第6話【執行完了】

 

 俺が付き人の案内で飛んできたのは富士山が見下ろす鬱蒼とした樹海の中。太陽の恵みが地に届かくことのないこの地に拠点を作るつもりだ。

 場所の選考については俺の独断だ。

 いざというときのために周囲に人の居住地がない場所で日本となるとここ以外に思いつかなかった。

 

 また、『日本』という国が選考基準に入ってるのは俺が日本人だったからというだけではない。

 日本には軍隊がない。さらに日本は『核を持っていない』ということになっている。これが事実か否かは関係がない。日本国内からの武力的な排除行動で俺たちが受ける被害が他国と比べて低くなるだろうという考えのもとだ。そしてここは富士山の近辺だ。日本の象徴ともいえる山に被害が出る可能性のある行動を進んで行うこともないだろう。これは他国にも言える。勝手な武力介入で富士山を傷つけた時の損失を考えれば踏みとどまってくれるだろう。そんな淡い期待もある。

 俺たちの地位が盤石になった後はもうどうでもいい。俺たちの力を使えば大抵のことは解決できるのだ。とりあえずの時間稼ぎさえできればいい。

 

 

 

-------

 

 

 

 俺が降り立ったのは森の中のどこかにある開けた場所。

 そこには八つの人影があった。五人の『七大罪』所持者と三体の付き人。付き人は俺の付き人一人と『色欲』と『暴食』の付き人が一人ずつだ。

 大罪所持者のうち、起きているのは『憤怒』と『傲慢』を除いた四人。

 

 「戻ってきたみたいね」

 

 そう色気たっぷりで呟いたのは、ブロンドのグラマラスなお姉さんだ。お姉さんは上空から降りてくる俺たちを発見したみたいだ。その横には、一人の男が付き従っていた。燕尾服と白手袋を身に付けている二十代ほどの紳士だ。そのキリっとした顔で右目にはモノクロを着けている。如何にも執事といった様相だ。俺の付き人がコスプレのように思えてしまう。

 その近くには、只管食事を続ける短髪の中性的な『暴食』少女と少女に只管何か食料を渡している未だ幼さの残る執事がいる。何やら湯気の出ている皿を何処からともなく出している。付き人の力だろうか。

 

 その二人の他には、地面に横になって眠っている『憤怒』の少年とその横に立っている俺の付き人。そして、簡単な状況しか説明されずによくわからない現状に戸惑いと怯えの色を色濃く顔に出している。どこか女々しい草食系な『強欲』の青年と気の強そうな化粧の濃い目の大きな長髪の『嫉妬』の少女だ。

 

 地面に降りた立った俺に『憤怒』に寄り添っていた俺の付き人が近づいてきて膝を付いた。

 

 「おかえりなさいませ」

 「何もなかったか?」

 

 俺がいなかった時のことを聞く。

 

 「はい。異常はありませんでした」

 

 何もなかったみたいだ。

 『七大罪』はこれで全員だ。あと少しで役割にひと段落着くことができる。

 俺は自信に視線が集中していること確認して発言する。否を言わせないように威厳を込めて言う。

 

 「これから拠点を作成する。場所はここだ。位置的には日本の富士山の麓だ」

 

 俺の発言を聞いて、『色欲』が頷いた。『強欲』と『嫉妬』には簡単に説明してある。もちろん俺の発言の通りに行動すればいいという風にだ。『暴食』の少女は俺を一瞥しただけで再び食事を始めている。これは賛成したと考えていいのだろうか。

 

 残るは『憤怒』と『傲慢』だがこれは未だに気を失っているので意見が分からない。『憤怒』はわからないが、『傲慢』は間違いなく否定するだろう。そんな気しかしない。それでも起こさないわけにはいかない。

 

 「とりあえず『憤怒』を起こす」

 

 俺は付き人に言って、『憤怒』の少年に掛けていた『怠惰』の力を解いた。

 俺は付き人にアイコンタクトを送った。それを受け取った付き人の一人が『憤怒』の少年の肩を揺すって起こそうと試みる。

 

 「ん、んん」

 

 気が付きそうだ。

 

 「ここは……?」

 

 少年は声を出した。完全に気が付いたみたいだ。表情や動きから察するに状況が不明なことから戸惑っているみたいだ。だが、その声からはなんとなくだが、落ち着いたような印象を受ける。初めて会った時の少年とは違う気がする。

 

 「なるほど。おぬしが『怠惰』か」

 

 問いかけられた付き人が答えを返す前に『憤怒』の少年が納得したような顔でそう呟いた。覚醒したのか。『憤怒』の少年は周囲を見渡し、俺に問うてきた。

 

 「状況を教えてくれ」

 

 俺をまっすぐ見つめるその少年の瞳からは確かな『なにか』を感じた。少なくとも子供がするような眼じゃない。

 

 「ここに拠点を建てる。賛成してくれ」

 

 俺は短くそう言った。力に覚醒した後であればこれだけでわかるだろう。現に、『憤怒』の少年は頷いて返してきた。

 

 「了承した。おぬしに従おう」

 

 『憤怒』に関してはこれで大丈夫みたいだ。このタイミングで覚醒していたのは幸運だったのかもしれない。

 俺は最後の一人の賛同を経るための行動を開始した。

 

