Act.3

 結局、私は最後まで上村とふたりで過ごした。


 一緒に来た友紀と友紀の彼氏は、あれから姿を完全に眩ませてしまった。

 携帯に電話を入れても出ないし、人混みを掻き分けて探すのも一苦労なので、九時を回った頃、私達はふたりだけで神社をあとにした。


「疲れた?」


 帰る道すがら、上村に問われた私は、「少しね」と口元に笑みを浮かべた。


「けど、楽しかったよ。上村君とはロクに話したこともなかったし、これからも、〈ただのクラスメイト〉で終わっちゃってたかもしれないのに、まさか一緒にお祭りを見て回ることになるなんてね」


 そこまで言うと、上村は突然、ピタリと足を止めた。


 私は不思議に思いながら、上村に視線を向けた。


「――斎木」


 少しの間を置いて、上村が口を開いた。


「俺、斎木のこと、〈ただのクラスメイト〉だなんて思っちゃいねえよ」


 上村の言葉に、私は瞬きするのも忘れて目を見開いた。


 上村は続けた。


「斎木は全然気付いてなかったみてえだけど、俺はずっと、斎木を見てた。同じクラスになった高二の時からずっと……。

 けど、斎木に接触するチャンスは全くないし、このまま、卒業を待つしかねえかと思っていたら、あいつらが、斎木と仲良くなるきっかけを作ってやる、って。――あいつらは、どうやら俺が斎木が好きだってことに勘付いてたらしいから……」


 私は何も言えなかった。


 今日のことは、友紀達が予め計画を立てていた。

 それは分かった。

 別に怒りも湧かない。

 けれども、〈ただのクラスメイト〉だった上村からの告白には、喜びよりも戸惑いを覚えた。


 ――どうしたらいい……?


 自分の中の自分に問うも、答えなど出るはずもない。


「――ごめん……」


 上村から、謝罪の言葉が出た。


「斎木のこと、騙すような真似をしちまった……。けど、これだけははっきり言っとく。――俺は、本気だから……」


 そこまで言うと、上村は、私から視線を逸らし、再び歩き出した。


 その後ろを、私は少しばかり距離を置きながら着いて行く。


 前を歩く上村の背中を見つめながら、私はふと、屋台の兄ちゃんが言っていた台詞を想い出した。



『彼女にいいトコ見せてやんな』



 あれを聴いた上村は、いったいどんな気持ちだったんだろう。

 いや、もしかしたら、本当にヨーヨー釣りに集中していて聴いてなかったかもしれないけれど。


 ――上村と、私が……


 私は右手の中指に通していたヨーヨーを、そっと手の平に包みながら見つめた。


 水のように透き通る風船。

 わずかに見えるのは、中に入っている水のみ。

 薄い膜で出来たそれでは、占い師の水晶のようにこれからの未来など簡単に透視出来るわけがない。


「もう少しだけ、時間をちょうだい」


 自分にも聴き取れないほどの声で囁くと、水風船を握ったまま手を下ろした。


[水風船-End]

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水風船 雪原歌乃 @yukisong

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