3章3節 猫と幸せな暮らしを……

 ――それから10ヶ月が経って、ゆかりは元気な女の子を出産した。

 二人は二匹の猫たちにあやかって、

 男の子だったら蒼空、女の子だったら六花っていう名前にしよう。

 と決めていた。

 なので二人の長女の名前は六花りつか。山田六花。


 二人の間にはそれからも幸せが次々舞い込んで、

 町内会のくじ引きで温泉旅行が当たったり、

 金の招き猫の置物が当たったり、

 しまいにはなんと六花が産まれてから二年後にまたも縁が妊娠したのだった。

 意図したわけでは無いけれど、

 今度産まれたのは男の子だったので二人は蒼空そらと名付けた。山田蒼空。


 二人の子供はすくすく育ち、病気にも罹らず、怪我もせず、元気いっぱいに

 成長していった。

 長年の不妊治療に耐えきった縁は、その美貌も衰え知らず、

 プロポーションも若い頃と変わらず、ご近所さんでは有名な美人妻で通っていた。

 三人を支える夫である正治しようじも、妻の縁からはとても自慢できる立派なお父さん。


 それから何年経っても、幸せな家庭は続いた。

 そして、六花15歳、蒼空13歳の夏になって。


「蒼空君、どこー?」

 別にかくれんぼをしてるわけじゃないけれど、

 蒼空には姉から隠れなければならない理由があった。

(絶対にお父さんとお母さんが帰ってくるまでお姉ちゃんには捕まらないぞ!)

 などと意気込むのだが、の前には無駄だったらしく、

 押し入れに隠れて居たのをまんまと発見されてしまった。

「蒼空君、どうしてお姉ちゃんから隠れるのよう」

 ぷんぷんと怒る六花は中学三年の女生徒で、母似のここらじゃ指折りの美少女だ。

 押し入れに必死に隠れる蒼空を引きずり出す。

「わ、わ、だってお姉ちゃんと居ると恥ずかしいんだもん」

 布団の裏から出てきた少年は、彼も十分に美少年だったし、それ以上に、

 虹彩異色症という特異体質で、瞳の色が日本人なのに青と茶のオッドアイである。

 ずい、と姉がその綺麗な瞳をのぞき込む。

「ほらぁ、お姉ちゃん顔くっつけて僕の眼みるじゃんかー、

 キスしちゃいそうでドキドキするし、

 お姉ちゃんなんか良い匂いするから恥ずかしいんだようー」

「私蒼空君のステキな眼がすごい好きなんだもん、

 それに、私はキスくらい蒼空君とする分には別にぜーんぜん構わないのよ、

 なんならチューしてあげよっか、いま、ここで」

「わ、わ、それ以上近づくのストップ!!」

 蒼空はなんとか姉の暴走を食い止めるのに必死だ。

 六花は本人自覚してるんだかしてないんだか、ホントに美少女なんだから、

 蒼空だって男として見ちゃうと悩んでしまう多感な時期で、

 いろいろとこたえるのである。

「もう、蒼空君の意気地なし、それじゃー女の子にモテないぞ」

「お姉ちゃんだけにモテてもダメだと思うんだけど……」

「なんかいった!?」

「な、なんでもありませんっ!」

 ドタバタと姉から逃げだす蒼空。笑顔の六花。

 二人はこんな感じですごく仲良しの姉弟なのだ。


 とある日の午後。

 今日はお母さんが仕事が休みなのでなんとか姉の被害から避難できると、

 安心して蒼空は朝から縁のそばを離れなかった。

「ねぇ蒼空、なんであなたお母さんのあとくっついてるのよー朝から」

「え? そ、そんなことないよ」

「ううん、ずーっとぴったりくっついてるじゃない! 暑いよ!」

 一喝されてしまった。

「だって僕お母さん好きなんだもーん」

「まーったく甘えん坊に育ってくれちゃって、まぁたまにならいいんだけどねぇ」

 困り果てた顔の縁は、柱の陰からじっと此方を見つめている六花に手招きした。

「六花ちゃーん、お母さんと交代しよ? 蒼空くんあげるから。ね?」

 六花は喜んで飛び出してきて、

「ほんと! ママ! 蒼空君と遊んで良い?」

「うん、どうぞどうぞ、二人で仲良く遊んでなさいな」

「え、ママ! じゃなかった、お母さん! 僕をお姉ちゃんに捧げる気!?

 僕お姉ちゃんから逃げるんでお母さんにくっついてるんだよ!? 解ってるの?」

「はいはい、蒼空くん、解っていますよ。

 お母さんはこれからお昼ご飯の準備で忙しいのです。

 お姉ちゃんが蒼空くんと遊びたくてうずうずしてるのも解ってるんです。

 だからお姉ちゃんと遊ぶこと。い・い・わ・ね」

 有無を言わさぬ眼光で蒼空に釘を刺してぽいと六花に譲り渡す。

「そんなー! 後生だからー! お助け下さいー」

「あら、どこでそんな言葉覚えてきたのよ。

 で、も、ダメー。

 お姉ちゃんと仲良くすること! はい、行った行ったー」

「な、なにわけのわかんないことをー」

「はい、お母さんありがとう。蒼空君連行ー! 私に付き合って? 

 お買い物行きましょ。アイスくらい奢ってあげるから。ね?」

「あ、アイスくらいで釣られると!?」

「あら、じゃあお姉ちゃんと腕組みしてく?

 ふっふーん、最近胸も大っきくなってきたんだから。ママにも負けないぞっと」

 腕を捕まえて胸でむにゅっと押さえつけると、蒼空は慌てて真っ赤になる。

「今度は色香で弟を釣るのか!? うわー」

 ずりずりと引きずられていく哀れな蒼空。

 でもそんな光景も縁からはとっても可愛く見える。

 可愛くて仕方ない。むしろうちの娘と息子は最高だといえる!

「はぁー。猫の蒼空くんと六花ちゃんはあんな感じじゃぁ無かったけど、

 でも六花が蒼空くんをべた惚れなのはそうよねーいいわー。

 はっ、私までデレデレしてる場合じゃなかった、お昼の準備しなきゃね。

 お父さんも帰って来ちゃうじゃない」

 慌ててリボンで長い髪を結ってから、エプロンを着け昼ご飯の準備に取りかかる。

 あれ? あの子達今出てったんじゃお昼外で食べるのかしら?

 二人仲良く。ふふふ、いいわねー。

 縁はいつも二人のことを考えると自然と笑みが零れる。


「ただいまぁー」

 正治が玄関に着くと、縁がぱたぱたとキッチンから迎えに来て、

貴方あなたお帰りなさい」

 と笑顔で微笑みかける。結婚して何年もたつけど夫婦仲は一度だって

 危機に晒されたことはない。二人はここらじゃ有名なおしどり夫婦でもある。

「ただいま、あれ、靴無いけど六花と蒼空は?」

「んー、それが六花がお買い物に蒼空くんを引っ張ってっちゃったのよね、

 いつ帰ってくるのか聞きそびれちゃって、とりあえずあの子達の分もご飯は

 用意したけど」

「そっか、携帯掛けてみようか、今日はあの子達にビッグニュースがあるからなぁ」

「ビッグニュース??」

「ふふ、まぁ母さんには先に伝えて置いても良いか、

 あのね、今度知り合いから猫を譲って貰えることになったんだよ」

「ええー! ほんとに!?」

「うん、ずっと探してたんだけど、

 ここのところ取引も禁止されてていろいろ厳しいだろ?

