14  新たな生命

 ゼムナリア信者は、たとえ貴族であっても、信者と知られれば処刑される。

 現に、セムロス伯ディーリンはエルナス公ゼルファナスをゼムナリア信者として訴え、それが直接の原因となって今回の反乱をゼルファナスは起こしたのだ。

 ディーリンにしてみれば、「ゼルファナスがゼムナリア信者である」というのは、一種の政治的方便に過ぎなかっただろう。

 だが、期せずしてディーリンは、真実をついていたのではないか。

 つまり……エルナス公ゼルファナスは、ソラリス神の血、黄金の血をひいているにも関わらず……死の女神、ゼムナリアの信者ではないのか。

 体に震えが走ってきた。

 これは、まだ誰にも言っていない。言えるわけがない。「エルナス公がゼムナリア信者であると噂を流す」ことと「エルナス公がゼムナリア信者であるのを事実として認める」ことは、まったくの別問題なのである。

 もし、ゼルファナスがゼムナリア信者であれば……だが、彼の一見、不可解に思える行動はすべて理屈が通るのである。

 たとえば、なぜナイアス候の救援にむかわず、セヴァスティスにナイアスの民を虐殺させたか。

 さらになぜ、あるいは民や諸侯の反感を買うかを承知で、セムロスの民を殺戮したのか。

 答えは……あまりにも単純だ。

 それは、ゼルファナスがゼムナリア信者であるとすれば、つまり「神に人々の大量の死という生け贄を捧げた」だけの話になる。

 戦争は、ある意味では、ゼムナリアにとっては最高の「祭り」でもある。

 戦争では大量の人間が死ぬ。もしゼムナリアが多くの死者を望むのであれば、国がまっぷたつに分かれるような大きな内戦こそが最適ではないか。

 つまり、エルナス公が求めているのは、実のところそれではないのか。

 むろん、ゼルファナスは最終的には勝つつもりだろう。だが、その前に、出来うる限り多くの死者をゼムナリアに捧げることが目的だとしたら……?

 いや、ゼムナリア信者は、本当にゼルファナスだけなのか?

 たとえば、ナイアスでおよそ不必要に思える大虐殺を引き起こした「味方」、つまりはネヴィオン西方鎮撫将軍セヴァスティスも、ゼムナリア信者だとしたら……?

 つまり今度の戦は、ゼムナリア信者同士が戦っているのだ。いや、戦っているよりは……。


「まさか、わざと互いに大量の死者を捧げられるように……」


 心臓を黒い氷の手で掴まれたような気がした。

 だとすれば、セヴァスティスとゼルファナスの戦では、とてつもない数の人間が死ぬことだろう。

 セヴァスティスとしては、まず女神に大量に生け贄を捧げて満足できる上、アルヴェイアの人口を激減させて、ネヴィオンに戻ればいい。そうすれば、ネヴィオンにとっても有利になる。

 それは、シュタルティスにとって、最悪の想像だった。

 つまりセヴァスティスには、はなからこの戦、勝つつもりがないのでは、ないのだろうか。

 むろん、局地的には勝利をおさめることもあるだろう。そうすれば、戦が拮抗すればするだけ、死者が増えていく。

 だが最後の最後で敗北してネヴィオンに戻れば、セヴァスティスにとっては自分の「信仰心」を満たし、同時にネヴィオン……より正確にいえばリュナクルス公家……の利益も得ることが出来る。

 だが、そのためにはディーリンは邪魔だった。

 だから、ディーリンはあの偽物とすげ替えられた。

 本物のディーリンはおそらく、青玉宮の地下に軟禁されているのだろう。そしてセヴァスティスはアルヴェイアで用がすめばディーリンを秘密裡に殺してネヴィオンに戻ればいい。

 つまり今のままでは自分は、アルヴェイア国王として表に立たされた挙げ句、いずれはゼルファナスに殺されることになる。

 そんなのは、嫌だ。

 諸侯を常に味方につけろ。誰が本当の力を持っているか見誤るな。

 父であるウィクセリス六世は、常にそう言っていた。

 だが、諸侯で誰が頼りになるというのだろうか。

 今のところ、国王派の士気は低い。実質的に、異国人であるセヴァスティスがいつのまにか実権を握ってしまっている。事実、セヴァスティスは少なくとも軍事にかけてはかなりの才があるのだ。

 さらにいえば、セヴァスティスは血縁にあたるシャルマニアを通じて、国王であるこの自分の権威をうまく利用している。利用されているのはわかっているというのに、シュタルティスはなにも出来ない。

 駄目だ。

 このままでは駄目だ。万一、本当にセヴァスティスがゼムナリア信者であれば最後には必ず自分は殺される。どうすればいい。どうすれば……。


「陛下」


 いままで傍らにいたシャルマニアが、浮き立った表情で言った。


「いろいろとご心痛が多いとお察ししますが……やはり、陛下には聞いて頂きたいと思います」


 シュタルティスは眉をひそめた。


「どうしたというのだ?」


「実は……陛下の」


 しばしの沈黙の後、シャルマニアは妖しい微笑を浮かべた。


「陛下の御子を……授かったようなのです」


 その瞬間、顔面を槌で殴られたような衝撃がきた。

 すでに王妃にして妹であるミトゥーリアは妊娠しているが、彼女はいまゼルファナスのもとにいる。

 だが、シャルマニアまで妊娠したとなれば……。

 もし、子供が男の子だとすれば、アルヴェイアの王統は維持されることになる。

 ぞっとした。

 子供が出来れば、あるいはその赤子を国王位につけてしまい、他の貴族諸侯が国王派を自由に出来る、ということになりはしないか。


「陛下……跡継ぎですわ。あのミトゥーリアの子供なんかじゃない、正統の、陛下の御子ですよ」


 シャルマニアの笑みは、単に子供を授かった母親の笑みには思えなかった。

 男子であれば、彼女の言うとおり国王になるかもしれないのだ。そうなればシャルマニアは国母となる。その影響力は計り知れない。

 だが、子供が産まれたら自分は、「国王としていらなくなる」のではないか?

 盃を持つシュタルティスの手が、小刻みに震え始めた。

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アルヴェイア王国滅亡記 梅津裕一 @ume2

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