第5話【集合】


 「こちらです」


 俺は付き人たちの誘導に従って空を飛んでいる。すでに体感で十分近く飛んでいる気がする。

 

 「まだなの?」

 

 空の旅にも飽き始めていた俺は口を尖らせて付き人にそう言った。

 

 「もうすぐのはずです。――あそこです」

 

 付き人が一軒の家を腕で差した。示された家は鉄骨住宅の一戸建てみたいだ。屋根の瓦が所々剥げている。よく見れば窓も割れていてコンクリートにもひびが入っているみたいだ。

 俺は建物ばかりに目が行っていたが、よく見るとその一戸建ての前に一人の女性と二人の子供がいた。少年が二人のようだ。

 俺は付き人の方を向き、目で確認を取る。すると、付き人が言った。

 

 「今、私たちから見て右にいる子供が『憤怒』の力を持つ者です」

 

 俺は付き人の言う子供を見る。すると、その少年も俺の方を見ていた。その顔には驚きの色が浮かんでいた。

 他人と三人でいる事から察するに、まだ力が覚醒していないのだろうか。それとも、覚醒していながらも三人で行動しているのだろうか。俺と同じであれば記憶を失っているはずだ。以前の知り合いであろうともなれ合う必要はないだろうから、他者と行動を共にする理由があるのかもしれない。俺は様子を見ることにした。もしも『憤怒』として覚醒しているのであれば、なんらかのアクションがあるはずだ。

 俺は宙に浮きながら様子を見る。数秒の間、待っていたのだが動きがない。というか、動けないようだ。『憤怒』の力を持つ少年は俺の方を見ながら固まっていた。覚醒していないのかな。最初に顔に浮かべていた驚愕の色はすでになく、今では恐怖の色が滲み出ていた。

 俺は様子見をやめ、少年の前に降りる。

 

 いきなり現れた空を飛ぶ俺に驚いていた少年は、自身の前に降りてきた俺に対してさらに驚き後ろに後ずさる。俺が下り立つときに発生した風と音、そして、少年の動きで、俺とその後ろを飛ぶ付き人の存在に気づいた『憤怒』の力を持つ少年ではない方の子供が声を上げる。

 

 「ママ! なんか来た!」

 

 子供の恐怖の乗った鬼気迫る声を聞いて、俺の方を見た女性は子供二人を後ろに庇い、自身の腕をめいいっぱい伸ばして俺から守ろうという意思を見せる。

 俺は、その女の前に降り立ち言う。

 

 「『憤怒』の力を持つ少年。迎えに来た」

 

 俺は決死の決意を胸に子供を庇おうとする女性を無視して少年に声を掛ける。もう一人の力ない子供なんかは女性の背後にピッタリとくっついて体を震わしている。俺が怖いのだろうか。

 

 「な、なにを言ってるんですか! この子たちから離れてください!」

 

 女がなにやら喚いているが無視する。

 

 「聞こえているのだろう。おまえだ、おまえ」

 

 俺は『憤怒』の力を持つらしい少年を指さす。やっぱり目覚めてないみたいだ。目覚めていない能力者をどうやって見つけたんだろうか。俺は付き人に確認した。

 

 「本当にこの子供が『憤怒』の持ち主なのか?」

 「はい。間違いありません」

 「百パーセント?」

 「百パーセント」

 

 自信満々な付き人を見てみるが、やはり間違いはないみたいだ。

 面倒なことになってきた。こうなれば、無理やり連れて行ってしまおう。俺は少年の腕をつかみ空に飛び立とうとする。すると、女性が俺に対して抱き着き二人の子供を逃がそうとし始めた。

 

 「私が囮になるから二人は逃げなさい!!」

 

 俺に抱き着いてそう言う女性を見て、二人の子供は混乱している。まあ、いきなり言われても無理だろう。子供に正確な判断なんて要求するものじゃない。

 

 「嫌だよぉ! 一緒に逃げようよぉ!」

 

 ほら。現に力ない子供は女の服の背を引っ張っている。俺はその寸劇のような光景を冷めた目で見ていた。全然面白くないのだ。退屈過ぎて欠伸が出る。『怠惰』の力を持つ俺にやらせる仕事じゃないだろう、と冷めた頭で改めて考えていると進展があったようだ。

 

 「やめろ! 母さんをはなせぇぇえぇ!」

 

 少年が女性の前にいる俺に向かって殴りかかってきた。

 

 「ああ! やめなさい! タケル!」

 

 俺は殴りかかるというより突進してきたといった方がいいような勢いでこちらに向かってくる少年の腕を掴みあげる。

 

