1章2節 六花と朝ご飯

 び上がらんばかりに驚いた正治とは対照的に六花は落ち着いていて。

「正治さん、私嬉しいの、ずっと奇跡が起きて喋れるようになったりすればいいのに

 って思ってきたから」

 六花は流暢な日本語で、しかもとても綺麗な声で、言葉を落とした。

「ま、まぁ俺も六花と喋れるのは嬉しいけど……」

 あんまりの展開に口ごもる。

「嬉しいならいいじゃない。おはよう。おはよう。ご主人様」

 すっと目を細めて、ベッドの正治に顔を近づけてぺろぺろ。

「り、六花!?」

「なぁに? いつも舐めて起こしてるじゃない?」

 ころころいいながらご機嫌で正治の頬を舐める六花。

 だが正治の方は六花の声にドキドキしてしまってそれどころではなかった。

 なんとかその場は耐えて、起き上がってこれから先についてを考え出す。

「六花、喋れるようになった事は、絶対他の人間にはいっちゃいけないぞ!」

 起き上がりざま、まずベッドの上の六花に忠告した。

 本人はまーったく気にしてないようで顔を手で擦っている。

「うーん? 私がお話したい人間は正治さんしか居ませんから大丈夫ー」

 ……どうやらこれが大事だとは全く思ってないよう。

「はぁ、先が思いやられるけど。しかし、六花がそんな綺麗な声だったなんて、

 いや、鳴き声もすごい綺麗だったから、なんだろうけど、

 俺の心臓の方が持つかが――ぶつぶつ」

「あら、私の声を褒めてくれるの? 正治さんありがとう。

 そう直接いってもらえるとすごい嬉しいなぁ。今日は朝から良い日だなぁ」

 うきうきとした華やかな声を発しながら、

 起き上がって洗面所に顔を洗いに行く正治の足にすりよる。

 転ばせない位のくっつき具合にするのはいつもどおり。

「な、なんか照れるな、はい六花のお水」

 いつも正治は朝顔を洗う時に横に来る六花に、

 コップに水を注いで床にことりと置いてあげている。

「ありがとうございます」

 ちょっと丁寧に澄ました声でそんなこといっちゃって。

「はぁ、慣れが必要だなこれは……」

 顔を洗い終わって新聞を取ってきて、テレビのスイッチを付けて、

 のそのそ会社に行くためのスーツに着替えて、ふと思う。

「あれ、待てよ?」

「どうかした?」

「いや、六花がいきなり喋れるようになったんだから、

 今日は大事をとって有休とかにして、

 二人で今後について話し合ったりした方が良いのかなと思って」

「あ、そんなに心配してくれるの? ありがとう正治さん」

 この時正治はふと思った、昨晩、寝ぼけて起きたときに聞いた六花の言葉より、

 今の六花の言葉の方がしてないか? と。

 語尾のもそういえば無くなっているような……。

「いやいや、それほどでもないけどさ、当たり前だろ」

 どうしようか、背広を椅子に引っかけて、

 まだ会社に有休の連絡をするには早すぎるが充電器に刺さるケータイを見る。

「うーん」

 とりえあえず朝飯か、六花にまたちょっとカリカリを出してあげつつ、

 自分の朝食はトーストにツナ缶を開けたツナを載せ、キュウリを切って載せ、

 マヨネーズを掛けた、ちょっとしたツナマヨパンと、

 インスタントのコンソメスープ、あとはコーヒーだ。

 二人掛けの小さいテーブルでトーストを食べていると、

 リンと鈴を鳴らして、テーブルに六花が載ってくるので、

 これもいつもどおり六花にもツナをわけてあげる。

「ありがとう、正治さん、私ツナ缶大好きなの」

「そ、そうか、いっぱい食べろよ」

「いっぱい食べたら太っちゃうじゃない、ちょっとにしておこうっと」

 サクサクとツナを食べる六花は至って普通に見えて、

 自分の耳がおかしくなってしまったのかと思っていたところで――、

 何やらテレビのニュースの様子がおかしい。音量をちょっと上げる。


『――どうやらこの現象は日本だけに留まらず、地球全土で起きている様ですが、

 前代未聞の人が猫の言葉が解るようになるという現象について――』

 えっ!? っと驚くと、六花も驚いて顔を上げてテレビを観ている。

 民放では要領を得ないのでNHKに回すと。

『この現象は脳神経の学者によると、人類の脳が何らかのを遂げることで、

 今日突然猫の言葉が解ったという事のようです。

 すなわち猫の方は昨日と相変わらずに生活しているわけですが、

 人間の脳の方が突然猫の言葉が解るようになってしまったということになります』

 難しい大学の先生が熱弁を振るっていて、何故かこの現象は猫人間間だけの事で、

 犬や鳥等は影響下には無い事などを説明していた。

「り、六花、もしかしてこれって俺たちだけの話じゃ無いの、かな?」

「そうみたいね、そうかー正治さんのんだぁー、

 人間と猫が仲良くしてきたからこそ成せる業よね、なんだか嬉しい!

 他の子達はどうなのか、後で皆に聞いて廻らなきゃ!」

 六花はすごいご機嫌だ。

「他の子たちって、お昼外出てるとき、やっぱり猫の会議とかしてたのか?」

 正治のアパートは所謂ペット可住宅で、

 玄関にご丁寧に『ペットドア』までついているので、

 日中正治が外に出ているときは出入り自由だ。

「そうよ、お向かいのサブちゃんでしょう、寺島さんちのハナちゃん、

 陸奥さんちのクロちゃん、あと新人さんのソラさん。

 いつも4匹で集まってるの」

「へぇーそうなんだ! 改めて聞いてみるとそういうのあるんだなぁってなるな」

「ふふふ、この団地はサブちゃんがボスで、

 周りにあんまり大勢猫ちゃんがいないから、喧嘩もないし仲良くお話しできるの」

 向き合う六花はいつもの姿だが、声からか笑っているように見えた。


 テレビでは引き続き、

 人間が猫の言葉を解るようになったということについてを話していたが、

『――つまり脳のなので、

 時間が経てば、より猫たちの言葉が解るようになることでしょう。

 どうか、飼い猫が居る方々は驚かず、猫の言葉に耳を傾けてあげて下さい』

 そうか、、が無くなったのは、

 俺が六花の言葉をより理解出来るようになったからなのかもなー。


「六花、今日俺、仕事休んだ方が良い?」

 一応念のためにと朝ご飯の食器を洗いながら聞いてみる。

「私が綺麗な声だったから心配?」

 質問返しだ。

「ま、まぁそれもあるんだけどさ」

 少し照れた。

「だいじょーぶ、人間になんか簡単に捕まらないわ。

 正治さんは安心してお仕事に行ってきて下さい」

 背中を押されてしまった、少し、少しだけ新婚夫婦のような遣り取りだったな、

 と思った。

 正治は出掛ける準備をして何時もと同じように家を出る。

「いってきます、六花、気をつけてな」

 玄関先でまさか飼い猫をこんな気持ちでみつめることになるとは。

「うん、いってらっしゃい、正治さん、お留守番も任せてね」

 六花は元気に送り出してくれた。

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