何度でも言ってやる


「スグー? あたしはあんた達を狙う様な依頼は受けないと言ったけど、あんた達を助けるなんて一言も言わなかったと思うけどー?」


 真夜中に、反論も許されず、強引に呼び出されればどんな人でも機嫌は悪くなります。それがライバルである相手からなら尚更でしょう。


「……グッ……」


 彼女は手も付けられない程凄まじい剣幕で抗議した……という訳ではありません。確かに不満を含んだ口調ですが、ボックが聞く限りではそれ程怒っている様には思えません。

 でもそれは、あくまでも彼女の言葉がボックに向けられていないから。

 彼女に真正面から呆れた様な不機嫌さを纏った表情が向けられれば、今の直仁様の様にたじろいでしまうかもしれません。

 押され気味の直仁様に彼女はズイッと顔を寄せて、まるで妖艶な悪魔が取引を持ち掛ける様に囁きかけます。


「それにスーグー? あたしってばー……すっごく高いんだけど……解ってるのー?」


 レイチェル=スタン=クロー魔はまるで直仁様にキスでもするが如く、その愛らしい瞳に妖しい光を湛え潤んだ口唇を持ち上げてそう告げました。

 

「……ああ、解ってる。それでもお前の力が必要なんだ。報酬は言い値で払うし、足りなければ支払う」


 それでも直仁様は確りと彼女の目を見つめて、胸を張ってそう言い切りました。それがマリーの為なのか、それとも仕事に対する矜持プライドからなのかは解りませんが……。


 ―――直仁様は解っているのでしょうか? 先程の “言葉の意味” を……。


 現に、当のクロー魔は彼の言葉を受けて、動揺し顔を真っ赤に紅潮させて数歩後退りました。

 が、どうやらクロー魔も気付いた様です。

 ええ、残念ながら彼はそう言う男なのです……。

 クロー魔には同情を禁じ得ませんが、彼は自分の言葉がどういった意味を含んでいるのかでした。

 小さな溜息をついてクロー魔は諦めた様に笑みを浮かべました。しかしそれは優しい柔らかな笑みとは程遠い、意地悪で悪意のある笑みでした!


OKオーケィ! スグー、その条件で今回は手を貸してあげるわ。それで、あたしに何をさせたいのー?」


 直仁様、気付いてー! 彼女はすっごく悪い事を考えてますよー!

 

 ……マリーが居なければ、ボックの声は届かないんですけどね……。


「相手は 『Mr.Perfect』 だ。そいつにマリーが攫われた。助けに行くから、そのフォローを頼む」


What was thatなんですって!? Are youあなた out of your mind正気なの!? あの男は異名通りの男なのよ!? よっぽどじゃなきゃ、敵対するだけムダな事なのよ!?」


 さしものマリーも敵対する相手が誰かを知って、直仁様に猛反対を仕掛けました。それ程に相手としたくない 「異能者」 なのです! クロー魔の猛抗議に、直仁様は何も答えようとしません。


「あんたにしては、随分とあのマリーベルって娘に入れ込んでるのねー? ひょっとして惚れちゃったとかー?」


 確かに直仁様の行動は、一依頼者に対する物としては無茶で無謀です。ひょっとして……直仁様もついに……。


「……いや? 別に?」


 春が……って……えっ!?


「……えっ!?」


 彼の全く抑揚のない返答にボックは勿論、クロー魔も間の抜けた声を上げました。


「奴に出し抜かれっぱなしってのは、俺の性に合わないだけだ。それにマリーにはまだ、色々と聞きたい事や教えて欲しい事がある。このまま彼女が自由を失うってのに、俺は納得してないだけだ」


 感情を押し殺し、まるで説明する様に直仁様は話しました。当然その表情には照れや羞恥の色は見て取れません。代わりに浮かんでいるのは、どす黒く渦巻く怒気! これも彼には珍しい表情です。

 でも直仁様の本心は兎も角、その感情と言うのがつまりは……。


「……その感情ってのが……なんだけどねー……」


 どうやらクロー魔とボックの意見は先程から一致している様です。


「……あ? クロー魔、何て言った……」


「そ・れ・でー? あんた、あたしに何させたいの? 具体的に決まってるの?」


 直仁様の言葉に被せて問いかけるクロー魔。ボックは理解しているんですが、直仁様は永遠に気付かなそうですね。


「……あ……ああ、現場で俺は、奴と一騎打ちに持ち込みたい。お前は周辺に配置されてる雑魚の処理を頼む」


「……ふーん……でもその程度の仕事なら、あんたの依頼主でも熟せるんじゃないの?」


 当然の疑問です。「Mr.Perfect」 が身を潜めている周辺に自分の部下を潜ませているとしても、そう何人も 「異能者」 を配置できないでしょう。一人か二人、それも然程強力な異能者では無いと推察できます。それならば、元々この話を持ち掛けてきた 「内国安全保障省」 の手配した人員でも十分に排除できるでしょう。


「あいつ等には知られたくない。信用の問題があるからな」


 確かに、彼等にこの事を知られれば、どれ程足元を見られるか解った物ではありません。


「それに、お前じゃないとダメなんだ」


 ―――ああっ! またまた直仁様は考えも無しにそんな事を!


