まるで俺を……試しているのか?

  驚いた事に、ターゲットの始末をしたのもクロー魔なら、某国軍事基地からの脱出に手を貸してくれたのも彼女でした。

 軍事基地に駐車されていた軍用ジープを盗み出したクロー魔が追っ手を直後、直仁すぐひと様は意識を回復したようです。声も漏らさず僅かに目を開いただけだと言うのに、クロー魔は彼が目を覚ました事に気付きました。


「ほんっと、宿敵ライバルを前にして良くそれだけ眠れるわねー。感心する」


 開口一番、彼女は楽しそうな声で呆れたと言わんばかりのセリフを零しました。

モゾモゾと助手席で体を起こした直仁様は、後方に立ち昇る幾つもの黒い筋を視認して、クロー魔がここまで何をして来たのか察した様でした。


「……お前……何考えてるんだ?」


 それはボックもずっと考えていた事です。今回の事でクロー魔は有益になった事等一つも無く、寧ろ大損したと言っても過言ではありません。


「アッハ―ッ! あたしの考えてる事が気になるっ? ねぇ、気になるんだっ!?」


 心底楽しそうな声を上げたクロー魔は、車を蛇行させるほどはしゃぎ出しました!


「ちょっ! クロー魔ッ! 前見て運転しろっ!」


 車高の高い軍用ジープですが、意外に蛇行運転にも安定感を見せていました。それでも搭乗者が感じる揺れは相当な物の様で、直仁様はドアの取っ手にしがみ付いて彼女に注意を叫びます。 「Oopsオットット!」 とハンドルを握り直して彼女が車体を安定させた事で、漸く会話が再開できました。


「……それで? 追跡部隊を壊滅させてまで、俺を助けた理由ってのは何なんだ?」


 このまま飛んで帰る事も出来る直仁様ですが、ここは腰を落ち着けて話をする気になった様です。

 ジャケットやトップス、スカートに靴は無事なままですが、付け爪は全て剥がされ、カツラとイヤリングも今は剥ぎ取られていました。メイクに至っては中途半端に拭き取られ、まるで顔中を落書きされた様になっています。こうなったらもはや女装で無くただの変質者の様です……。

 今の直仁様には戦闘力となる物が残されておらず、彼女との戦いとなったら負けは必至です。彼がクロー魔との会話に前向きとなったのは、生殺与奪の権利を彼女に握られているからでもありました。

 

「べっつにー! 理由なんてないよー!」


「……はぁ?」


 クロー魔の即答に直仁様は素っ頓狂な声を返しました。特に理由も無く依頼主をアッサリと裏切り、某国軍事施設に駐留する部隊を敵に回して、更に追って来た部隊を壊滅させたと言う彼女に流石の直仁様も返す言葉が無いようです。ボックも開いたくちばしが塞がりませんでした。


「強いて言うならそうね……さっきも言ったけど、あんたはあたしのライバルで、こんなつまらない仕事であんたとの関係を終わらせたくなかったから……かな?」


 そう言ったクロー魔は、助手席で呆然と彼女を見る直仁様と視線を交わしました。その眼差しは何処か優しい様にも見えました。


「……クロー魔……おま」


「うっそーっ! Not seriously本気にしないでよっ! It has冗談に decided to joke決まってるじゃないっ! ホントに理由なんてないよー。あえて言うならー、あたしー、WAGAMAMAワガママ だから」


 そして今度は、クロー魔らしい笑顔を直仁様に向けました。確かに、我が儘で軍事施設に駐留する部隊を相手にする等、彼女らしいと言えばそうですが。

 キョトンとする直仁様は、ズバリ 「訳が解らないっ!」 と言った表情を浮かべています。

 まるで何かを探られている様な、試されている様な問答を持ちかけられれば、それも当然の事でしょう。

 しかしクロー魔相手に、まともに取り合う方が間違っているのです。自分で言う通り、彼女は 「WAGAMAMA」 なのですから。


「……さて、と。あたしはここで別れるから。あんたの部屋まで送ったりする間柄でもないしねー」


 直仁様の思考が纏まらない内に、彼女はそう言って走行中の運転席を立ち上がりました! 途端に軍用ジープは挙動不審となり始めます!


「ちょっ! まっ! クロー魔ッ!」


「じゃあ、また何処かで会いましょうね。今度は味方がいいけどなー。 See Youまたね!」


 即座にハンドルを掴んでクロー魔に批難の声を上げる直仁様に、彼女は可愛らしいウインクを一つ投げ、そのまま大きく跳躍して夜の闇へと溶け込んでいきました。彼女の運動能力なら、走行中の車から怪我もせず飛び降りる事等造作もない事でした。運転手を失い大きな蛇行を始めた軍用ジープの制御を諦め、直仁様もまた夜の空へと飛び出しました。


「……ほんっと、何考えてるかわっかんねー……」


 クルッと体を翻し、直仁様は帰路へと飛び立ちました。ボックもそれに付き従います。


 遥か後方では、何やら車が単独事故でも起こしたような音が聞こえましたが、きっと気のせいでしょう。


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