君との繋がり、消えない様に
大量の箱と袋を抱えた直仁様と、申し訳なさそうにその後を付いて来たマリーが、漸く彼の部屋へと帰って来た時にはすでに日も暮れていました。
マリーの買った物の殆どは直仁様が運んでいました。勿論マリーも持つと言ったのですが、彼は強硬にそれを拒んだのです。もっとも普段から鍛え上げられている彼にしてみれば、衣服の入った箱程度が苦になると言う事等無かったのですが。
「……ふぅー……」
「なんだか申し訳ないのー……」
それでも久しぶりの繁華街で、どちらかと言うと人混みに疲れた直仁様の口からため息が漏れると、マリーが恐縮してそう言いました。
「……ん? ああ……いや、荷物は大した事なかったんだが、疲れたのは人混みにだ」
直仁様の言葉は本音で特にマリーを気にして物では無かったのですが、マリーはそう取らなかった様で少し買い過ぎたかと恐縮している様です。まー……確かに少しばかり買い過ぎの様な気もしますが……。
「ううー……ピノンまで……久しぶりだったから楽しかったのでするー……」
そう言うと更に彼女は小さくなりました。そこまで恐縮しなくても直仁様が本当に嫌となったら、依頼人だろうと保護対象だろうがその場に置いて帰って来るんですけどね。
「ええーっ! それはそれで酷いですのーっ!」
だから気を使う必要はないのです。直仁様も楽しんでいたようですしね。
「マリー、ピノンと会話しているのか?」
マリーは自分の能力とボックの能力を直仁様に話しています。最初は驚いていた直仁様ですが、マリーが居なければ今まで通りとなんら変わらない事に思い至り、ボックに対して態度を変える様な事はしませんでした。
「それよりもマリー、君に話しておかなければいけない事がある。君が狙われる理由についてだが……」
マリーも話していた通り、彼女は自分が狙われる理由を 「王位継承問題」 だけだと思っていた様ですが、実はそれだけでは無いのです。
「君は既に王位継承を辞退している。それならば狙われるのはおかしいと思わないか?」
「……あっ! 本当ですのー!……では何故、私が狙われるのですかのー……?」
まず考えられたのは、次点である第二王子一派が画策したと言う物。例え王位を辞退していると公表していても、それを彼女がいつ翻すか変わらない事を考えれば、早々に亡き者とする方が確実です。
「しかし当分はもう、暗殺者も来ないだろう」
今日だけでも結構な数の暗殺者を無力化し、彼等の攻撃を防ぎ切りました。もう王子一派に打つ手は残されていないでしょう。それに……。
「それに、これから即位までの間は、風評の事を考えれば大人しくしているだろう」
自分の王位を確実とする為に暗殺した……等と言う噂が、例えそれが事実であっても周辺諸国に流れれば体面に影響を与えます。それに彼女を守る直仁様の力も十分知った事でしょう。彼女は王位を辞退しているのですから、後はそれを信じて待つと決める事なのは間違いありません。
「……ただ……」
「……ただ、何なのですかの?」
「……いや、ここから先は俺の考え過ぎだろう」
そう言葉を濁して彼はこの話を終えました。そして彼の考えとは裏腹に、何事も無く数日が経過したのです。
―――護衛6日目。
問題なければ明日にはマリーを解放出来る筈です。明日の正午には戴冠式が催される筈ですから。
今日は大事を取って、直仁様の部屋から出ない様に心がけています。昨日までは連日出歩いていたのです。今日一日部屋の中でも、マリーは文句をいう訳はありません。
「むー……すっごく暇だのー……」
―――言っていました……。
そんなマリーの不平も聞き流して、直仁様は部屋の中でも気を抜かずにこのビル周辺の気配に気を配っています。マリーのコーディネイトが功を奏して、最近ではこの手の能力が随分と気軽に、そして高性能となりました。しかしその作業は今日も無駄になりそうです。
襲われたのは侵入者があった初日の夜と、翌日の買い物に出かけた時だけ。それ以降は直仁様の考え通り、全くと言って良い程マリーを突け狙う
そうしてマリーには退屈極まりない一日が終わりを告げようとしていました。
直仁様が異変を感じたのは、日付が変わろうかと言う深夜! マリーがシャワーを浴びている時でした!
