第2話【出陣】
始まりの日、『あの日』に何があったのか知っているものは俺以外にはいない。
俺が知っているのもこの力を得た結果だ。この力がなければ知ることは不可能だろう。
『あの日』、人は能力を得て、社会の枠から飛び出した。既存の社会では対処できない事態に人々は戸惑った。
制御できない力は人々に牙を剥き、制御された力は人々にさらなる猛威を振るった。
社会は適用しようと変化する。だが、急すぎる変化に付いていくことができなかった。
社会は絶望の渦に陥りそうになるが、そこに待ったを掛ける者達が現れた。
『力』の奔流が制御を完全に失い、拡散しようとしていたところを、彼らは『力』を以ってその奔流を治めた。
その『彼ら』が俺たちだ。
別に治めたかったわけではない。ただ、『七大罪』も『七美徳』も力の奔流を抑えるための制御装置として生み出されたのだから治めないという選択肢は取れなかった。制御装置としての役割を負う十四人が揃うまで延々と入れ替わりが起きるだけだ。役目を放棄したものは消える。消滅する。俺たちは自身のことを『権能所持者』と呼んだ。
俺たちは仕方なく制御装置になることを決めたのだ。
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第三回大罪会議で決まった『裏切り者、お仕置き作戦』はうまくいったようだ。
俺は今、のんびりとお茶を飲みながら報告書を読んでいた。
俺は暇な時間をつぶすために報告書を読んでいく。いくら怠惰な俺もずっと寝続けることはできない。必然的に起きている時間ができる。そんなときに俺が忘れない程度に興味があるというものは今のところ、この報告書しかない。
まだ『あの日』から半年もたっていない。それゆえに、世界には混沌が渦巻いている。そういったものは俺にとっていい暇つぶしの材料になる。俺が寝ている間にこの付き人たちはこの塔の下、下界に降りて情報を仕入れてくるのだ。
その情報をまとめた報告書が俺の暇つぶしに使われることになる。
すべて読み終わった俺は聞く。
「これで全部?」
「はい」
付き人が答えた。この付き人は実は人ではない。『権能所持者』全員に与えられたお手伝い人形のようなものだ。これは『権能所持者』が自身の権能という名の欲望を満たすための道具として与えられたもの。これを使って自身の欲望を満たす。
「ふーん。ついにあの国も潰れたんだ」
日本近くにある軍事国家さんが潰れたらしい。半年持っただけでもすごいのかな。
今でも国という枠は残っているが、以前よりは境界が薄い。今では国家間を跨ぐ犯罪組織が乱立している。そのほとんどが『大罪会』の傘下だ。うちの傘下に入らなかった犯罪組織は、見つかった途端に誰かさんにつぶされる。うちの決めたルールを守っている間は『大罪会』による制裁が加えられることはない。
そのため、『大罪会』を支持する国家は能力を使った犯罪が起きにくくなり、支持しなかった国は無法地帯になる。これが『あの日』から新しく作られたルールの一つだ。
「あの国は『大罪会』の傘下入りどころが逆に支配下に入れようとしてましたからね」
付き人が言う。あの国は『大罪会』を支配下に入れようとした数少ないの国の一つだ。バカすぎて言葉が出ない。
ラースも呆れかえってたからね。傲慢さんはいつも通りだったけど。
「報告書をすべて読み終えた俺はまた深い眠りに就くのだった」
そう言って残ったお茶を飲み干しベッドに入ろうとする俺を付き人が止める。
「アケディア様、あと一枚残っています」
「それ読みたくない」
俺は読むのを拒否する。最後に残った報告書には俺の承認印を押す場所が見える。俺が承認する必要があるってことは『大罪会』が動く必要があるということだ。それは、めんどくさい。
「アケディア様、あと一枚残っています」
付き人はさっきと変わらない無表情で言う。融通が利かない奴らである。
俺は仕方なく最後の報告書を読み、ため息をついた。
「なにこれ。ほんとめんどくさいんだけど」