 「イタッ!」

 「やめてぇ!!」

 

 女性が俺の方に腕を伸ばしてくるが俺は少年の腕を掴んだまま飛び上がろうとする。『憤怒』の力を持つ者の回収は終わったのだからここに用はない。ここにいる必要はない。俺が飛び上がる瞬間、俺のすぐ隣から強烈な衝撃波が放たれた。

 

 「ハァァァァァアアァァナアアアアァァアセェェェェエッェエエェッェエエッェ!!!!!」

 

 大地を揺らすかのような叫び声。咆哮といってもいいかもしれない。放たれた衝撃波は俺だけでなく後ろにいた付き人や俺の前にいた女性と子供にも襲い掛かる。俺は咄嗟に『怠惰』の力を使った。衝撃波を抑えつける。放たれた衝撃波の兆候だけが残り周囲につむじ風のように吹き荒れるだけで治まった。

 俺は咄嗟に『怠惰』の力を使って『憤怒』の少年を眠らせる。もしも少年が『憤怒』の力を完全に覚醒させていれば簡単に眠るようなことはないのだが、少年はすぐに眠りに就く。俺は眠りに就いた少年を付き人の方に投げ渡す。

 

 「持ってろ」

 

 付き人が少年を受け取ると、いつの間にか現れた別の付き人が少年を受け取ってどこかに消えた。

 

 俺は少年と一緒にいた女性と子供に言う。

 

 「こいつは預かる、いいな」

 

 そう言われた女性の顔には恐怖の色がありありと見て取れた。少年と彼女たちの関係はわからないが、下の名前を呼んでいたことから親しい仲であることは見て取れた。だが、女性が少年に対して向けたその表情はなにか化け物を目撃したかのようなものになっていた。

 俺の言葉にわずかに頷いた女性を見て俺は飛び上がる。今度は邪魔が入ることがなくそのまま飛び立つことができた。

 

 「次は?」

 

 俺は付き人に次の大罪メンバーについて聞いた。

 

 「はい。次は――」

 

 俺は次の目的地に向かった。

 

 

 

-------

 

 

 

 『憤怒』から始まって、残りは『傲慢』だけになった。

 俺は最後の目的地に向かって飛んでいた。これまで五人の回収が終わって覚醒していたのは『色欲』と『暴食』。俺が確保に行って覚醒しかけたのは『憤怒』だけだった。『嫉妬』と『強欲』は覚醒の兆しすら見せなかった。

 今俺がいるのは海の上。どこの海かはわからない。既に何回か海を渡っているので日本の場所すらもうわからない。俺は付き人に付いて行く。

 

 数分の間、飛んでいると陸が見えてきた。大陸の上空を飛ぶことさらに数十分。長い時間の空の旅を終え、ようやく目的地にたどり着いたようだ。

 

 「ここら辺のはずです」

 「ここら辺? 詳しい場所は?」

 「申し訳ございません。どうやら『傲慢』の力で私達の干渉を阻害しているようです」

 「干渉を阻害?」

 

 付き人は困り顔でそう言った。困り顔なんてできたのか。

 

 「はい。完全に覚醒しているみたいです」

 「本当に?」

 「はい」

 

 俺は用心をすることにした。なんとなく嫌な予感がする。『色欲』と『暴食』は覚醒してはいたが俺と争うようなことはなかった。両方とも自身の役割については認識していたからだ。だが『傲慢』の力を使って俺の付き人からの干渉を絶っているということは役割を放棄しようとしているのかもしれない。まあ、真っ当な人間であればそれを理解して俺に着いてくるのだろうけど。さて、『傲慢』の持ち主はどうだろうか。

 

 「ここら一帯の内にいるんだよな?」

 「そのはずです」

 「そう」

 

 俺は『怠惰』の力を解放する。ここら一帯に発生しているすべての能力を消すためだ。ここら一帯程度の範囲であれば『怠惰』の能力圏内だ。俺の力の発動と共に鳴り響いていた破壊音が消えていき、空を飛んでいた奴らも落ちていった。自身の使った能力の確認をした俺は付き人に指示を出した。

 

 「もう一度探せ」

 「かしこまりました」

 

 俺は上空で浮かびながら待つことにする。数分あれば付き人が情報を持ってくるだろう。俺が浮かびながら待っていると睡魔が襲ってきた。頑張って起きていようとするが俺は宙に浮いたまま寝てしまった。

 

 ふよふよと浮きながら眠る俺に対して衝撃波が放たれてきた。『憤怒』の放った衝撃波とは比べ物にならないほどの強烈な攻撃だ。俺は無意識のうちに防衛行動に移る。『怠惰』の力を使って衝撃波が無効化されたようだ。俺は無意識に衝撃波を無効化した後に自身が攻撃されたことに気づいた。