直ちにバスルームへと駆けつけた直仁様は、彼女を羽交い絞めにして手で口を塞いだ、全身を軍隊の迷彩装備と見紛う服装で固めた男の姿を見たのです!
「……貴様……何者……」
「ムーッ! ムムゥーッ!」
直仁様がその男に問い掛け様とした時、顔を真っ赤にしたマリーが唯一自由になる足をバタつかせて抗議しだしました!
彼女はシャワー中に襲われたのでしょうが、当然……全裸です……。
直仁様は仕事とプライベートをしっかり割り切るタイプなので気にしていませんが、彼女にしてみれば異性に全裸を見られているのですからパニック物です。
一向に落ち着きを見せないマリーに、このままでは話が進まないと思った直仁様は謎の侵入者に目配せをします。その意味を解した侵入者も、ユックリと首肯しました。
了承を得て、直仁様はバスローブをマリーの方へと投げやりました。腕を極められているマリーが袖を通す事は出来ませんが、前面を隠す事が出来て彼女も大人しくなったようです。
「……貴様……何者だ?」
ここで漸く、先程の会話を続けることが出来る様になりました。
「初めてお目に掛かるのかなー?
「……っ!……『
「Mr.Perfect」! その名を知らない者は、この業界では存在しません。彼は直仁様やクロー魔と並んで、世界でも指折りの 「異能者」 なのです! そして彼は、直仁様に匹敵する力の持ち主だと聞き及んでいます! それは即ち……。
「初見なのに俺の事、知ってるのかーい!? それは光栄! なら俺の 『異能力』 も知ってるかなー? 今は此処を大人しく通した方が、君にとっての “身の為” ってやつじゃないかなー?」
「……随分と口数の多い奴だな……」
状況の最悪さに悪態をついてしまう直仁様ですが、おおむね彼の言っている通りです。今の状況では直仁様に分が悪すぎます。
マリーは相手の手中にあり、彼は世界有数の 「異能者」。そして今の直仁様は 「異能者」 との戦闘に耐えられるような装備では無いのです!
歯噛みして状況を睨み付ける様な直仁様の心情を察知したのか、タクティカル・ケブラー・マスクの下で 「ミスター・パーフェクト」 が口角を釣り上げた様に感じました。
「素直な事は良い事だぜー、互いにとってな。余計な怪我をしなくて済むってもんだもんなー」
そう言いながら、ユックリと彼は後退を開始しました。その先には小さな小窓があるだけの筈でしたが、今は綺麗に窓枠ごとくり貫かれた様に外されています。その作業すら直仁様に気付かせない手腕は驚異でした。
「……マリーは殺すのか?」
距離を取る男を追う事もせず、その場に立ち尽くしている直仁様は彼にそう尋ねました。
「いやー? 俺は連れ去る様に頼まれただけさー。殺しは含まれてねーなー」
「……と言う事だ、マリー。きっと助けに行くから、それまで大人しく待っててくれ」
怯えと羞恥がない交ぜになった表情のマリーはその瞳に涙を浮かべて、それでもコクコクと直仁様に頷いて返しました。このままマリーとの繋がりが消えてしまう事等ボックやマリーは勿論、直仁様も認めていない様です!
彼女が頷くのを確認した直仁様は、一気に間合いを詰めようとしました! しかし相手の動きが直仁様よりも素早く、一気に窓の外へと逃れられてしまいました……。
それを確認した直仁様は彼を追う訳でも無く、室内へと踵を返しました。今の
室内に戻った直仁様は、すぐに電話を取りコールしました。
「……スマン、俺だ。力を貸して欲しい」
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