お前は確かに……

 夜の闇は完全に周囲を包み込んでいますが、天空に掲げられた月の光がその横暴を赦すまいと、廃ビルの壊れた窓から闇を引き裂く幾筋もの白光を突き刺さしています。

 しかし宵闇にあっては白刃の如き月灯りも、圧倒的な暗黒を払拭する事など到底出来ません。

 射し込む月明かりは、辛うじて室内の形状を浮かび上がらせる程度でした。


 しかしその深き闇を引き裂く “白” が、今この場に出現したのです!


 直仁様が纏っていた黒のコートを脱ぎ捨てると、そこには純白のウェディング・ドレスが現れました!

 闇の中で尚白いその衣装そうびは、正しくクイーン・オブ・女装備レディース

 全ての女性が憧れる、女装の中の女装なのです!


渡会ワタライ……その……格好は……」


 流石の 「Mr.Perfect」 ジョーゼフ・アロンゾも、直仁様の装備に言葉を無くしたようです!


「……すっ……すげー格好だな、おいっ! うははっ……うははははっ!」


 ……まぁ、ですけど……。


「……くっ……」


 そして直仁様も、彼の笑い声に反論出来ないでいます。それも無理からぬ事でしょう。マリー等は、先程の感動的なまでにシリアスだった状況とのギャップに半ば放心状態です。


 しかしこの格好が意味する所は、単なるウケ狙い等では到底ありません! 先程も言った通り、この格好は 「最強の女装備」 なのですから!

 胸元の大きく開いたドレスはきらびやかな宝石をふんだんに散りばめられ、決め細やかに美しい刺繍を彩っています! コルセットで可能な限りの絞り込んだウエストラインは美しく、まるで一国の女王です!

 意匠の凝らしたレースのスカートは、あえてミニスカートの様に膝上10cm丈となっています。ロングスカートでは動きに支障を来すと言う判断からですが、引き締まった直仁様の脚ならば何ら違和感はありません!

 露になった太腿を、やはり細かい模様が凝らされているロングレギンスが隠しています。そして脹脛ふくらはぎ辺りから爪先にかけては、白いロングブーツが決まっています! 指先から二の腕にかけて、やはりレースの手袋がすっぽりと覆い清楚さを滲ませていました。

 髪はあえて黒のロングヘアーを用意。しかしその髪を結い上げて、綺麗に纏めています! 黒髪に煌めく幾つかのアクセサリーが、漆黒の夜空に輝く星のようです!

 尚、今回のコーディネートはあのクロー魔です。直仁様にこの衣装そうびを着せていた彼女の嬉々とした表情は、当分忘れる事は出来ないですね。

 しかし……何でしょう? ここまで完璧に決めていると言うのに何処か、何かが物足りない気がします。


 ボックが僅かばかりの違和感に首を捻っていると、目の前では戦闘が始まりました!

 仕掛けたのは直仁様です! ジョーは彼の姿を見て、完全に油断しているようでした!

 スッと優雅に持ち上げた右手から力が迸りジョー直撃しました! 不意の、想像以上に強力な攻撃を受けた彼は、まるでピンポン玉の様に後方へと弾かれたのです!

 隣に立っていたマリーには何が起こったのか解らないようで、キョトンとした表情をしています。

 そのマリーに直仁様はすぐに近付き、彼女の無事を確保しました。


「クロー魔! そこにいるな? マリーを頼む!」


 直仁様が呼び掛けた暗闇の一つからスーッと人型が浮かび上がり、何時からいたのかクロー魔が現れました。


「スグにその恰好そうびをさせている時も、今こうして見ていたのも楽しかったけど……その能力ちからだけは空恐ろしいわねー」


 小さく溜息をつきながらクロー魔が歩み寄ってきます。「異能力」 とは関係なく高い身体能力を誇るクロー魔は気配を消すのでさえお手の物ですが、直仁様はそれをいともアッサリと見破ってしまったのです。

 彼女の問い掛けには浮かべた笑みを答えとし、直仁様は即座にジョーを追いました。まるで突風が走り去るような動きに、クロー魔も 「Wow!」 と感嘆の声をあげて見送りました。


「……あの衣装そうびは……クロー魔さんが……?」


 すでに見えなくなった直仁様の向かった方へ目をやりながら、マリーは呟くように問いました。


Yesイェース! 中々のもんでしょ?」


「はい。バッチリなんですが……何か……物足りない様な……?」


 マリーは小首を傾げて、違和感の正体を探っていました。


That's lightそのとおり! さっすが、スグが認める娘だけはあるねー」


 クロー魔は微妙に隠された違和感を指摘された事が楽しいとでも言うように、その種明かしをマリーに打ち明けました。




 暗闇の中では本来、人間は十分に動く事が出来ません。五感が野性動物よりも遥かに退化した事により、視覚に頼った動きしか出来ないからです。

 しかし今ボックの目の前では、その常識を覆した二人の人間が信じられない動きで交錯し肉弾戦を演じていました!

 「異能力」 とは何も、魔法や超能力のように離れた相手を不可思議な力で攻撃出来るだけではありません。身体能力を意図的に上げることも可能なのです。

 しかし目の前の二人は、その認識をも上回る動きで戦っていました!


「そんな格好でそれだけの動きを見せるなんて……Monsieurムシュー渡会、お前はやっぱり 『pervertir変態』 か?」


「へんっ……!? 俺は何も、好きでこんな女装備かっこうをしてる訳じゃないっ!」


「ならば手を引けば良いっ! そして足を洗えば良いっ! そうすれば……」


「ほんっとうに、良く喋る奴だ……なっ!」


 ―――バキッ!


 直仁様の攻撃がクリーンヒットしました! 先程からの攻防は、終始直仁様が優勢でした。どうやら奴の動きを上回っているようです。

 彼の攻撃をモロに受けたジョーは大きく吹き飛び、遥か後方の壁面へ激突しモウモウと砂煙を上げています。しかし直仁様には未だに緊張を解く様子がありません。戦いはまだ続く様です。

 それを証明するように沸き起こった粉塵が割れ、高速で飛来する鎌鼬が直仁様を襲いました!

 しかし驚きの表情すら浮かべなかった直仁様は、地面と水平に掲げた右手一本でその攻撃をいとも容易く受け止めました! いえ、ボックにはそう見えたのです!

 直仁様が右手前方に展開した防御シールドは、急襲した風の刃を受け止めて霧散たらしめたのです!


「強いなー……強い。こりゃー、マジでやらないと、俺の方が死んじまうなー……」


「だったら無駄口は止めるんだな。少しは必死になれば……」


「そうだなー……無駄口……止めるか……」


 その途端、ジョーの纏う空気が異質な物へと変貌を遂げました。自然、直仁様の構えにも力が籠ります!


Monsieurムシュー渡会……お前は確かに強い……俺が出会った中で最高だ。だから俺も、全力を出させて貰うっ!」


 そう告げたジョーは、ゆっくりと首に掛けていた狙撃手用ヘッドセットを耳に装着しました。そして今までの奴からは想像もつかない程冷たく、重く、小さな声で呟きました。


「これでお前との 『conversation会話』 も、お前との戦いも……終わりだっ!」

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