 

 「??」

 

 俺はいきなりの事態に混乱し、すぐに落ち着いた。激しい感情が抑圧されたみたいだ。大きすぎる『怠惰』の力をまだ制御しきれていないみたいだ。完全に制御できていれば感情が抑圧されはしないはずだ。まあ、これはこれでいいのだが。

 

 俺は落ち着いた脳で何が起こったのかを確認しようとすると、また衝撃波が放たれてきた。俺は冷静に衝撃波を無効化する。衝撃波が通った後から攻撃の発生源を探る。『怠惰』の力でここら一帯に存在する能力者はもう力を使えないようになっているはずだ。となれば、この衝撃波の主は一人しかいない。

 

 「『傲慢』か」

 

 俺は周囲を見渡して『傲慢』の持ち主を探した。上空から見た限りでは見つからない。俺の能力に感知系の力はない。俺は近くに飛んできた付き人を見た。

 

 「見つかった?」

 「はい。あの塔の上です」

 

 付き人は俺の真正面にある塔の頂点を指さした。俺が指差された先を見上げてみると人型の影が薄っすらと見えた。

 俺は『傲慢』の持ち主の正面まで飛んでいく。その最中にも地上から衝撃波が続けざまに放たれている。『傲慢』の力なんだろうか。そのすべてを『怠惰』で無効化していく。

 

 少し飛んでいるとようやく『傲慢』の持ち主の容姿が見えるようになった。目を血走らせた金髪の男だ。

 俺はさらに近づいて容姿を見極める。日本人ではないみたいだ。白人だ。

 

 俺が話しかけようと口を開くと『傲慢』の持ち主は俺の言葉にかぶせるように声を上げる。

 

 「図が高い! 降りてこい!」

 

 俺は今『傲慢』の持ち主が建っている塔の頂上より高い位置を飛んでいる。だからこその言葉だろう。俺は無視をする。無駄な事をする気はない。

 

 「お前が『傲慢』の持ち主だな? お前が最後だ。着いて来い」

 

 俺はそれだけ言って、『傲慢』の持ち主である外国人らしき男に背を向けた。俺の後ろに飛んでいる付き人に他の七大罪を置いてきた場所への道案内をさせるように言おうとして後ろから風を受ける。

 

 「降りてこいと言っているだろうが!!」

 

 俺が『傲慢』の持ち主を見てみると顔を赤くして激高していた。後ろを見るとめっちゃ怒っている外国人の男性が現れたのだ。なにに怒っているのかわからない俺は、丁寧に言い直した。

 

 「他の七大罪は別の場所に集まっている。役割を果たせ」

 

 

 ――七大罪の役割――

 

 

 これは大罪の力に覚醒した者のすべてが無意識の内に自覚すると付き人に聞いている。だから、この男がそれを知らないということはない。だからこそ、この男の行動は大きな意味を持つ可能性がある。

 

 「役割だと? そんなもの、果たしているではないか。こうやって支配しているのが見えんのか?」

 

 『傲慢』の持ち主である男がそんなことを言ってきた。『傲慢』の能力は支配に関係するのだろうか。

 

 「支配の前に拠点を建てる必要がある。着いて来い」

 

 俺は面倒になってきたので単直に告げた。こう言えばこの男も分かるだろう。

 

 「拠点か。ならばここに建てればいい。なぜ俺様が移動しないといけないんだ。他の奴がここに来い」

 

 『傲慢』の持ち主は頭が弱いみたいだ。ここは町の中だ。こんなところに拠点を建てれば後々面倒になるのは分かりきっている。俺たちに敵対するものが現れた時、どうするつもりなのだろうか。ここだと守りづらい。ここら一帯を更地にするのであれば別かもしれないが。

 

 「俺が既に候補地を見つけている。他の奴らも既に集まっている。おまえが最後なんだ。理解しろ。付いて来い」

 

 この男とのやり取りが面倒になった俺は最後にそれだけ言って飛び上がる。

 

 「俺に指図するな!! 俺の言うことが聞けn」

 

 尚も言い募ろうとする外国人を俺は『怠惰』の力で眠らせた。この調子で延々と喚き続けられのは勘弁だ。

 後で面倒くさくなるかもしれないけど、今、面倒くさいよりはいいだろう。その時また考えればいい。

 

 「持ってこい」

 

 手の空いた付き人にそれだけ言って俺は付き人の案内で拠点候補地の方向に飛行した。

 

 

 

 

 

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