Act.2

 軒を連ねて並ぶお祭りの屋台は、なかなか壮観だ。

 かと言って、ただ見るだけでは面白くないから、途中で手頃な食べ物を買って、食べながらまた歩く。

 これこそ、お祭りの醍醐味だと思う。


 けれども、今回はどうも、楽しむどころか気を遣う。


 上村はクラスメイトだし、何度か話はしたことがあるものの、親しい間柄かと言われれば、決してそうでもない。

 話すといっても、本当に当たり障りのない挨拶とか、先生からの頼まれごとを伝える程度だ。


 案の定、私と上村との間には、周りの明るい雰囲気とは対照的に気まずい空気が漂っている。


 ――帰りたい……


 隣の上村に、聴こえるか聴こえないかといった、小さい溜め息を吐いた時だった。


「つまんない?」


 今まで、ほとんど声を発しなかった上村が、初めて私に話しかけてきた。


 私は弾かれたように上村を見る。

 ほんの少し、淋しげな表情に映ったのは気のせいだろうか。


「上村君こそ、私が相手じゃつまんないんじゃない?」


 これでははっきりと、上村の先ほどの言葉を肯定しているようなものだ。

 口に出してしまってから気付いたけど、今さら引っ込めることなど出来るわけもなく、必死で平静を装いながら上村を覗った。


 そんな私に、上村は困ったように苦笑いを浮かべた。


「俺は別につまんなくなんかねえよ。てか、退屈だと思ってたら、あいつらがいなくなった時点でとっくに帰ってるし。――けど、斎木さいきが帰りたいってんなら……」


 そう言われると、簡単に、『帰りたい』などと言えなくなってしまう。


 私はしばらく考えていたけれど、そんなことをしていても埒が明かないと思い直し、「帰らないよ」と答えた。


「せっかくお祭りに来たんだから、出店ぐらいは回って歩きたい。――浴衣だって着てきたのに……」


 私の言葉に、上村は、フッと柔らかく笑んだ。


「じゃあ、一緒に回る?」


 そう問われて、まさか、『NO』なんて答えられるわけがない。


 私が黙って頷くと、先ほどよりもさらに上村から満面の笑みが零れた。


 ◆◇◆◇


 人混みを掻き分けつつ、私と上村は一軒ずつ出店を見て回った。


 その中でも、やっぱり食べ物の匂いは魅惑的だった。

 お腹が空いていたのもあり、買っては食べ、買っては食べ、を飽きることなく繰り返す。


 あれから上村もよく喋ってくれたので、緊張も解け、一緒に過ごす時間が楽しくなっていた。


 そんな時、私はふと、あるひとつの出店に目が留まった。


「ヨーヨー釣りだ」


 ポツリと零した私の言葉に、上村も反応する。


 私達の目に飛び込んだのは、ゴムの付いた小さな風船が水に浮かんでいる光景。

 そこでは、小学生ぐらいの子達が群がり、プラスチックと紙で出来た簡素な釣り針を使って、それらを釣り上げようと真剣になっている。


「やりてえの?」


 上村の問いに、私は「さあ」と首を捻った。


「何となく気になるけど、凄いやりたいわけでもないし」


「何だそりゃ」


 上村の突っ込みはもっともだと思う。

 言ってる張本人が、どっちなんだよ、と突っ込みを入れたい気持ちなのだから。


「ああっ!」


 突然、ヨーヨー釣りをしていたうちのひとりが大声を上げた。


「んだよお……! せっかく二個取れそうだったのに……」


 ブツクサとぼやいている男の子に、屋台の兄ちゃんが、「残念」と歯を見せて笑う。


「まあでも、一個は釣れたんだし」


「そうだけどさあ……」


 男の子は、まだ不満を言いたそうにしていたけれど、結局は諦めたらしく、唯一釣れたヨーヨーを手に、黙ってその場から立ち去った。


「やるか」


 男の子が完全に見えなくなってから、上村は屋台まで行き、兄ちゃんに、「一回」と言って百円玉を渡していた。


「はいよ」


 兄ちゃんは、お金と引き換えに、プラスチックの釣り針を上村に渡す。


 それを受け取った上村は、水槽の前にしゃがみ、子供達に雑ざってヨーヨー釣りを始める。

 その顔は真剣で、傍から見ると少し怖いような気がした。


「彼女にいいトコ見せてやんな」


 兄ちゃんの言葉に、私の心臓はドキリと跳ね上がった。

 完全に誤解されている。


 一方、上村の神経は、完全にヨーヨーに行っている。

 狙いを定め、輪になったゴムに釣り針を引っかける。


 思いのほか、簡単に釣り上げられた。


 青よりも水のように淡い色のそれにはカラフルな彩色が施され、見た目もとても可愛らしい。


「釣れたね」


 横から顔を出して私が言うと、上村は、「まだまだだ」と再び水槽に釣り針を入れる。

 が、二度目は水分を吸った紙が重さに耐えられなくなったのか、あっけなくプツリとちぎれてしまった。


「惜しかったねえ」


 先ほどの男の子に見せたのと同じ笑顔を向ける兄ちゃん。


 上村はそれを忌々しげに睨んでいたが、やっぱり、男の子同様、何も言わずに立ち上がった。


「ま、しゃあねえか」


 屋台を離れてから上村はポツリと呟くと、手に持っていたヨーヨーを私に差し出してきた。


 一瞬、何がしたいのか理解出来なかった。


「やるよ。俺よりも、斎木が持ってる方が自然だろ?」


 私が返事をする間もなく、上村はそれを私の手に載せた。


 水がほんの少し入っているヨーヨーは、空気だけの風船よりも重みを感じる。


「――ありがと」


 礼を言うと、上村はまた、ニッコリと私に微笑んだ。

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