何故、恋人と言うフレーズになる?

 ―――ピリリリリリリッ!


 如何に優しい電子音とは言え、鳴り続けていれば騒音と変わりません。

 先程から直仁すぐひと様の電話は、そのコール音を止めようとはしませんでした。


 ―――クロー魔と別れて、数日が経ちました。


 あれから直仁様は、ずっと不機嫌です。

 結局、依頼されたターゲットの抹殺には成功しましたが、「秘密裏に」 とはとても言えた結果ではありません。何よりもそれを実行したのは、ターゲットが依頼した 「異能者」 であるクロー魔だったのです。当の直仁様は彼女の攻撃で気を失ってしまう始末。更にはそのクロー魔に、結果的とは言え助け出されてしまったのです。これでは不機嫌にならずにはいられないでしょう。


 ―――ピリリ……ピッ。


「……ああ、俺だ」


 漸く直仁様は電話を取りました。先程から鳴りやまないコール音を考えれば、放っておいても諦めてくれそうにないと考えたのでしょう。

 電話に出た彼の声は不機嫌である事を隠そうともしない物でした。それだけで電話の相手が誰だか伺えると言う物です。


 ―――内国安全保障省安全保障事務局。


 安全保障と言う言葉をこれでもかと繰り返していますが、いわば秘密警察や治安維持部隊を総括し、国内で不穏分子や問題のある人物を監視し事を管轄としています。

 勿論証拠や確定事項を重視し、国民の支持を得た政治家より選出された首相から任命される大臣がトップを務めており、その活動内容も国内の平定を目的と定められています。

 しかし残念ながら、そうした活動に武力や強硬手段は付き物です。言葉だけで物事が落ち着けば、この様な組織は必要ないでしょう。

 ただこの組織は国民に向けてその手腕を振るうのではなく、主に海外からの入国者に向けられている事が国民の反感を際立った物にしていなかったと言う側面があります。その実行面を担うのが、彼等の組織に属していない 「裏」 の人間。そしてその一番手は 「異能者」 が占めています。

 また、彼等の仕事は 「キナ臭い物」 に限りません。大小様々な問題を他の省庁に先んじて素早く行動する事が出来、災害の場や人命救助にも 「異能者」 に活躍の場が与えられます。

 

「……ああ? 今からか?……それは構わないが……」


 どうやら今から何らかの依頼を請け負うようです。直仁様は彼等の部下ではありませんので、気の乗らない話ならば拒否する事も出来る立場です。


 ―――表面的には、ですが。


 この国に住む 「異能者」 は、彼等内国安全保障省と事を構える様な事はしません。彼等は 「異能者」 達にとって、非常に有益な存在でありでもあるのです。それ故に彼等の立場は直仁様達よりも上であり、直仁様も彼等の話をぞんざいには扱えないのです。


「……なっ! 何でそんな場所に、をして行かなきゃならないんだっ!?」


 話の内容から、彼等は直仁様と外での打ち合わせを希望している様ですが、その条件にを要望している様です。


「……そ、それはそっちが……いや、そうだが……それはっ!……ああ……解った……」


 ―――ピッ。


「ふっっっっっっざけんな―――っ!」


 電話を切った直仁様は、大声と共に受話器をベッドへ投げつけました。信じられない程強く投げつけられた受話器ですが、程よくクッションの聞いたベッドの上で軽やかにバウンドすると、何処かを壊す事も無く着地しました。

 想像するに、どうやら先日請け負った仕事内容の結果に足元を見られ、理不尽な申し出を受けた様です。

 荒い息を吐いていた彼ですが僅かに冷静さを取り戻すと、ブツブツと文句を言いながら 「秘密の部屋」 の鍵を外し扉を開けて中へと入って行きました。





「……内容は理解した。でもわざわざ会って話す必要があったのか?」


「ふふふ……これは先日の “罰” でもある。結果としては任務遂行だが、事が大きくなり過ぎた上に、相手が雇った 『異能者』 に助けられたのだろう?」


「……それはあんた達がっ!」


「結果が全てだよ、渡会わたらい。だから我々も報酬は全額支払ったろう? だが度々この様な事では困るのでな」


「……ちっ」


 どうやら直仁様がでここに来る意味は無かったようです。しかし 「罰」 と言うならばこれ以上効果的な 「罰」 は無いでしょう。

 本日の直仁様が選んだ 「装備」 は、また素晴らしい物に仕上がってしまいました。

 白地のシャツに紺のセーラーカラーは一昔前のセーラー服を彷彿とさせますが、スカートは真っ赤なフリルが三段になったティアード・スカート。素足にヒールが高いオレンジのボーンサンダル。今日のカツラは内巻き髪のショートカット仕様で、きつめのアイシャドーに真っ赤な口紅と言う、凄まじいファッションなのです。

 時刻は午後3時。当然往来には人が溢れかえっています。

 そんな中、破壊力抜群の女装をした男性と、如何にもSPか堅気でない・・・・・風の男にしか見えない体格の良い黒服の男が並んでいれば、嫌でも周囲の目を惹きました。

 しかしこれ程相反する服装をしたが、決して仲が悪くなさそうに話をしているのです。傍目から見れば……。


「あの二人って、恋人同士かのー?」


 そう、ソッチ趣味の男二人が歓談している様に見えなくも……って、ええっ!?


「さっきから独り言話してるの、あなただよね?」


 そこには、近くの植樹が伸ばした枝に羽を休めていたボックの隣で、こちらを向いて話しかける一人の少女が居ました。

 クリッとした、丸く大きな目が愛らしく印象的な少女でした。

 栗色の髪と瞳は外国人を思わせますが、その顔立ちはどこかこの国に住む者の特徴を表しています。

 短くまとめた髪に小さめのボーラー・ハットが似合っています。

 明るい配色のバスク・シャツと彼女の美脚を見せつける様なスキニー・パンツの組み合わせもばっちりです。

 可愛らしいバック・ストラップ・シューズはヒールが控えめで、少女の可愛らしさと大人の色気の狭間が垣間見えるようです。


「やだー。面と向かって褒められると、流石に照れてしまいますぞー。ありがとね」


 いえいえ、どういたしまして。

 しかし頬を赤らめながらも嬉しそうにウインクする彼女は本当に可愛らしい……。

 って、ええ―――っ! ボックの声が聞こえるの!?


「うん。聞こえちゃってるよ?」


 絶句するボックに、彼女はなおも続けます。


「ところで、ねーねー。あの二人って、本当に付き合ってるのかのー? 恋人同士なのかのー? 私、“男の人同士” って初めて見るんだけどー」


 彼等に視線を向けながら、やや興奮気味に聞いてきました。その問いに答えようとした時、彼等がこちらへと振り返りました。


「渡会、紹介しよう。彼女が今回の任務対象である 『マリーベル=シルベン=アレリア』 王女だ」


 体を開いて、黒服の男は左手で招く様に彼女を紹介しました。その紹介に一瞬驚いた様な表情をした彼女でしたが、すぐに可愛らしい笑みを浮かべて一歩前に進み出ました。


「初めまして、マリーベルです。マリーと呼んでくだされー」


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