この場に二人で

 安全保障省所属の、筋骨隆々SP風黒服エージェントと別れたボック達は、そこで紹介された「マリーベル=シルベン=アレリア王女」、通称「マリー」を伴って直仁すぐひと様の部屋へと戻ってきました。

 今回の任務は彼女の護衛です。「異能者」の能力を考えると意外かもしれませんが、要人警護と言った仕事も割と頻繁にあるのです。今回が特別という訳ではありません。


「ねぇー、ねぇー、なんで喋ってくれないのかのー……つまらぬですぞー……」


 先程ボックの独り言を読み取られて以来、ボックは考えを口に出さない様心掛けています。驚くべき事ですが彼女も「異能者」のようであり、恐らくその能力は「動物の言葉が解る」と言う物でしょう。それ故ボックは、今までの様に考えている事をおいそれと口に出す事は出来ないのです。


「ピノンは喋らねぇんだよ。言葉も教えてないからな」


 隣室で何処かへ電話をしていた直仁様がこちらへとやって来て、しきりにボックへ話しかけているマリーにそう言いました。


「うんー……そう言う意味ではないのですがのー……」


 彼女は少しつまらなそうにそう返答しました。マリーには申し訳ありませんが、当分は様子見として沈黙を守らせていただきます。


「ところで、何処に電話してたの?」


 この部屋に戻って来てすぐ、直仁様は隣室に籠り電話を掛けていました。しかも複数カ所の様です。その行動と今回の仕事内容から導き出される所は一つです。


「ああ、情報収集をな。お前を護衛する事は承諾したが、その理由や状況を知っておかないと、お前を護衛するにも支障をきたすからな」


 そう、直仁様が電話を掛けていた相手は、複数の「情報屋」と呼ばれる人達です。今の時代においても情報は重要視されており、内容によっては高額で取引される物なのです。本来は依頼先が手配して然るべきなのですが、どうも安全保障省の連中はその事を軽んじているのか、もたらされる情報もいい加減な物が多いのです。


「むー……お前は嫌ですぞー。マリーと呼んでくれて構いませぬー」


 唇を尖らせて不平を漏らすマリーは、17歳の見た目通り可愛らしい物でした。


「そうか? じゃあマリー、俺の事も直仁と呼んで構わないぞ」


「えっ!? そうなの!? 『俺は依頼人や依頼対象とは慣れ合わねぇんだ』とか言ったりせぬのですかー?」


「……いや……それ、テレビドラマとかの見過ぎだろ……」


 確かに直仁様は自身に無益な事には無頓着ですが、誰をどう呼ぶか等と言う無益この上ない事で口論する感覚は持ち合わせていません。

 名前で呼び合うのが嫌な人にはそうしますし、逆にそう呼んで欲しいと言う人には自身もそれに併せる事をいといません。 


「それでマリー、ザッと君の事を調べたが、中々ハードな状況に置かれてるみたいだな。ここも安全とは言えないかもしれん」


「まったく、私にはいい迷惑ですぞー。今更、皇位継承権等持ち出されても、当の父上は既にこの世の人ではござりませぬし、母上も巻き込まれてかくまわれておりますしー……」


 この会話から推察するにマリーは何処かの国の要人で、その国の王位後継問題に巻き込まれているといった所でしょう。恐らく何らかの事情で今まで無関係に近かった彼女の継承権が跳ね上がり、対立候補や既得権益を狙う者達から亡き者にされようとしていると言う所でしょうか。