報告書の内容は簡単なものだった。傘下にいる犯罪組織の一つ『Money talks』が『大罪会』を抜けるどころか『大罪会』に喧嘩を売ろうとしているらしい。しかも、そこらへんにある組織ではなく、『大罪会』の傘下の中でも一、二を争う規模を持つ組織だ。冗談であってほしい。
「ねぇ、これ本当なの?」
「はい。アケディア様。我らが幾重に渡る調査をした結果です」
「これを知ってるのは俺だけ?」
「はい。今のところは」
このことを知っているのは今のところ俺だけのようだ。俺は考える。これを『大罪会』として処理した方が楽ではあるが、あの六人と行動するのも面倒である。
俺が考えていると、部屋の中に今、話していた付き人とは違う付き人が入ってきた。こいつらは全く同じ容姿をしているため見分けがつかない。
「申し訳ありません。先ほどプライド様の付き人が例の組織の背反の情報を掴みました」
「なんてこったい」
俺は頭を抱えた。既に無視するという選択肢は失われた。選択肢は二つ。俺が一人で解決するか。『大罪会』で解決するか。どっちもめんどくさい。
俺が迷っている間に新たに付き人がこの部屋に入ってくる。
「アケディア様。プライド様が大罪会議の開催を要請しています」
早すぎる。早すぎるよプライド君。
「はぁ~。開こうか。会議」
俺は観念する。ため息が止まらない。
俺は、数日前のように椅子ごと浮かび上がる。会議が面倒でござる。エリート社会人のように呟いてから円卓に向かう。
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「またも我らに反逆しようとしているものがいる!これは『大罪会』のリーダーでもある議長の怠慢ではないか!」
傲慢さんが喚いている。すでに会議は制裁の話ではなく俺の管理責任の話になっている。といっても話しているのはプライドだけだ。というか『怠惰』の権能を持つ俺に怠慢とか。失笑物である。
「長いのう。そのなんとかという組織を潰せばいいんじゃないのか」
流石ラースさん。見た目は子供でも精神はおじいちゃんだ。気が長いような印象を受ける。怒らせなければ一番の人格者だ。そのまま組織の始末もお願いしたい。
「そうねぇ~。それにしても学校はいいのラース?」
「うむ。早退してきた」
ん? ラースは学校に行ってるのか?
「ぎゃははは!墳怒の爺さんは、小学校に通ってるのか!」
グリードも知らなかったようだ。新たな事実にグリードは爆笑している。
「学問を疎かにすることはできないからの」
言っていることは正しいのだが子供の姿で言われても説得力がない。
「おい! 俺様の話を聞け!」
プライドが大声で話しているがみんな聞く様子がない。グラトニーなんかはさっきから何やら食べ続けている。熊の手のように見えるけど見間違いだろう。毛皮ごと食べてるけど大丈夫なのかな。エンヴィーはボソボソと呪詛のようなものを呟いているので無視しておく。
プライドはいつものように髪が逆立ち始める。
ここらへんでまとめておいた方がいいだろう。皆に知られてしまった時点で、どのみち制裁を加えないといけないことには変わりはないのだ。早めに終わらせてしまおう。
「話し合いも煮詰まったようだし制裁の話をしよう」
「おい! アケディア、まだ話は終わってないのだぞ! 貴様のたいm」
「いつものように潰せばいいんじゃないかしら?」
「ラストに賛成じゃ。それが楽でいい。」
ラストがプライドを無視して話をまとめて、ラースが賛同した。
結局のところ、能力者たちは力で押さえつけるに限る。そのための組織が『大罪会』だ。俺たちがすることは歯向かうものに『終わり』をもたらすことだけだ。
「はい。じゃあ、そういうことで。早速片付けよう」
俺がそう言うと、グリードが驚いたように言ってくる。
「おお!? 怠惰の旦那がやる気だな!? 珍しいことだな!」
「ほんとうね。どういう風の吹きまわしかしら?」
ラストは懐疑的な目を俺に向けてきた。
「実は、この会議の前からこのことを知ってたんだよ」
「どういうことじゃ? もしやおぬし反逆者を放置しておったのか?」
ラースがすごい形相で俺を見てくる。子供の顔には見えない。
