……流石に視覚や味覚、知覚等は封じ込められない様だが……」


 彼の内面に働く欲望を 「抑え付ける」 事で、彼は能力を向上させるタイプの様です。しかし自身の意志で抑えつけるには流石にムラが出てしまいます。そこで 「聞きたい」 「話したい」 「触れてみたい」 と言った欲望まで、彼の全身を覆う装備を使い抑え込んだのです。

 

「……ったく……恐らくは欲望に塗れて、欲望が人一倍多いお前には難儀な 『制約』 だな……」


 同情気味に呟いた直仁様の言葉に、ジョーゼフからの返答はありません。元来喋り好きなのでしょう彼は 「異能力」 を上げる為に話す事を 「抑圧」 しているのです。

 

「しかし確かに、それがお前の全力だろうな……なら、俺のも見せてやるか……」


 そう言って直仁様は左手の手袋を取り、スッと右肩の傷口に触れました。人差指と中指に鮮血が滴ります。

 その途端! 右肩の傷が綺麗に消えました! それどころかドレスに付着していた鮮血も消え去り、ドレスに美しい聖白が戻ったのです! 今の直仁様には治癒の能力も可能なのです!


「……ッ!?」


 驚きに目を見張るジョーゼフを尻目に、直仁様は指先にだけ残った鮮血をスーッと唇に引きました!

 

 ―――それはまるで、赤い紅をした妖艶な花嫁の誕生した瞬間でした。


 ―――今までの直仁様に唯一欠けていた、何か。


 ―――それは、全身を 「白」 で統一した花嫁が、唯一 「紅」 を注す真っ赤な口紅だったのです!


 口唇の右端から左端へ指がなぞり終えた途端! かつてない力が直仁様を包みました! その力は直接目にしなくても、十分彼から感じる取る事の出来る物です! 事実、ジョーゼフの様子を唯一伺う事の出来るその目は、抑える事も忘れて驚愕に震えています! 何よりも戦く彼の雰囲気が物語っていました!

 




「……えっ!? 口紅……ですかの?」


 クロー魔の種明かしが余りに意外だったので、マリーは素っ頓狂な声を上げて答えてしまいました。その言葉には 「たったそれだけ?」 と言う疑問も含まれています。


Yesイェース! 純白に身を包んだ花嫁がー、唯一 『紅』 を注すのが口紅なのよー」


 しかしマリーの疑念に彼女は気分を害する事も無く、まるで夢見る乙女の様な表情で答えました。


「想像してみなよー。美しい白で着飾った花嫁が唯一紅を注す事で、表情が一際映えるんだよー? No more beautyこれ以上ない美しさだと思わないー!?」


 ズズイと詰め寄る興奮気味のクロー魔に、マリーは 「はぁ……」 と答えながらやや引き気味に愛想笑いを浮かべました。


「マリーはまだ若いからねー……カラフルなウェディングドレスを想像しちゃうのかなー?」


 彼女と然程年齢の違わないクロー魔にそう言われてもマリーにはあまり実感の湧かなかった様でしたが、その表情には確かに納得出来る物が想像出来ている様でした。





 ―――ユラリ……。


 直仁様の姿が、空間に滲む薄く儚い画像の様になりました。全体が白の映像には、一点の紅だけが妙に映えています。


 ―――ドンッ!


「グハッ!?」


 その直後、十数メートルは離れた位置に居たジョーゼフが、突如苦痛の声を上げると共に凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされました! 直仁様の掌底が彼の胸を捉えたのです!

 滲んだ画像は空間に取り残された直仁様の残像! その姿を目で追う事も許さない直仁様の動きは、その場に立体映像ホログラフィーを作りだす程なのです!

 そして直仁様に攻撃を加えた様な姿勢は感じられません! ただ軽く掌で押した、その様にしか見えませんでした! ただそれだけにも拘らず、ジョーゼフの体はその場に留まる事を許されなかったのです!

 吹き飛ばされたジョーゼフですが、今度は壁に激突する様な事にはなりませんでした!


 ―――ドガガガッ!


 何故ならば床から無数の石で出来た突起が出現し、高速で宙を舞うジョーゼフの体を突き上げたのです!

 悲鳴を上げる間もなく、彼の体は何階層もの天井を突き破り廃ビルの上空にまで達していました!

 宙を舞うジョーゼフの体が頂点へと達した瞬間、空を舞う彼の左頬にソッと手が添えられました。シルクの滑らかな肌割りから感じる冷たい感触に薄っすらと目を開いた彼が見た物は、妖艶に微笑むPure white bride純白の花嫁の姿でした!

 美しい真紅の口唇が更に吊り上がった瞬間、ジョーゼフの体から巨大な放電流が発生しました!


