朝を迎えて
侵入者撃退から夜が明け、朝が訪れました。
捕縛した侵入者は即座に内国安全保障省に引き渡しました。この部屋で始末すると事後処理が大変だからです。殺す事無く捉える事が出来たと言う点でも、マリーには感謝ですね。
それに今日は殊の外、
昨晩のコーディネートには直仁様もご満悦でした。ここ最近では、いえ、女装を始めてから類を見ない見事な似合いっぷりだったのですから! それに選んだ服装も、男性が着てもおかしくない(女性物ですが)ミリタリーファッションでした。いつも着替え終えてから鏡の前で項垂れている彼とはまるで別人だったのです!
「マリー、君のお蔭で昨夜は思ったよりも随分と穏便に済ませる事が出来たよ。ありがとう」
「いえいえー、あれ位お安い御用ですぞー」
直仁様に驚く程丁寧な謝意を向けられたマリーは、真っ赤にした照れ顔に満面の笑みを浮かべて、突き出した両掌を左右に捻って恐縮しています。
しかし彼女の気持ちはどうあれ、感謝の気持ちを表したいのは直仁様だけでなくボックも同様です! 昨夜の一件で、彼の能力に色々と可能性を見出す事が出来たのですから!
「そこでマリー、お礼という訳じゃないけど、何か欲しい物とか行きたい所は無いか? あるならプレゼントしたいし、出かけるのも良い」
「えー! 出かけても良いのかのー!? てっきり地下に身を潜めて、息を殺した生活を送るのかと思っておりましたぞー」
「だから映画の見過ぎだって……」
今までの直仁様が身に付けていた女装備でも、依頼者の身を一般の暗殺者から守る事は容易い事です。問題は 「異能者」 ですが、襲われた時の事を考えると確かにおいそれと出歩くのは良くありません。しかし世界的に数が少ない 「異能者」 がわざわざ昼日中に襲って来るとは考え難いのです。それに……。
「……ただ、出歩くならマリー、君にコーディネートを頼みたいんだ。昨晩みたいに」
彼女のコーディネートがあれば、簡単な服装でもその組み合わせで能力の底上げが可能です。
「そんな事はお安い御用ですぞー」
彼女の快諾で、マリーを連れて出かける事になりました。
マリーはその年齢相応に、ショッピングを望みました。一流ブティックから、流行りのファッションショップまでが揃うショッピングモールに繰り出し、一軒ずつ覗いて行くマリーの表情はとても楽しそうです。
ここに来るまでの数度、そしてモール内でも2度、遠距離からの狙撃が行われていますが彼女がそれに気づいた素振りはありません。それもその筈マリーは今、一般人には不可視の、直仁様が作り出した防護シールドに守られているのですから。
マリーも 「異能力」 を持つ 「異能者」 ですが、彼女の能力は外側に働く異能ではありません。彼女自身には通常兵器の効果があるのです。
「ほー……これも中々良い物ですのー……」
周囲に自分の命を狙う者があちらこちらに身を潜めている等考えもせず、彼女はショッピングに夢中です。
「何でも好きな物はプレゼントするから、遠慮しなくて良いぞ」
「ほっ……本当ですかのー!? ありがとーでするー!」
直仁様は自身の能力が届く相手を無力化しつつ、届かない者は放っておいてマリーの楽しみに付き合いました。
彼の装備はそれ程気合の入った物ではありません。ウィンドベストに、その下はチェックの襟付きシャツ、デニムパンツに白系統のスニーカー、髪はブラウンのエアリーショートで化粧はナチュラルメイクで済ませていますがワンポイントに赤い縁で大きめのボストングラスを掛けています。
奇をてらった物では無く、一見すると女装とは思えない服装に直仁様は大喜びでしたが、その実髪型とメイク、メガネで女性っぽさを強調させています。
そしてこの装備は女装備を大きくアピールした物では無いので使える 「異能力」 も強力な物ではありませんが、全体的なバランスの良さから使える全ての能力が底上げされていました。これにも彼は大喜びです。
この事が直仁様の財布の紐を緩ませている原因でもあるのですが。