「……な、何よ? あたしじゃなきゃダメな事って……」


 ほら……クロー魔が何か期待してる風な雰囲気になってしまいました。

 しかしそんなクロー魔の微妙な乙女心を間違いなく知らず、クルリと体を反転させた直仁様は 「こっちだ」 とだけ告げ、彼女を置いてツカツカと部屋の奥へ向かいます。

 向かった先は例の 「秘密の部屋」 です。施錠を外しとっとと中へ進んだ彼を、不満顔のクロー魔が追い付きました。


Wowワァオ……!」


 中を見た途端クロー魔は絶句しました。中には有りとあらゆる女性用の衣類、アクセサリー、服飾品が所狭しと、しかし理路整然に置かれていたのです。


「クロー魔、お前に頼みたいと言うのは……こいつだ」


「……ッ!……スグ……これって……」





 可能な限りの情報網を駆使して 「Mr.Perfect」 とマリーの居所を探り当てた直仁様は、クロー魔と共に港近くの廃ビルを臨む場所に居ました。これより先へ進めば、流石に奴が勘づくからです。仕掛けるならば一瞬!


「いくぞ、クロー魔。周りは頼む」


OKオーケィ、スグ。あんたも上手くやりなさいよー」


 その言葉が合図だったように、頭から黒いロングのフード付きコートを纏った直仁様とクロー魔は、互いに別々の方向へと跳び去りました。



「マリーッ! 『Mr.Perfect』ッ! ここに居るのは解ってるっ! 姿を見せろっ!」


 正面から堂々と廃ビル内に入り込み、周囲一体を震わすほど大きな声で直仁様は叫びました!

 すると目の前の闇から、スーッと二つの人影が現れました。奴とマリーです。


「わざわざ追ってくるとは、君も律儀な人間だねー。あ、それと 『Mr.Perfect』 は通称だからねー。俺の名前は 『ジョーゼフ・アロンゾ』 だ。ジョーって気軽に呼んでくれ」


「ほんっと、お喋りな奴だな。それじゃあジョー、彼女を返して、ここは退いてくれないか? 俺も無益な事はしたくないんだ」


「それは無理な相談ってもんでしょー。お互いこの業界に居れば 『Important pour l信要e plus de crédit第一』 だって事は良く解ってるんじゃないかなー?」


 奴の言う通りです。直仁様や奴の依頼人達は高い報酬を支払う反面、失敗には敏感です。「異能者」 には強力な 「異能力」 と同時に、高い 「成功率」 を望みます。


「……そうだな」


 直仁様はそう言って自嘲気味に笑いました。それは何だか、物悲しそうにも見えました。


「マリー、すぐに助ける。そこでじっとしてるんだ」


「……だめだよ……直仁……」


 今度はマリーに声を掛けた直仁様でしたが、彼女から返ってきたのは小さく弱々しい否定の言葉でした。


「……何?」


「……ここに来て、何人かの人が私を狙って来たけど……みんなこの人にころ……殺されてしまったのでする……この人は本当に強くて……恐ろしい人です……こんな人と戦ったら、直仁も……」


 恐らく王子派か利権維持派が送り込んだ、ジョーゼフとは別の刺客でしょう。情報の行き違いと言うのは良くある事なのです。彼女はその彼等が倒される姿を目の当たりにしてしまった様です。


「……私は……直仁が傷付く所も……死んでしまう所も……見たくありませぬーっ! だから……っ!」


「俺が聞きたいのは、そんな言葉がじゃあない」


 彼女の悲痛な叫びを遮って、直仁様は低く重い声で呟きました。


「俺が聞きたいのはマリー、君の意思だ! 本当はどうして欲しいんだ!」


「……でも……でも……」


「本当の気持ちを言え、マリーッ!」


 マリーは押し黙ってしまいました。言って良いものかどうか、決めあぐねている様に見えます。


「何度でも言うぞ、マリーッ! 君の本音を俺に言え! でなければ俺も本気が出せないっ! 君を助ける事が出来ないんだっ!」


 その言葉にマリーが弾けました! 項垂れていた顔を直仁様に向け、涙ながらに大きな声で叫びました!


「助かりたいっ! 助けて、直仁っ!」


 その言葉に、直仁様は広角を吊り上げました!


「良く言った、マリーッ! ジョー、勝負だっ!」


 そう叫んだ直仁様は、同時に羽織っていたマントを脱ぎ捨てました!




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