 条件クリアして里親になれるのも市町村の審査が降りてだしやっとこさっとこさ」

「やったじゃない貴方! 猫ちゃんウチに来るの何年ぶりかな」

「そうだな、蒼空と六花以来だからな」

 と正治が顔をほころばせると、同時に後ろの扉が開かれて、

「ん? お父さん今呼んだ?」

 と六花と蒼空が帰ってきた。

「ん、ああ、呼んだよ。お前達良いタイミングだな! おかえり、ご飯にしよう」

「うん、ただいま。あ。蒼空君けっこう重かったそれ?」

「ううん、大丈夫だよこれくらい。

 ただいまお父さん、お母さん。はい、これ31サーティワンのアイス、

 お姉ちゃんがいっぱい買ったから箱に詰めてもらって帰ってきた」

「お、デザートじゃーんありがと蒼空くん。私31のアイス大好きなの!」

 縁に喜ばれるとまんざらでもない蒼空はちょっと良い気分。

「あ、蒼空君ママの前だとこうなんだからー。私にもデレなさいよ! けち!」

「ははは、お姉ちゃんはほんと蒼空が好きだなー、さ、ごはんごはん。

 アイス溶けないうちに冷凍庫入れなきゃ。

 それと今日はお前達にいい話があるんだ!」

「え、なになに?」

「ご飯食べ終わったら教えてあげよう」

「わーい、なんだろ、新しいゲームでも買ってくれるのかなぁ」


 ご飯の後で正治が重大発表をすると、子供達は大いに喜んだ。

 猫が話ができるようになってから此方、猫は単なるペットでは無く、

 猫を迎えるということは、家族が、兄弟が、一人増えることと同義だ。

「ねぇ、お父さん、猫ちゃんの名前は決まってるの?」

 期待に胸膨らまして六花が訊く。

「まだだよ、うちに来る子が男の子か、女の子かもまだわからないんだから」

「僕男の子がいい! 一緒に遊べる兄弟って欲しかったんだよねー!」

「あら、蒼空くんはいつもお姉ちゃんとあんなに遊んでるじゃないの?」

「だってお姉ちゃんと遊ぶんじゃ色々加減しなくちゃいけなくて大変なんだもん」

「え? 蒼空君私と遊ぶ時加減してるの?」

「そりゃそーだよ、だってお姉ちゃん全然自覚ないんだろうけど美少女なんだよ?

 怪我でもさせたらどうすんのさ」

「あら、意外ー、思わぬところで蒼空君の優しいところ発見ね」

「はは、蒼空くんはいつもお姉ちゃんの事大切にしてるものねー」

 縁にそう言われて照れる蒼空。

「蒼空は男の子としちゃ上出来だな、俺の若い頃より全然しっかりしてる。

 六花はどうなんだ? 来てくれる猫ちゃんはどんな子がいいと思う?」

「そ、そうだな、私は、蒼空君が男の子がいいっていうなら私もそうかな!」

 六花は蒼空に優しい言葉を掛けてもらえて嬉しかったのもあってそう答えた。

「ははは、六花は母さん似だなー、可愛い可愛い」

 正治が六花の頭を撫でると、撫でられた六花はすごいご機嫌だった。

「週末には来るだろうから楽しみにしてろよー」

 正治は六花と蒼空と縁に笑いかけた。


 そしていよいよ猫ちゃんが来る日!

「よし、今日からここが君のお家だよ」

 車から降りて久しぶりに使う猫用の籠を手に、正治は玄関先へ向かおうとする、

 待ちきれなかった三人は父の車が停まったのを聞き付け玄関から飛び出してきた。

「お父さん、おかえり! いらっしゃい! 猫ちゃん!」

「やったー、わ、黒猫さんだ!」

「まぁ、可愛い仔猫ねー」

「こら、ダメじゃないか母さんまで裸足で」

「えへへ、待ちきれなくて、この子達に押されて……」

 籠の中の黒猫はおっかなびっくり騒がしい新しい家族を見つめている。

「さ、お家の中にいこう」

 正治が三人と一緒に室内に入り、玄関で籠を開けると、そろり、と。

 緊張した面持ちで玄関に黒猫が一歩踏み出した。

「いらっしゃい、そして、お帰りなさい。今日からここがあなたのおうちよ。

 自己紹介しなくちゃね、私がお母さん。

 あなたをここまで連れてきてくれたこの人がお父さん。

 この子がお姉ちゃんの六花」

「よろしくね! 黒猫さん!」

「こっちがお兄ちゃんの蒼空」

「はじめまして! 大丈夫? 緊張してるのかな」

 玄関で家族揃って猫が第一声を発するのを固唾かたずを呑んで待つ。

「――……あ、あの、はじめまして。

 ぼく、おとうさんとおかあさんとおわかれして、

 こんどはこのうちにおせわになるんだっていわれて。

 ……その、よろしくおねがいします」

 声を聴いた四人がパッと笑顔になる。

「可愛い声! 男の子なのね!」

「よかったぁ、緊張してそうだから心配したよ僕」

「ふふ、あなた達早く仲良くなれるといいわねぇ」

「さ、て、とー、君の名前を決めてあげないとな!」

 上がり框に腰を下ろして正治がそういうと、六花は手を上げた。

「はい、六花ちゃん」

「はい、私、Minetteミネットちゃんが良いと思います!