「……!」
こうしている間にもメガネで上がった観察力を以て不審者を探り当て、左手に嵌めている薄緑のネイルで衝撃波を作り出し、溢れる人混みを巧みにかわしながらターゲットに直撃させています。衝撃波を突然、無防備に喰らった暗殺者は、悲鳴を上げる事も無くその場で気を失いました。これ程の事がいとも簡単に熟せてしまうのも、正に今着ている女装備のコーディネートに依る所です。
そして本日も新たな発見がありました。こうして見ると、意外に直仁様には女装が似合っているのです。
今までは見るに堪えない女装備でそんな事を考える余裕すらありませんでしたが、服装、メイク、髪型、アイテム等、確りと適性の物をバランスよく着こなせば、直仁様の童顔も相まって少し体格の良い女性で通る程になるのです。
「そうですのー。意外に似合っている所が驚きですのー」
マリーがボックの横へ来て、独り言を呟いていたボックの言葉に相槌を打ちました。昨夜の一件完遂後、ボックは改めてマリーと話したのです。
「最初に彼を見た時は、如何にもーって感じでしたがのー」
そう言ってマリーはクスクスと笑いました。
「あらー? スグじゃなーい。こんな所で会うなんて、偶然ねー」
突然背後から知った声が掛けられました。この声は忘れようもありません。
「ん? クロー魔か? お前、まだこの国に居たのか?」
声の主はレイチェル=スタン=クロー魔その人でした。あの夜の一件以来、てっきり出国した物とばかり思っていましたが、彼女はまだこの国に居た様です。
「んー……別に次の仕事も入って無かったしねー。それよりスグー、あんた珍しくデートしてるの? あたしの誘いなんて受けてくれた事もないのにー?」
目を半眼にして不平を零したクロー魔は、直仁様からその後ろに立つマリーへと視線をスライドさせました。
「デートかどうか……。彼女は今俺が仕事を請け負ってる保護対象なんだよ」
「マ、マリーベル=シルベン=アレリアと言いまするー。よ、宜しくお願いしますー」
直仁様が事情を説明し、慌ててマリーが自己紹介を済ませました。「ふーん……」 と納得しているとは思えないクロー魔ですが、切り替えが早い所が彼女の良い所です。
「ま、良いわ、あたしはレイチェル=スタン=クロー魔。クロー魔って呼んでねー」
自己紹介しながら握手を求めた彼女の手を、マリーは恐縮しながら取っていました。
「そう言うクロー魔もショッピングか?」
「
そう言って彼女は直仁様にウィンクを一つ送りました。本日のクロー魔は、あの夜とは打って変わった落ち着きのある服装です。新品と見紛う綺麗な色をしたデニム・ジャケットに白の襟付きシャツ、短めの黒いゴアードスカートはそこからスラリと伸びる白く細い足を強調しているかのようです。サンダル等では無く赤茶色のジョドパー・ブーツを履く事で、ラフな格好を足元から引き締めています。幅広のガルボ・ハットを被った彼女のファッションは流石ですが、美しい金髪碧眼の彼女には多少の物なら何でも似合ってしまいそうです。
「それにしてもスグー、随分と素敵な恰好をする様になったわねー。もしかしてー、彼女のお蔭ー?」
ニンマリと笑みを浮かべたクロー魔に、直仁様は顔を赤らめてそっぽを向きました。今までの彼を知ってるクロー魔にしてみれば、今日の直仁様は凄まじく進歩した姿に映った事でしょう。
「ふーん……。じゃーここはスグに免じて、あんたとこの娘を仕留める依頼が来たら断っといてアゲルわ」
「そりゃあ有難い話だが……お前はそれで良いのか?」
本来直仁様とクロー魔は敵同士……という訳ではありませんが、慣れ合う仲でもありません。同じ仕事を共同で請け負った事もありますが、昨夜の様に敵対した事も一度や二度では無いのです。
「そうねー、これは
再び直仁様にウィンクを投げた彼女は、クルリと背中を見せると、ヒラヒラト右手を振りながら去っていきました。
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