「いや、知ったのは会議の始まる少し前だ。会議が面倒だったから一人で終わらせようか考えてたらプライドが会議の開催を要請してきたんだよ」
ここでラースを怒らせるのは良案ではない。責めるような視線をプライドに向けながら俺は言い訳を続ける。
「今回は、相手が相手だからな。参加の中でもかなりの規模の組織だ。それを『大罪会』で潰せば『天使会』が出てくるかもしれない。慎重になる必要がある。」
「『天使会』。ホシイィ」
エンヴィーが眼を血走らせながら呻く。
「なるほどのう。おぬしの考えはわかったわい。結局は面倒なのが嫌なのじゃろう?」
「ああ、俺は怠惰だぞ?」
ラースは納得した様子で怒りを収めてくれた。
『天使会』は『大罪会』とついになる組織ではあるが、力では『大罪会』の方が上である。ただ、『天使会』は七美徳の天使が頂点になるため、奴らの一部がうるさいのだ。特に『正義』のミカエルは何かと俺たちに突っかかってくる。
「旦那ー。ならこの機会に『天使会』も潰しちまおうぜ! そうすれば世界は俺たちのものだ!!」
前は『天使会』が欲しかったみたいだったけど、今のグリードは世界が欲しいらしい。グリードの物欲は日によって向く方向が変わる。ただ、今回は失言だろう。
「潰す? 『天使会』を? 『天使会』はボクのものだよぉ!!」
エンヴィーが目を血走らせながらグリードに食って掛かる。エンヴィーが円卓を両手で叩いて立ち上がる。
「あぁ? じゃあ、『天使会』はおまえにやるよ」
「そう? ならいい」
こいつら二人は欲しいものが被らないときは仲がいい。いつもこうであってもらいたい。
「決まったなら早くいきましょう。この前のお仕置きの時の玩具がもう壊れそうなのよね」
ラストも乗り気なようだ。
「じゃあ、決を採るぞ。その……、なんとかっていう組織に制裁を加えることに賛成の人は挙手」
俺を含めて六人の手が上がる。上がってないのはプライドの手だ。
「じゃあ、今回はプライドが不参加ってことで。参加する奴らでさっさと終わらせてしまおう。一時間後にまたここに集合だ。それまでに準備しておいてくれ」
俺はそう言って浮かび上がる。外出の準備をしなければならない。『大罪会』のメンバーとして、外出の際にはいろいろと身支度をする必要があるのだ。
俺が自室に戻ろうとすると前回同様衝撃波が飛んでくる。
「俺様の言葉を無視するな!」
俺は無視することにする。
付き人が自室の扉を開けたのを見て俺は自室に入った。
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大罪会議から一時間弱、俺の身支度も終わっていた。
今俺が来ているのは付き人が用意した『大罪会』のトップとしての正装だ。
エポレットの付いたシンプルな黒のロングコート。下品にならない程度に華美に、しかし、どこか抑え目な印象を与えるように細部に金糸でいろいろと刺繍が施されている。一般人でこれを着ている人がいたらどこの王子様だろうと思うに違いない。中には白のワイシャツに黒いスラックスを着ている。最後に黒革の手袋をする。普段はボサボサでだらしない髪も付き人たちに整えられオールバックになっている。
恰好はかっこいいが俺の無気力な顔が台無しにしている。
「アケディア様、終わりました」
「そっか。時間は?」
「後、五分ほどあります」
「じゃあ、お茶」
準備の終わった俺はお茶を飲んで時間を潰すことにする。
お茶を飲んで時間を潰していた俺に付き人が声をかける。
「アケディア様、お時間です」
「そう。じゃあ、行ってくる」
俺は立ち上がり、門に向かって歩き出す。
いつものように付き人が扉を開けてから、言った。
「アケディア様、行ってらっしゃいませ」
自室を出て、後ろを振り向くと付き人たちが深々とお辞儀しているのが見えた。
俺は、前を向き直し、六人が待つ円卓の中心に歩いていく。
「『大罪会』に仇なすものに裁きの鉄槌を」
俺は小さく呟いた。
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