第1話【大罪会議】

 俺の名前はなんだろう。

 俺は今年二十歳だったはずだ。ガキの頃からの友人と浴びるように酒を飲む約束をしたらしい。

 

 あの日、俺はすべてを失い、代わりに力を得た。

 俺が望んだのだろうか。その時の記憶はすでに俺の海馬にない。それすらも対価にしたのだ。この強大な力を得るために。

 

 

 

-------

 

 

 

 「アケディア様、お時間です」

 「そうか。今行く」

 

 俺の付き人が言った、名前は知らない。聞いてもどうせ覚えられない。俺の力によって忘れることになる。俺が心から知りたいと思ったもの以外は忘れてしまう。興味のないものを覚えるのは面倒くさい。

 

 俺は移動する。座り心地最高なプレジデントチェアに座ったまま宙に浮かんでふわふわと移動する。

 

 俺の部屋は広い。扇形の部屋で扇の弧の部分はすべて窓ガラスでできている。そこからの眺めは最高だ。ここは富士山が下に見えるぐらい見晴らしがいい。この建物よりも高い建物はこの世界に存在しない。建てることはできるだろうが、この塔を超えた時点で誰かさんに壊されるだろう。

 

 俺は大きな窓とその下にある俺の大きなベッドを背に目の前にあった執務用の机の上を通り、扇の頂点に存在する大きな扉の前に行く。

 この扉はいつ見ても場違いだと思う。豪華絢爛、いや、荘厳といえばいいのだろうか。至る所に彫刻が施されている。見るものによっては異界につながる門のように見えるかもしれない。

 付き人が二人がかりでこの大きすぎる扉を開ける。この光景を見て毎回思う。よく二人で開けられるな、と。

 

 扉が開き、扉の向こう側が見えてくる。

 扉の先には大きな円卓が見える。円卓にある椅子は六つ。俺の前にはない。なぜなら、今俺が座っている椅子がもともとここに在ったものだから。

 

 扉をくぐる。大理石でできた床と壁、そして、重厚な木製の円卓。円卓の中心には巨大な蛇を模した円環が浮かんでいて、部屋全体が神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

 俺は円卓の前に着地し、そこに座る奴らに目を向ける。ある者は欲の籠った目を俺に向け今にでも俺を喰らおうとしている。ある者は嘲りの籠った目を俺に向け今にでも俺に苦言を呈そうとしている。

 ここにいる六人は皆似た者同士だ。自身の思ったことをそのまま行い、その結果、他者に悪影響が出ようが関係ないと、胸を張って言う奴らだ。

 

 俺はこいつ等の意思の籠った目を無視して、話し始める。

 

 「では、第三回『大罪会議』を始める。議長は俺。じゃあ、議題のある奴は手を上げろ」

 

 大罪会議の議長。それが俺に与えられた力によって、強制的に責務となった役職。

 俺の本心を無視して今日も会議は紛糾する。

 

 

 

-------

 

 

 

 「俺様の管轄内で、『大罪会』を見限り、『天使会』に寝返ろうとしているものたちがいる。即座に始末するべきだ!」

 

 そう言ったのは、『プライド』だ。容姿としては、二十代で元イギリス人。金髪碧眼で整った容姿にモデル体型の長身。彼が街を歩いていれば、世の女性は彼を放っておかないだろう。彼は、国を率いるものが持っていそうなカリスマと、何処から湧くのかわからない自信を持っている。そんな、傲慢の名を持つ彼は、髪を逆立たせて熱弁している。

 

 世間では、俺たち七大罪の名を持つ者たちのことを『大罪会』、七美徳として天使の名前を持つ者たちを『天使会』と呼んでいるらしい

 

 「めんどくさい」

 

 俺は言う。確かに言ったのだ。

 

 「へぇ~。私たちを見限ろうなんて奴らがいるのねぇ~。お仕置きしないとねぇ」

 

 色気たっぷりでそう言ったの奴の名は『ラスト』だ。スタイル抜群の色気魔人だ。彼女の欲求はすべて性欲に向く。相手の欲求に合わせて容姿が変わるという既に人間と言っていいのか分からない奴だ。この塔にいるときは基本的に黒髪黒目で髪を長く伸ばした美人でいる事が多い。

 

 「赦せんな!」

 

 声を荒げて怒鳴るのは『ラース』。威厳を漂わせる言葉を使うがその姿は子供だ。まだランドセルの似合う彼が一度怒れば当分鎮まることはない。延々と何かに怒っている。ただ、怒らないということがないわけでもない。当たり前だが自身にとってどうでもいいことには当然怒らない。赤毛を短く切りそろえている少年は全身で怒りを表す。

 

 「いいなー。『天使会』の人たちいいなー」

 

 平然と言っているようで、その眼に隠し切れない嫉妬が宿っているのは『エンヴィー』。こいつはとにかく人のものを欲しがる。物に限らず、感情といった物質でないものも他人のものであればすべて欲しがる。あの眼さえ見なければ美少女だ。髪は黒よりの茶系。髪はただ長くボサボサで茶色い眼も深く濁っている。その濁った瞳の下にある深い隈も相まって不気味な様相になっている。まるでお化けだ。

 

 「そいつら美味しいの?」

 

 よだれを垂らしながら言ったのは『グラトニー』。こいつはなんでも食べるがとりあえず口の中に何か入れておけばおとなしくなる奴だ。どれだけ食べてもボーイッシュでスレンダーな体付きの少女のまま姿は変わらないのは権能のおかげだろう。

 

 「『天使会』ごと手に入れればいいんだ! 早く行くぞ! お前らの取り分はないがな!」

 

 そう言うのは『グリード』だ。こいつもなんでも欲しがるが、エンヴィーと違って、自分の物になった物が他者の目に触れることすら嫌がる。自分の物を他者に盗られるのを何よりも嫌う。どこかのマフィアにいそうなワイルド系お兄さんだ。

 

 そして、最後が俺。このメンツだと発言しても無視されることが多い。俺の持つ名は『アケディア』。無気力の塊だと自負している。必要のないことは覚えることすらしない。適当に揃えられた黒髪にやる気のない黒目、無個性な印象を持たせる顔つきに中肉中背である。

 

 これが俺たち『大罪会』のメンバーだ。皆自身の欲求に素直な異常者の集まりだ。

 そんな奴らが『大罪会』の一員として活動している理由は一つ。そうすることが能力を保有する条件であり、そうしなければ命を取られるから。ただそれだけだ。能力を放棄することは死につながる。

 

 故に、俺は役目を全うする。たとえ嫌な予感がしていたとしても全うしなければならないのだ。

 

 「では、決を採る。プライドに賛成の者は挙手」

 

 俺の予感はよく当たる。ほら。今も俺以外のメンツは全員手を挙げている。裏切り者なんて適当に気づいた人が始末しておいてくれればいいのに。

 

 「じゃあ、その裏切り者は始末する方向で。参加は任意。取り分は各自で話し合ってください」

 

 俺は、彼らに後の事を投げる。これで俺の役割は終わりだ。俺はまとめ役でしかない。

 

 「よし。じゃあ、大罪会議をおわr……」

 「待て! お前も参加しろ!」

 

 来た。俺が話しているときにプライドがかぶせてきた。まあ、いつものことだ。プライドは続ける。

 

 「この件は全員で事に当たる! これは命令だ!」

 

 ほんと傲慢。大罪会議において七名全員が対等な存在なのは決まっていることだ。

 

 「俺は参加しない。めんどくさいもん」

 「却下だ。お前、もしや俺様の命令が聞けないなどと戯言を吐きはしないよな」

 「聞こえなかったの? 俺は参加しない」

 

 尚も言い募るプライドを無視して俺は椅子ごと浮き、自室に戻ろうとする。傲慢さんとはいつもこんな感じだ。というか、始めて会ったときからずっとだ。

 

 「待て! 待てと言っている!!」

 

 彼の怒鳴り声は次第に力を持ち始め、ついには衝撃波を生み出していた。ここにいるメンツには一切問題がないが、能力を持たない人間であれば体が爆散して即死しているだろう。

 

 「痛いのう。儂に喧嘩売っておるのか? 小僧」

 

 ラースが参加してきた。子供の恰好で凄むラース。

 

 「喧嘩を売る? 俺様がなぜお前たちに喧嘩を売らねばならない。俺様の言葉は絶対だ。お前らは俺様に従っているばいいのだ!」

 

 俺はため息を漏らす。ここら辺はすでに恒例行事になりつつある。この後、一人ずつ参加していき最後にみんなで喧嘩して解散になる。過去二回はそうだった。今回は巻き添えを喰らう前にさっさと退散することにする。

 

 俺は再び浮き上がり、門に向かう。

 

 「待てぇええ! アケディアァァァアアア!!」

 

 プライドが人のものとは思えない絶叫を上げて俺に衝撃波を放ってくる。今度のは多少痛みを感じるレベルの衝撃波だ。だがそれが俺に届くことはない。

 

 「うるさい」

 

 俺は自身の力を込めて発言する。すると衝撃波が消えるだけでなく、この円卓の間に存在したすべての音が消えた。

 

 「俺は参加しない。あとはご自由に」

 

 俺はそう言って自室へと入った。門は付き人が開けてくれた。

 

 「疲れた」

 

 自室に戻った俺は、自身に『怠惰』の能力を使い、身をキレイにしてからベッドに入る。眠りに就こうと眼を閉じるが、門の向こうから聞こえてくる爆音や轟音で眠るどころではない。俺は仕方なく力を使う。

 

 「音よ。静まれ」

 

 この部屋に存在する音はすべて消える。俺はそれに満足し、今度こそ眠りに就いた。

 

 

 

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