第7話【日常】
『Money talks』を潰してから一週間。今日も俺は自室で付き人たちが作った報告書を読んでいる。あの日、俺が寝ている間にラスベグスの街はさらに破壊されたため、都市として成り立たなくなってしまった。今ではラストとグリードが二人で新しく街を作るという名目で好き勝手やっているみたいだ。
報告書の内容は以前とあまり変わらない。傘下の組織の現状や『大罪会』の現状。国際情勢や各国で起きている能力者たちの争いについて。変わり映えのしない報告を今日も読んでいる。
『あの日』から半年、変容した世界に慣れ始めていた社会は、改めて現状を知ることになった。社会が、俺たち『大罪会』を頂点とした『能力』主義社会に変化していることを知らなかった一般人は驚き、気づいていた一部の知識人は恐怖した。
俺たちが『あの日』行ったことは世界征服にといっても間違いではないのだ。世界の急激な変化を収めた事には間違いない。それでも、変化を止めたわけではないのだ。
この社会はそのことを知っても引き返せないところまで既に進んでいる。色々と暗躍しようとしている国や組織もあるようだが意味のないことだ。まあ、勝手に踊っていてくれればこちらも楽である。
俺は意味のない思考遊びをしながらも報告書を読んでいく。集中して報告書を読むのも疲れる。それに、怠惰な俺でも暇は感じるのだ。そう言った暇を潰すのに一番いいのが思考だ。体を動かす必要もなく考えたことも忘れてしまえば後に残らない。楽でいい。
-------
報告書を読み終えた俺は、いつものようにベッドに倒れこむ。
今日の仕事は終了したのだ。もうすることはない。
寝ることを決めた俺の体は寝るための行動を始める。次第に体が重くなっていく感覚が全身にいきわたり、意識が落ちていく。
一番心地よいその瞬間を、見計らったかのように付き人の一人が部屋に入ってきた。
「アケディア様、報告があります」
聞きたくない俺は寝ている振りをする。鼻を鳴らしていびきの真似をする。たまに息が詰まるのがポイントだ。
「グー、ガー、グー、ガー、グッ」
「プライド様が、『大罪会議』の開催を要請しています」
俺の渾身の演技を無視して話し続ける付き人。
それにしても、また傲慢さんですか。プライドは『傲慢』故に、自身の存在や行動にはよくわからない自信を持っている。そのため、自身の役割を全うしようとするどころか他者の役割も全うしようとする。
この半年、『大罪会』のメンバー七人の中で『大罪会議』の開催を要請したのは俺とプライドの二人だけだ。たぶんだけど、他の五人は権能者としての自身の役割の中に『大罪会』の運営は入っていないのだろう。『大罪会』傘下の情報なんかは調べてすらいないと思う。現に、『大罪会議』で議題に挙がった事柄を事前に知っていたことがない。
俺は、無視を続けた。今の俺は寝ているのだ、と自身に暗示をかけて眠ろうとする。プライド一人で問題を処理すればいいのに、変なところで律儀なため、一々『大罪会議』を開こうとするのだ。
俺の狸寝入りを見た付き人は、寝ている俺の両肩を掴み俺を揺する。最初はゆっくりと揺すっていたが、全く起きようとしない俺に、段々と揺する力が増えていき、最終的には、俺は両肩を掴まれたまま、縦横無尽に宙を投げ回されていた。付き人の周囲三百六十度を不規則に振り回される。風切り音すら聞こえ始めている。すでに揺するという次元を飛び越えた行動に驚きながらも、ジェットコースターに乗ったときのような楽しさを見出し、しばらくこのままでいようと決める。
そんな俺の思考を呼んだのか、付き人はいきなり肩を放した。自身に作用していた力を失った俺の体は感性の赴くままに宙に放り出される。しかも、すごい速度でだ。
予想外の出来事に唖然とした俺は、床との衝突の際に声を出してしまう。痛い。
「いてッ……」
その声を聴いて俺が起きたと判断したのか、付き人が先ほどと同じことを一言一句違わず言ってくる。
「プライド様が、『大罪会議』の開催を要請しています」
尚も寝たふりをしようとする俺。すでにベッドの上ではないため、床独特の硬さが俺の体を支えるが、これもまた心地よいものである。ひんやりとした石の床に身を委ね、俺の意識が睡眠状態に入ろうとしたところをまたも付き人が遮る。
「プライド様が、『大罪会議』の開催を要請しています」
いい加減にしてくれ。俺は呆れながらもそのままの体制で口を開く。
「面倒。適当に解決しといて」
俺は出来ないだろうと理解しながらも付き人にそう言った。
「無理です」
即答で返される。まあ、こいつらの役目は俺の補佐でしかなく、俺の代わりにはならないのだ。俺は仕方なく体を起こ、目を開け、立ち上がる。
「で、議題はなんだって?」
俺の問いに付き人は口を開く。
「今度はある国家が反意を見せているそうです」
またかよ。最近同じような問題ばかりだ。世の中が落ち着いたのを見計らったかのようにみんな動き出す。冬眠明けの熊のようだ。面倒だ。『大罪会』に逆らうことの意味は既に分かっているだろうに。無謀なその国家に失笑する俺に付き人は補足した。
「『天使会』が動いているそうです」
「なんだって?」
俺は、驚いて聞き返してしまった。
「『天使会』が動いているそうです」
同じ言葉で繰り返す付き人を見て、本当のことだと悟る。あいつらが動いているのか。さらに面倒な事態になったことを理解した俺は、この件を傲慢さんに一任することに決める。俺はどうやって傲慢さんに一任するか作戦を立てながら、プレジデントチェアに座り込み、浮き上がる。『天使会』が動いているということは奴らが唆したんだろう。適当に叩き潰しておけばまた大人しくなる筈だ。
「会議を開く」
俺は付き人にそう言って、門の方へ宙に浮いたままふわふわと進んでいく。
半年経って安定し始めた世界は新たな動きを始めた。
どんな動きを見せても俺たち『大罪会』に影響はないだろう。だが、俺の安寧が失われていくのだ。これからのことに言い知れぬ不安を感じながら会議に挑んだ。
-------
部屋を出た俺に六つの視線が突き刺さる。
「遅いぞ! 俺様を待たせるな!」
いつも通りの傲慢さんこと、『プライド』。
「やっと来たわねぇ~」
色気たっぷりの『ラース』。
「早うせい!」
『天使会』が絡んでいるからだろうか、激しく怒る『ラース』。
「天使会ィィ」
目を血走らせておどろおどろしい雰囲気を醸し出す『エンヴィー』。
「おいしーかなー」
明るく食欲全開の『グラトニー』。
「とうとう俺のものになるときが来たな!」
今日は『天使会』が欲しいらしい『グリード』。
「はぁ」
最後に、ため息を付く俺こと『アケディア』。
色々と言われているが俺は溜息を付くだけですべて無視する。全員が円卓に座り、中央の円環が自己主張する中で、俺は言い放つ。
「『大罪会議』を始める。議長は俺。じゃあ、議題のある奴は手を上げろ」
怠惰で多端な日常は今日も続くみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます