2章2節 蒼空と山田正治さん

 六花さんと仲良くなってから数日間。

 人間の世界の方では僕たちの声が聞こえるようになったからって、

 いろいろ大変みたいだけど、猫の生活は皆なにも変わらずいつも通り。

 ただ、飼い主さん達とお話が出来るようになったのは嬉しい。

 縁さんにはいろいろ六花さんとのことも相談できるし。

「さぁてと、今日のところはこんなとこで解散だなぁー、あとは好きにしなー」

 サブさんも人間と喋れるようになってから元気がいい、

 素敵な家庭みたいで羨ましいなぁ。

 同じ団地の仲間の間では、

 すぐに匂いとかで僕と六花さんが仲良くなった事は知られてしまったけど、

 隠さなくていいのは楽かも知れない。

 六花さんは魅力的な女性だから、他の猫に取られてしまっては大変だし。

 いつもの集会あとのお散歩コースを二匹で歩きながらそんなことを考えていた。

「どおしたの? 蒼空さん」

「ん? うん、六花さんて魅力的だから他の渡りの猫とかが来たときに、

 その、ぼ、僕がしっかりしないとなぁって考えてた」

 身体をすり寄せてくれて、尻尾を巻きあう、愛情のサイン。

「魅力的だなんて、ありがとう。でも私だって虚勢してるし渡りの男の子が来ても、

 いじめられるだけじゃないかしら」

「ううん、そんなことないよ。六花さんと仲良くなりたくなる猫だって居ると思う」

「そう、でもそのときは、貴方がしっかり守ってくれるのよね?」

「う、うん頑張る」

「私、蒼空さんのそういうところ好きよ、喧嘩嫌いなのにね」

 ぺろりと首筋を舐めていう六花に、蒼空は本当に頑張らなきゃと思った。

 二人で団地を歩いていると、ふと飼い主さんの話題になって、

「私の飼い主の正治さん、彼にはまだ私達のことお話ししてないのよね」

「縁さんにはなし崩し的に見つかっちゃったけどね」

「そうね、私も彼にその、猫の恋愛相談とか受けてもらった方がいいのかなぁ」

「人間にもいろいろなタイプの人が居るからね、六花さんは相談したいの?」

「ううーん、むしろ彼から相談受けた方がいいのかも。

 ウチのご主人様は女性とのご縁が無いようだから」

「そうなんだ、うーん、そういえば縁さんも彼氏居ないみたいだから、

 僕たちが上手くいってるんだから、お裾分けで六花さんとこのご主人と、

 縁さんに仲良くなって貰うとかっていうのはどう?」

「そんなのうまくいくかしら?」

「猫好きに悪い人は居ないってよく縁さんいってるから、

 きっと六花さんみたいな子のご主人様ならって考えてくれるとは思うけどな~」

「私も正治さんには幸せになって欲しいのよね、蒼空さんのご主人様、

 下条縁さんはすごい素敵な女性よね。

 でもあそこまで綺麗な女性と、ウチのご主人様が上手くいくかは自信ないな~」

「あはは、褒めすぎだよ、

 縁さん外ではああバッチリ決めてるけど家ではだらしないんだから」

「蒼空さん、それ余所ではいわない方が良いわよ」

「むぐ。はい」

 蒼空は慌てて口を手で押さえた。人間の女性はこういうことを気にしまくる。

「んー、彼女のような方と正治さんが仲良くなってくれたら、私も嬉しいかな」

「よし、猫がキューピッドになれるように頑張ってみようかなー」

「でもまずは、蒼空さんを正治さんに紹介させてよ」

「もちろんいいよ。

 今日って日曜日だよね、六花さんのご主人様はおうちに居るかな?」

「どうかしら、お買い物に行くって朝いってたけど、もう帰ってきてるかな」

「それなら会いに行ってみよう! 僕も六花さんのご主人様はちょっと気になるし」

 二匹は正治に会いに山田家へと向かった。


「――というわけで、此方がお付き合いさせて頂いている蒼空さんです」

 買い物を終えて丁度帰宅した正治と、二匹は鉢合わせして、

 そのまま六花が二人の仲を説明した。

「よ、よろしくお願いします」

 と猫背を伸ばしている白猫の蒼空を見て、正治は笑った。

「いやいや、こちらこそよろしくお願いします。

 六花、人間の親娘おやこじゃないんだから、そこまでかしこまらなくても良かったのに……」

 頬を掻いて、人懐こい印象の微笑みを浮かべている正治を見た蒼空の感想は、

 あ、この人なら縁さんでも大丈夫だ! というものだった。

「あら、テレビドラマでこうやってるの何度か見たから、

 折角喋れるようになったんだし、正式な形でと思ったのだけど……」

「正式過ぎるのもちょっとな。でもありがとな、まさかボーイフレンドを、

 六花から紹介される日が来るなんて思ってもなかったから――」

 六花さんは少し恥ずかしそうだった。

「――蒼空君、仲良くしてあげてくれよ、六花は虚勢しちゃってるから、

 残念なことに二人の赤ちゃんは見られないのがちょっと悲しいがな」

 六花さんの飼い主さんはその時ほんとに悲しそうな表情をしたのでびっくりした。

 猫の避妊には家猫自身も肯定的だからっていうのもあるけど、

 僕と六花さんの未来を考えてくれてるってことだって解ったからだ。

「はい、六花さんは大切にします。ありがとうございます」

「そうだ。蒼空君が良かったらウチにも気軽に遊びに来ると良いよ、

 あんまり高級な猫缶とかお刺身は出せないけどさ、

 蒼空君にもご飯くらいは出してあげよう」

「わっ、ほんとですか!?」

「せっかく六花にできたボーイフレンドなんだから俺にも応援させてくれよな」

「もう、正治さんたら」

「六花も照れてて可愛いな、

 俺は今なんだか花嫁さんの父親の気分が解ってきた気がしてるぞ~、

 こいつは面白いな。

 蒼空君は出来た猫っぽいから先に白状しとくけど、

 六花があんまり良い声だから、俺も彼女にドキドキしてたんだ、

 まさか猫と恋愛なんてあるのかっ! なんてな!

 でも六花も普通に幸せになりそうな、いい旦那さん捕まえてきてくれなによりだ」

「だ、旦那さんなんてまだそんな!」

 でも白い尻尾はふにゃふにゃしてしまう。

「六花、ほんといい人、いや猫か出来て良かったなー」

 六花さんの頭を撫でる手は優しくて、

 六花さんもころころと喉を鳴らしながら微笑んでいた。

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