から聞いた話では、昨晩も命を狙われたらしいな。今夜もここにやって来る可能性は高い」


「迷惑をお掛けしまするー。王位継承が第二王子に落ち着けば、私や母上が狙われる事も無くなると思うのですがー……」


 恐らくこの王位継承問題にはタイムリミットがあるのでしょう。それまでマリーが逃げ切れれば、自動的に第二王子なる者が王位を継ぐ事となるのでしょうね。


「それで? いつまでマリー、君を守ればいいんだ?」


「後一週間でするー。それまで何卒、宜しくお願いしますぞー」


 ペコリ、と可愛らしくマリーは頭を下げました。その仕草からは到底王女殿下には見えませんが、だからこそ彼女が王位に興味のない事をうかがえると言う物です。


「……一週間……か。この部屋に二人きりで過ごすには、少し長すぎる……か……」


「ふっ! 二人っきり! ですと―――!?」


 彼女の想像力は殊の外高く、緊張感は殊の外緩んでいる様です。命の危機に瀕していると言うのに、それよりも「二人っきり」と言う言葉に過剰反応しているのですから。まー、この年齢なればこそでしょうか?


「まぁ、安心してくれていいが、俺は依頼対象や依頼者に手を出したりしない」


「……! そうでした! 直仁は確か……ソッチ系の趣味を持っていましたのー」


「ソッ……ソッチ!?」


 どうやら大きく誤解したまま認識されている様です。その後直仁様はマリーに、実に二時間を掛けて誤解を解く為の説明を繰り返していました。






 ―――音も無く、スーッと開きました。


 時刻は、草木も眠る丑三つ時。そしてここは地上101階。窓は付いていますが開いた事は無く、外から気軽に侵入する事等到底出来ません。

 しかし今、その開いた窓からは音も無く一人の人間と思しき者がこの部屋へと侵入してきました。

 一切音も無く侵入を果たし、着地し、動き出します。その所作だけで、この者が相当の手練れだとうかがい知れよう物です。

 

 ―――シュルルッ。


 侵入者が足を一歩進めた時、その足元で何かが擦れる音がして侵入者が動きを止めました。


 ―――シュルルルッ……ギュギュッ!


 その瞬間、侵入者の足元から這い登った白い蛇がその体に巻き付き、瞬く間に侵入者を縛り上げました! 白い蛇と思ったのはロープであり、それを直仁様が操って侵入者を縛り上げたのです。


 ―――スーッ。


 この部屋の隅、月灯りも届かず完全な闇を作っている一角から、音も無く直仁様が歩み出てきました。

 例え部屋の片隅で息を殺していたとしても、何も準備せず一流の暗殺者にその存在を隠し通す事等不可能です。直仁様は勿論「異能力」を使用していました。

 しかし本日のコーディネートは冗談抜きで素晴らしい物です!

 やや厚手で濃い目の色彩を施したアーミーシャツ。その下はカーキ色のTシャツとシンプルです。パンツもシャツと同色のグルカ・ショーツ。この上下セットだけで、既にバッチリと決まっています。太ももまで覆う長いオーバーニーレングスは黒で、妙に艶めかしく映ります。そしてミリタリーシューズで完っ壁です! 手にはレザー調のオープンフィンガーグローブ。ここまで来ればヘアスタイルは無難な物なら殆どに合いますが、今日は黒のセミロングで抑えた様で、頭に被るベレー帽が映えますね!

 メイクも全体的にファンデーションを軽く伸ばしただけの、ナチュラルメイクが基本としてあり、目元に薄くアイライン、口紅も淡い赤色で抑えています。これだけ見れば、本当に軍所属の女性士官に見えます!


「……驚いた……ここまで違う物なんだな……」


 直仁様が驚くのも無理はありません。まさか同一系統でバッチリと揃えた場合、能力に特化性が発揮されるなど思いもよらなかった事です。この部屋の隅に佇む直仁様は、そこに居ると解っていても気を許すと認識出来ない程に気配が断たれていました。侵入者が気付かなくて当然です。

 それに侵入者を拘束したロープも直仁様が操った物ですが、以前の彼ならばそこまで細かい動きをコントロール出来ませんでした。「念動」ならば物を持ち上げて動かしたりぶつけたりする位でしょう。


「マリーに感謝しねぇとな……」


 今回のコーディネートは彼女の助力に依るものです。ひょっとしたら直仁様は、素晴らしい出会いを果たされたのかもしれません。

 

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