2章1節 蒼空と下条縁の場合

 今朝、猫の言葉を人間が解るようになった朝の下条家。

 縁は最近の蒼空の様子で気になるところがあったので、

 話のついででズバッと聴いてみたのだ。

「ねぇ、蒼空、なにか私に相談したいこととかない?

 最近妙に落ちつきないみたいだし。私の勘だと、好きな女の子でもできたかなぁ」

 ぎくっ!

 となって尻尾まで稲妻に打たれたかのようにピンと伸びてしまった。

 明らかなオーバーリアクションだった。

 蒼空は綺麗な白猫で、余所であったらそりゃあすごい格好いい猫なんだろうけど、

 私から見る範囲ではビビリで臆病で、女の子とかにも疎そうな普通の猫くん。

「あ、あの、縁さんその……」

「大丈夫よ、私にくらい話してよぅ。飼い主なのに信用無いなぁ」

 リビングの白い机の上で、縁と向き合う蒼空。

 縁は近くの会社の受付業務をしている。

 今日はこんなだから、出は遅くなりますと早々に会社に電話を入れたら、

 ならば午前休取って良いよ、

 と言われたのでのんびりいろんな話を蒼空とする心積もりだった。

 猫と喋れるようになったことが嬉しくて堪らないのも勿論ある。

 にこにこと、微笑んで、蒼空が話し出すのを待っていてくれた。

「……そうなんです、六花ちゃんっていう子なんだけど、

 ちょっとウチからは遠いところに住んでる、三毛猫なんだけど。

 その子すごい声が綺麗で。僕、気になってて。

 でも越してきたばっかりの新入りだから、あまり仲良くなれてなくて」

「あら、素敵なお話ね。りっかなんて珍しいお名前。なんて書くのかしらね。

 声が綺麗なんて、私よりも?」

「え! ええっと――うん。鈴みたいな声なんだ」

「あら、あっさり。私はどうせ私はハスキーよ、わふわふ」

 ズルッとなりつつ、ギャグで補正、

 受付嬢なのに声がハスキーなのは電話での受けはいいんだけど、

 男の子受けは良くないのよね。残念なことに。

「ええ、そんなぁ、縁さんも良い声ですけどね?

 そう言えばどういう漢字書くのかは訊いたことないや、今度訊いてみますね」

「うんうん。で、そのりっかちゃんともっと仲良くなりたいのかぁ、蒼空は」

「うん、そうなんだ」

 蒼空は虚勢手術は済んでいて、

 本人(本猫?)もそのことは承知しているみたいなので、

 そこには敢えて突っ込まないけど、猫も好きな子が出来るのかぁと思うと。

 私にもそういう出会いがあれば良いのになっとついつい夢を見てしまう。

「ふふふ、その子と仲良くなる方法を私に聞くかぁー」

 にへらと笑って、縁はいかにも楽しそう。

「ゆ、縁さんが訊いてきたんでしょう?」

「まぁそうだけどさぁー。飼い猫ちゃんが、恋の相談を飼い主になんて、

 シチュエーションが素敵で、なんだか嬉しくて、うん、ちゃんと相談、

 お請けします」

 まぁ、お茶でも飲んでゆっくり話しましょ、といわんばかりに、

 蒼空にはミルクの入ったお皿を、自分にはダージリンティーを淹れる。

 席に着いてお互い一口飲んでから、

「そうね、やっぱりアタックあるのみよ! 恋はいきよいが大事よ」

「うわー、丸投げ的回答きたー。縁さんに訊いたの間違えだったかなぁ」

「むー、蒼空くん。若いのにずいぶん及び腰なんだからぁ、

 私だって好きな人にはぐいぐい行くタイプよ?

 女だってぐいぐい来られたら、え、この人こんなに私のこと……ってなるよ?」

「ほんとですかぁ~?」

「ほんとほんと。私、どちらかっていうと見た目派手でしょ、

 だから男の子に取っつき易いんじゃーなんてよくいわれるけど、

 ご存知の通り身持ちは堅いのよ? 何故かっていったら、

 やっぱりぐいぐい来てくれる男の子が居ないからなのようー」

「な、謎の説得力のある力説。確かに海辺の実家に居たときも今も、

 縁さん一度も男の人連れてきたこと無いですもんね。

 僕は連れてきてくれても歓迎するんですけどね」

「あら、嫉妬します! とかそこはいってよね。愛猫なんだから」

「あいびょう……縄張りの猫もあんまり使わない言葉ですよそれ」

「やだ、死語だったか。いっけね、昭和昭和」

 てへへーん! などとしているこの人はホントお家だとつかみ所がないけど、

 ゆるくて可愛いんだから。僕が守ってあげなきゃって気にもなるけど、

 僕は僕で手一杯なんだけどなぁ、と意外にも真剣に恋愛相談を訊いてくれる、

 縁のことを思う。

「……勢いかぁ。僕そういうの苦手だけど、ちょっと頑張ってみるかなぁ」

 よし、頑張れ! 蒼空!

 去勢手術で勢いが無いなんて事はあるのかも知れないけど、

 でも、男性機能としてのそれと、色恋は別なはずよね。

 蒼空が可愛い女の子の猫ちゃん連れてるところ見たいし! 応援しよう。

 あー、でもよくよく考えたら可愛い子猫も見たかったかもなぁー。

 とちらりと考える縁だった。

「――ところで縁さん、

 いくら午前休だからって10時になるのにまだパジャマってもう着替えません?」

「あ、いわれてみればそうね、今日は会社に行く前にちょっとカフェにでも寄って、

 ご近所の猫ちゃん達と喋れるようになったことがどんなに世界が変わるのかの、

 情報を仕入れなきゃって思ってたんだわ、着替えようっと」

「はぁ、カーテン閉めて下さいよ、外から丸見えですからね」

「うん、解った。ふふ、蒼空ってそんなことまで心配してくれてたんだ。

 大丈夫、下着姿は貴男あなたにしか見せないから」

「はぁ。甘い声でいってもダメですよーだ、

 あ、話訊いて貰ってたら集会行きそびれちゃったな、サブちゃんに怒られるかな」

 リビングを離れ、自室でもそもそと着替えつつ、縁がサブちゃんってー?

 と訊いてくる。

「うん、この団地のボス猫さんだよ。大きい大きいぶち猫さんで、女性なんだよ」

「へぇー、耳をすませばのムタちゃんみたいね」

「そう、ほんとあんな感じの人だよ!」

「会いたいなぁ~、――で、その集会に彼女も来るのか」

「う、うん」

 いうと、縁がブラとパンティだけで出てきて何やら感慨深げに、

「ふーん」

 といってそのまま洗面台に消えた。

 はぁ、ご主人様にはもうちょっと女性としてのデリカシーが欲しいな。

 六花さんみたいに。と心の片隅で思う蒼空であった。 

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