 起きた途端に力を行使する可能性が十分にあるので『傲慢』の能力は抑えた状態で意識だけ覚醒させる。さらに、用心して俺と『傲慢』以外の大罪所持者は下がっていてもらうことにした。

 

 今俺の目の前には意識を失って倒れている『傲慢』の力を持つ青年だ。

 俺は慎重に意識を覚醒させた。

 待つこと数十秒。『傲慢』の青年は勢いよく上半身を起こした。

 

 「ここは!? どういうことだ!?」

 

 体を起こした青年は怒鳴り散らし、その勢いのまま周囲を見渡してから俺を睨み付けた。

 

 「お前か! ここはどこだ!」

 

 俺に対して怒鳴るが俺は冷静に言い放つ。ここは無理やりにでも拠点建設を賛成させた方がいい。今後のことも含めて。

 

 「日本だ。ここに拠点を立てる。反論は許可しない。賛成しろ」

 

 俺はそれだけ言って『怠惰』の力で『傲慢』の発する音を抑える。後ろを振り返り他の大罪所持者に視線を向ける。

 

 「こっちに来い。拠点を立てる。与えられた知識によると大罪所持者で円を作ればいいらしいから早く来い」

 

 植え付けられた知識によると拠点を立てるには、候補地で大罪所持者が円を作り、拠点建設の意思を持って、自らの名を名乗ればいいらしい。そうするだけで拠点となる『塔』がその場に建設されるとなっている。半信半疑ではあるがそれに従って行動する。

 

 数秒を掛けて円を作った。『傲慢』だけは俺の付き人に簀巻きにされた状態だ。何やらモゾモゾと動いているが無視だ。

 

 「では、始める」

 

 俺はそう言って、他、六人の顔を見る。呆れ、怒り、恐怖、戸惑い等の顔を向けられてはいるが一名を除き頷いた。

 

 「我が名は、『怠惰』のアケディア」

 

 俺が率先して宣言する。少しだけ恥ずかしい気がしてきたが気のせいだろう。俺が宣言すると、足元から光がほとばしり天へ伸びる光の柱が出てきた。

 

 「我が名は、『色欲』のラスト」

 「我が名は、『暴食』のグラトニー」

 

 俺の宣言に続くように二人が宣言した。ラストはさっきまでの色気が嘘のように鳴りを潜めている。それに比べてグラトニーはいまだに口をもぐもぐ動かしている。

 二人からも同様に光の柱が出ている。新たに現れた光の柱同士は曲線で結ばれ中途半端な円が描かれた。

 

 「我が名は、『憤怒』のラース」

 

 ラースも宣言した。声の持つ印象と子供の容姿のギャップで違和感を感じる。事情を知らなければ少しおかしい子供の遊びの一環だと思ってしまいそうだ。

 光の柱と共に弧が伸びる。

 

 「わ、我が名は、『強欲』のグリード」

 「わ、我が名は、『嫉妬』のエンヴィー」

 

 ラースの宣言の後、俺が二人に視線を送ると二人は舌を噛みながらもなんとか宣言した。脅されて仕方なくといった様子だ。これでも大丈夫なのだろうか。ダメだったらもう一度だな。

 光の柱とともに現れる円は既に完成間近だ。

 

 最後は『傲慢』だ。俺は『傲慢』に掛けている力を解く。もちろん音に関する部分のみだ。ついでに『怠惰』の力で強めの威圧もしておく。『傲慢』の力は俺が抑制しているので、生身に直に俺の威圧を受けることになる。

 声が出ることに気づいた『傲慢』の持ち主は名乗りを上げずに俺に何か言い散らそうと顔を向けてきたが、その直後に俺の威圧を受けて顔を真っ青にする。アワアワと口をパクパクと金魚のように動かした後、俺から目線を逸らし、消え入るような小さな声で言った

 

 「我が名は、『傲慢』のプライド」

 

 ちゃんと宣言したようだ。プライドの足元から最後の光の柱が天へと伸びていき、地面には光る真円が完成した。

 最後に俺が締めれば終わりだ。

 

 「我ら『七つの大罪』。世の頂点に君臨し、世に安寧を齎すもの也」

 

 

 ≪大罪を司りし者達よ。七つの権能を使い、世界を治めよ≫

 

 

 俺が宣言した瞬間、足元の光る円が強烈に光を発し始め、視界が光で覆われた。

 

 

 

 光が収まった後、俺は椅子に座っていた。座り心地最高なプレジデントチェアだ。俺の前には円卓と中心に浮く光る『なにか』。それと俺と同じように椅子に座って円卓に向かっている俺以外の大罪所持者たちだった。

 

 

 

-------

 

 

 

 あの日は、その後付き人の案内で自室に言ったあとそのまま寝た。限界だったのだ。俺の権能は『怠惰』だからな。

 

 俺が懐かしい記憶に浸っている間に、ラスベグスの町は既に半壊を通り越して砂漠に戻ってしまいそうな程に荒れてしまっている。上空から見る限りではこの町が再び煌びやか都市に戻るには少なくない時間が必要な状態にまでなっている。みんな、やりすぎ……

 

 もうこれでいいのではないだろうか。もし『Money talks』の残党がいたとしても俺以外の誰かが適当に潰してくれるでしょう。俺は上空で浮かびながら眠りに就いた。

 

 

 

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