3章1節 猫が結ぶ縁もある

 気がついたときにはもう、俺は縁さんのことが好きになっていて、

 縁さんも、気軽に正治さん、正治さんと声を掛けてくれるようになっていた。

 膝で丸まっている六花と、窓辺で猫の爪研ぎの上で丸まっている蒼空くんの

 二匹のおかげだろうな。

「ありがとうな、六花」

 尻尾をぱたぱたとしてコロコロと喉を鳴らしている六花は、

 歳をとったけれど、声を発すればまだあの初めて聴いた頃と同じ

 透き通るような綺麗な声だ。

 あの台風の年からだいぶ経って、

 今日で二人と二匹の暮らしを始めてから丁度1ヶ月。

 一軒家だし、家賃は馬鹿にはならないけれど、田舎だし何とか俺が頑張れば

 やっていけるだろう。

 彼女も働き続けてくれては居るが、そろそろ、結婚とか子供とかを真面目に

 考えたい頃合いだし。俺がしっかりしなくっちゃなぁ。


 奥の部屋からデート用の戦闘服に着替えた縁が出てきて、俺と眼が合うと、

 ふふんと鼻を鳴らしてから一回転してみせる。

 ピンクのワンピースだった。

「ねぇ、どお? 今日は気合い入ってるんだー」

 彼女だって察してるだろう頃だって事はよっく解ってる。

 慌てて六花を押しやって、左ポケットの中にある箱を、彼女に気取られないように

 触れて、安心してため息をこぼしつつ、

「すっごい、似合ってる。縁さんはそういう服が似合うな~さすが受付嬢だけある」

「えへへへ、ありがと。さ、正治さん、映画に遅れないように行かなきゃ。

 折角の二人タイミングが合ったお休みだし、今日は存分に楽しみましょっ?」

「そうだね、そうしよう。六花、六花、ねむいとこ悪いな、起きて」

「ん、にゃ、はい、おはよう、正治さん、と、縁さん」

 うーん、と伸びをして正治の膝の上からぴょんと降りると、

 縁の足許に身体をすり寄せてから、彼女を見上げて。

「縁さん、今日は甘い良い匂い。それと、あ、そっか、今日の為の新作の香水ね」

「も、もう六花ちゃん! 甘い匂いなんて止めてよ、恥ずかしいなぁ」

 はははそこまで照れなくてもいいのに、と俺が言うが、

 縁さんは本気で照れていて、その仕草がとっても可愛かった。

 この場で抱きしめたい位なんだけどそれはちょっと我慢だ。

「じゃ、俺たち行ってくるから!」

「はい、二匹でお留守番してまーす! 正治さん! 頑張ってね!」

 六花にもいろいろお見通しらしく頑張ってねと背中を押されてしまったし

 がんばらにゃならないなぁ。


「ふふ、あの二人上手くいってるかしら?」

 お留守番ぐみの二匹はご飯を仲良く二人で食べながら二人のことを気に掛ける。

「そっかぁ、いよいよ正治さんプロポーズするんだねぇ……

 人間ってなんか大変だよね」

「そうねぇ私たちのようには行かないわね。そういえば!

 私蒼空さんにプロポーズってされたっけ?」

  思わずカリカリを食べてた蒼空がむせた。

「に、人間式にしてってこと?!」

「あら、大丈夫? うん、ちょっとだけ憧れちゃうかなって、それだけ」

「いいよ、するよ。六花さんこっち向いて」

 いきなりの展開だけど、六花は大人しく蒼空に向き合う。

 蒼空は髭を前足で整えて、きりっとした顔になってから、

「好きです、六花さん、お嫁さんになって下さい!」

「ふふふ、ありがとう、蒼空さん、もう真面目なんだから」

 人間なら抱きしめ合うんだけどそうもいかないのでキスだけ真似てしてみた。

 猫の親愛表現には口を舐め合うのはないから

「はは、くすぐったいや」

「キスはうまくできないわね、でもありがと」

 と綺麗な声でそういって、猫らしく蒼空の頬の毛を舐める六花に、

 蒼空はドキドキしてしまうのだった。

 もう何年も付き合ってるのに。


 ――「好きです、縁さん、結婚して下さい!」

 我ながら捻りもへったくれもない、結局考えたあげくに出てきた言葉は

 普通のプロポーズの台詞になってしまったが、

 映画デートの帰り道に、事前調査しておいた公園で少し二人で喋った後に、

 タイミングを見計らって切り出し、指輪の入った箱を差し出した。

「え、ほんとに、これ、私に?」

「はい、受け取って下さい、ダイアとかのは買えなくて、その、すまないんだけど」

 ふるふると首を振った縁は頬に二つの涙の雫をこぼして、

 震える正治の手ごと指輪の輝く青い箱を包んだ。

「正治さん、私もね、そろそろかなって思ってたんだ。

 でも言われてみると、やっぱりすごい嬉しくて、なんだか泣けてきちゃって。

 えへへ、ありがとう。お返事は、はい、喜んでです。二人と、二匹で、

 幸せな家庭にしようね」

 涙声ではにかんで笑う縁に、正治はたまらなくなってその場できつく抱きしめた。

「ちょ、ちょっと正治さん、誰かが観てたらどうするの」

「こんな日くらい、見せつけてやりましょう」

「もう、こんな時だけ格好いいんだから」

 縁も正治の胸に抱きついて箱の中に輝く指輪に眼を落として、

 ホントにこんな日が私にも来たんだと喜んだ。


 どれくらいだろうかだいぶ二人で抱き合ってから、

「さって、我が家に帰りますか、お留守番の二人にも報告しなきゃならないし」

 と正治が顔を上げて笑顔で言う。

「そうね、あの子達のおかげで私達は知り合えたんだもんね、それにあの子達の方が

 私達より先輩夫婦だしね。感謝しなきゃ」

「そういえば、今日出がけに六花に頑張ってね!って言われちゃったんですよね~

 なんか、お見通しだったみたいで」

「え!? そうなの、六花ちゃんってば、私には何にも言ってくれなかったのに」

「こういうときは男が頑張るもんだって事でしょうね」

「もうー困っちゃうなー、でも嬉しかったし、

 そうだ、いいお刺身でも買ってってあげよっか?」

「いいですね、そうしましょ!」

 二人で手を繋いで帰ったその日の夜からしばらくの間、わざわざ二匹は気を遣って

 寝室で寝ないようにまで心がけてくれたのであった。

 二匹に感謝しないとなぁと思う正治だった。

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