 フランス語で仔猫、猫ちゃん、って意味よ。調べておいたの」

「フランス語かぁ。お姉ちゃんずいぶんお洒落な名前探してたんだねぇ、

 僕なんか男の子だったら小太郎とかがいいかなって思ってたのに」

「はは、蒼空くんらしいわね、貴方、どうするの?」

 緊張そうに姿勢正しく玄関に座ってる黒猫は、正治を見上げている。

「うーん、君は本当のお母さんと、お父さんにはなんて呼ばれてたんだい?」

「え、ううんと、ぼくまだ6かげつだからおかあさんとおとうさんも、

 もらわれたさきで、いいなまえをもらいなさいっていってて、

 いろでクロちゃんとかしかよばれなかったんです」

「そっかぁ、クロちゃんでも良いような感じもするがなぁ――」

 顎に手を当て考えたフリをするが、でも一応心の中は決まっていた。

「――よし、ここは……」

 二人の子供達と一匹の眼差しが正治を見つめる。

「ここは、六花と蒼空の案でコイントスにしよう」

 とポッケから10円玉を取り出した。

「鳳凰堂なら六花のミネットちゃん、10の数字の方なら小太郎な、

 二人もそれでいいかい?」

 こくこくと、黒猫ちゃんも一緒に、縁も一緒に頷いた。

 ピンと正治が指ではじいて手のこうの上で10円玉を押さえ、

 手を開くと、鳳凰堂の表だった。

「よし、それじゃあミネットでいいかな、蒼空、それと猫ちゃん」

「うん、僕はそれでいいよ」

「ぼ、ぼくのなまえはミネットかぁ……なんかかっこいいなまえになっちゃったぁ」

 黒猫はちょっとおどけて顔を前足で擦った。

「はは、確かにかっこいいな。

 よし、それでは改めてミネットちゃんのお迎えパーティーだな!」

「うん、よろしくね! ミネットちゃん!

 今日はごちそうがあるよー、マグロのお刺身ってたべれるかな?」

「まぐろ? ってなんだろう。たべたことないや。おいしいといいな」

「そっか、はじめてか。大丈夫、猫なら大好きだから、僕も大好きだし」

「さぁこっちよ、みんなおいで」

 こうして賑やかな家庭にまた一人新たな家族の一員が増えたのだった。


 ミネットと六花と蒼空は姉弟のように仲良く、いつでも元気に三人で遊んでいる。

 今日も小さいけれど華やかな庭で三人で遊んでいた。

 そんな元気な子供達の様子を見る正治と縁は幸せでいっぱいだった。

 ふと風がさざめいて、庭の木々が揺れ、

 花びらが舞って、六花と蒼空のお墓の方に飛んでゆく。

「あ……」

 縁が小さな声を上げて、それを二人でみつめていた。

 花びらは二匹がお気に入りだったカップの中の水にふわりと落ちた。

「……僕もきっとあの二人は生まれ変わりなんだと思うけどね」

 正治が縁の手を優しくとる。

「わたしもそう思うな。ミネットちゃんとも仲良くしてくれるよね? きっと」

「うん、ずっとずーっと仲良く家族五人でやっていこうね」

「うん」

 縁が正治が包んだ手のひらのに自分の手のひらをさらに重ねて優しく抱きしめた。


 その様子を見て、

「あー! お父さん、お母さんといちゃいちゃしてるー!」

 と口火を切ったのはミネットだ。

「えー! ちょっとぉーそういうのは子供が見てないところでやってよー!」

 と六花。

「お父さんばっかずるいよー。お母さん僕も入れて!」

 と蒼空。

「あはは、これじゃあ、落ち着いていちゃいちゃは出来そうにないね」

「そうね、あなた」

 二人は笑い合った。

 猫が居る幸せな暮らしはこれからも続きそうだ。


 お              わ            り


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ねことば Hetero (へてろ) @Hetero

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