1章3節 六花とご近所さん達の様子

 六花は朝9時くらいまではいつも家でごろごろしている。

 正治が残していってくれるカリカリをちょっと摘まんで、

 お水を飲んで、段ボールの爪研ぎで爪を研いで、その後延々毛繕い。

「そろそろいこうかなぁ」

 時計を観るわけでは無くて、お日様の上がり具合とお腹の減り具合と、

 要は猫時計みたいなもので、首輪の鈴をリン々と鳴らして、

 少し耳の後ろを掻いてから、伸びをして。そして玄関から外へ出る。

 玄関のペットゲートに全身を擦りながら外に出ると、

 お隣の川西さんが居た。

 アパートのお隣の部屋はトイプードルを飼っている川西かわにしさん。

 わんちゃんの名前はカップちゃんだ。

「あ、六花ちゃんおはようございます!」

 川西さんは大人の女性で、気前の良い性格で、少し朝が遅い女子大学生。

 正治さんの事も悪くは思ってないようだ。

「カワニシさんおはようございます」

 六花はいつもどおり、にゃんと言ったつもりだったけれど、

 それが今日からはのだった。

 川西さんは微笑んで。

「ああ、やっぱりニュースでいってたのはホントだったんだ!

 うう、うちのカップとも喋れるようになれば良いのに。

 六花ちゃんそんなに綺麗な声だったのね。山田さん羨ましいなぁ」

「えへへ、ありがとうございます。

 川西さん、やっぱり私が喋ってることが解るんですね? なんだか嬉しいなぁ」

「うん、解るよ。今朝ニュースでさんざんやっててびっくりしちゃった。

 おっし、廊下で六花ちゃんに会ったら挨拶しなきゃって緊張してたんだけどね」

「わざわざ済みません」

 六花は川西さんの足に寄り喉をころころ鳴らしてすりすり。

「ああー、やっぱりねこちゃんも可愛いよねぇ」

「でも私ばかりが川西さんとお話ししたらカップちゃんが怒りますよね」

 そういうなり扉の向こうでワフ! と元気なカップの声が響いた。

「あ、やっぱり、六花ちゃんずるいっていわれちゃいました」

 川西さんの足から離れ、アパート一階の高さ70センチ程度の防犯用の柵に跳ぶ。

「あ! そっかぁ、私はカップのお話は解らないけど六花ちゃんは解るのかぁ」

 川西さんはぱっと喜んだ顔をしている。

「ええ、解りますよ。そうですね、通訳、必要でしたらしますよ?」

 六花は頭の回転が速く即答した。

「ううん、病気になったりホントに必要なときには山田さんにお願いすると思う、

 けど普段は大丈夫だよ。でも六花ちゃん、カップと会った時は、

 いっぱいお話ししてあげてね」

 川西さんは、正治さんと比べるとずいぶん歳下だけど、こうにっこりした時は、

 すごーく素敵で可愛くて、絶対正治さんのタイプだと思うんだけどなぁ……

「解りました、カップちゃんにもお伝えください」

「うん、お散歩行くところだったんでしょう、ありがとね!

 ああ、お話しできて良かった!」

 ああ、が、口癖なのも可愛いよなぁ……


 六花はご近所の草の香り、花の香り、

 それともちろんマーキングしている猫たちの香りもチェックしてから集会所へ。

 草臥くたびれた居酒屋の裏手のコンクリート打ちっ放しのちょっとしたスペースだ。

 サブちゃんがもう来ていた。

 でかでかとした顔の黒いお腹と手はしろいぶちで、ボス然とした威厳がある。

 が、メス猫なのである。

「おう、おはよう。六花ぁー、はええな、あんなニュースがあったってぇのによ」

「おはよう、サブちゃん。

 うちは大変だったわ、正治さんたらとてもびっくりして、

 私の声を心配して今日お仕事をお休みしてくれようとまでしちゃって」

「あははは、お前さんは可愛い声してるからなぁ、人間の男なんざ堪らないんだろ」

「まったく、サブちゃんまで。其方そちらはどうだったの? 今朝」

「なーに、あたいんとこの母ちゃんと父ちゃんはさー、

 もうちょっと可愛げがあってもいいのにこれじゃあ雄猫と変わらないじゃねぇか

 とかって笑い転げてたぜ。

 あたいももらい笑いで大笑いさ、いや人間と喋れるってぇのも悪かねぇ」

「そうよね、素敵なことよね! これってずっと続くのかなぁ、そうだといいなぁ」

「向こうさん側の〝進化〟らしいからってぇことはねえんじゃねぇか?」

「ならいいなぁー」

 と、そこで足音がしたので振り向くと、寺島さんちの雄猫のハナちゃんと、

 陸奥さんちの雄猫のクロちゃんが連れ立ってきた。

「おっはようございます!」

「お二人朝がはやいっすね!」

 二人はまだ若く、と言っても六花と1歳差だが、今年2歳くらいである。

 実のところボスのサブちゃんとは叔母で、二匹は従兄弟という関係だ。

 土地住まいの猫にはよくある話だ。

「おーす、ハナ、クロ。今六花んちの飼い主様の話を訊いたとこだぜ。

 ハナとクロんところはどうだったんでぇ?」

「いやーうちはなんか偉い歓迎されちゃいましたね、

 じいちゃんとばあちゃんだけですから、ホントに孫が出来たんだって感じで、

 泣き出しそうになっちゃったんで逃げてきました」

 と眉を情けない八の字にする灰黒キジトラのハナちゃん。

 眉の八の字は柄なんだけど、いつも申し訳なさそうにに見えるのよね。

「はは、ハナ、それで走ってきたのか、俺んとこなんてあれっすよ。

 姉ちゃんに最初に話しかけたらホントびっくりして、

 お母さんクロが、クロが喋ったぁぁ! なんていって階段2段くらい踏み外して、

 朝から尻尾しっぽ踏まれちゃったんすから。猫踏んじゃったっすよ~」

 と前足で耳の裏を押さえながら話す黒猫のクロちゃん。

 鍵尻尾だから踏まれると痛いのよねぇ。

「ははは、二人とも、朝から大変だったのね」

「いやー大変だったけど歓迎はされてるみたいだから、話せるのは嬉しいかな~」

 と大欠伸をしつつハナちゃん。

「俺もそうっすよ、姉ちゃんと寝る前にいっぱいお話ししようね!

 なんてお約束してきたんすから!」

 と嬉しそうにクロちゃん。

「いいわね~二人とも」

「あれ、そういやぁ新人のソラがこねぇなぁ。

 まぁ今日んところは色々家庭の事情ってのがあるから許してやるかぁ」

「さっすがボス。いやおばさま。寛大だー」

「ハナ、次ボスっていったら鼻っ柱ひっぱたくからな」

「まぁまぁ、サブちゃん言葉の綾よ」

「そっすよボーいやおばさま、まだ朝なんすから寝ぼけてるだけっす」

「お前もか。猫パンチくらいたいんかワレ」

 ハナとクロは二匹の時は大抵ボスのことを吹聴して廻ってるので、

 ついつい油断してると会議でもボスといっちゃあ怒られている。

 サブちゃんは仮にも女性、仮にもなんていったら私まで怒られるに違いないけど。

 二人の前では叔母様と呼ばせることにこだわっているの。

「ちょっと蒼空ソラさんが来ないの気になるなぁ。帰りに様子見てこようかしら」

 最近越してきてこの団地の仲間になった蒼空は綺麗な白猫の雄で、

 ちょっと、ちょっとだけだけど、六花が気になる存在でもあった。


 

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