「ギャア―――――ッ!」


 断末魔の悲鳴を発し、体中から無数の黒煙を引きながら、ジョーゼフは廃ビル屋上へと落下して行きました。






「……一つ確認しておきたいんだが」


 体をピクリとも動かせないジョーゼフ=アロンゾを眼下に、直仁様が静かに語り出しました。どうやら彼の命を奪う事まではしなかった様です。体を動かす事が出来ないジョーゼフは、眼を開いて彼の問いを聞いています。


「お前の依頼主は 『典範てんぱん』 を気に掛けているのか?」


「……その……ようだ……」


「……そうか……」


 たったそれだけの会話しか交わしませんでしたが、直仁様はそれ以上彼に追求する事も無く、ジョーゼフの体が作った縦穴に身を投げました。


「……Ceci, le diableこの、悪魔め……」


 遠ざかる直仁様の気配を感じながら、ジョーゼフはそれだけを呟きました。





 大きく突き抜けた縦穴から、一階フロアーに純白の天使が舞い降ります。

 ユックリと、そしてフワリと地面に足を付けるその様は、本当に清純な天女か荘厳な大天使の様相です。


「スグー、終わったのー?」


「直仁っ! 大丈夫なのかのー!?」


 二人の女性が直仁様の元へと駆け寄り、言葉は違えど声を掛けてきました。


「……ああ、終わった」


 真っ赤な唇が柔らかく動き、直仁様は優しく微笑んでそう答えました。


「ただ、マリー。君の護衛と言う意味では、当分終われそうにないけどな」


「えっ……? それはどういう事なのですかのー?」


 直仁様はマリーに、「典範」 について説明しました。

 「典範」 とは王族皇族が規範とすべき事柄を記した物です。特に絶対君主制をいている国家の場合、無制限に近い国王の権力を一部でも制限する為に用いられるのです。

 「典範」 には規約等は書かれておらず、単純に過去の王達が行った事例が記述されており、それが以後の王にも順守されるべき事柄となっているのです。


「……十数代前の女帝が、国を出奔した後に戻り王座に就いた事例がある。その女王は王位継承権を放棄していなかったのだが、君を擁立しようとする者や、君の台頭を恐れる派閥からしてみれば曲解され兼ねない事例ではある。それを恐れたんだろうな」


「……むむー……そんな物があるなんて、全く知りませぬでしたー……」


「だから当分は、俺が君を守る……いいな?」


「でもっ! それではあなたが……」


「マリー。ここは 『Yesハイ』 とだけ言っておけば良いんだ。お前がそう望まないと、俺は動けないからな」


「……直仁……。……ハ……ハイ……」


Wait a minuteちょーっと待って! お二人さんっ!」


 直仁様とマリーの話が彼女の一声で纏まりかけたその時、マリーが言葉を言い切る前にクロー魔が言葉を被せてきました。

 

「スーグー? あんた、私とのを忘れてないでしょうねー?」


 直仁様とマリーの間に割って入ったクロー魔が、下からめ上げる様に彼を見ました。その雰囲気に直仁様は気圧されて数歩後退ります。


「あ……ああ、覚えてるさ。報酬はいくら払えば良いんだ?」


「……Everything about youあなたの全てよ、スグー? Can you understandおわかりかしら?」


 後退する直仁様へと更に詰め寄り、超至近距離でクロー魔はそう言い放ちました。流石にその意味が理解出来ない直仁様は、後退する事を止めて疑問を顔に浮かべました。


「……全部……って、全財産……か? まぁ、それなら仕方が……」


「それも含めてー、全部って事よ、スグー? あんたの全ては私の物って事なのー」


 楽しそうに、意地の悪そうな笑みを浮かべたクロー魔は、クルリと彼に背を向けました。その視線の先にマリーが捉えられます。マリーは顔を真っ赤にして、ワナワナと震えていました。


「ダメッ! NOッ! 却下でするーっ! そんな事、許される事ではありませぬからーっ!」


 そしてクロー魔に詰め寄り猛抗議を始めました! しかし当のクロー魔は、そんな彼女の抗議等どこ吹く風で明後日の方向を向いています。


「そうは言ってもねー……これは 『あたしとスグ』 の問題だからー……」


 そして更にマリーを煽る様な言葉を投げ掛けます。


「か、彼は私の、ボ、ボディーガードなんだからっ! そんな契約は認めませぬからーっ!」


 直仁様の目の前では、二人の女性が激しい攻防を始めました! そんな彼女達を、思案に更けた表情で見つめていた彼が何かに思い当たり、それでも首を傾げながらクロー魔に問い掛けました。


「……なぁ、クロー魔? 全部って、このドレスもって事か? それなら後で……まっ、まさか下着もとか言わないよな!?」


「「ちっがーうっ!」」


 直仁様の頓珍漢な問いかけに、二人の少女は息の合った言葉を返しました。



 一つの事件が終わりを見ましたが、どうやら新たな難問が発生したようです。



                                  了


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これは女装では無い!女装備だ! 綾部 響 @Kyousan

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