13 神々の蠢動
広壮な広間には、シュタルティスとシャルマニアの二人しかいなかった。
魔術照明の光が、卓上に広げられた地図を照らし出している。
アルヴェイア王国。
それは、すべてがシュタルティスの所有物のはずなのだ。
シュタルティス二世は王国の主権者であり、王国はすなわち彼そのものなのだ。
そのはずなのだ。
それなのに、王国の半ばほどの領地には、赤いアルコーンの駒が置かれていた。王軍であるシュタルティスの青い駒と、ほぼ同数である。
「概ね、予想通りか」
シュタルティスは暗い目で、シャルマニアが注いだ酒で唇を湿していた。
南部諸侯の乱で動かなかったアルゼマス候、さらには南西部の大領主であるオーヴァンス伯がこちらについたのは大きかった。二人とも、老練な貴族である。
彼らはエルナス公ゼルファナスの危険さを、本能的に察しているのだろう。もともとセムロス伯に対して二人とも良い感情は抱いていないようだが、それでも個人的感情より自らの利を選ぶのは当然のことでもある。
南部諸侯の兵力は、あまり期待していない。南部諸侯の兵たちはすぐる日の林檎酒軍の乱により、だいぶ兵力を減らしていたからだ。
メディルナスは王国でも比較的、東部に位置している。
東部の諸侯も、国王派が多かった。これも予想通りだ。もともとアルヴェイアは、メディルナスを中心とする東部と、エルナスを中心とする西部で歴史的な対立がある。
それはメディルナス、そしてエルナスが帝国期の帝都であったころからの、根深いものだ。
だが逆に言えば、西部の有力諸侯はかなりがエルナス公の味方にまわったということでもある。エルナス公、そしてウナス伯の二人はともに、西部の代表格のようなものなのだ。
とはいえ東部や西部でも、あくまでもそれは「傾向」に過ぎない。たとえば東部でもセンヴァス伯のようなエルナス公派もいるし、西部でもオーヴァンス伯は国王派である。
「問題は……北か」
シュタルティスは地図の北のあたりに目をむけた。
南北に異様なほどに細長いネス伯領を取り巻くようにして、マイス伯領、リュオン候領といった大領地が存在する。
「駆竜騎士」で知られるリュオンは、こちら側についた。マイス伯も、やはり国王派だ。だが、弱小領主のなかにはエルナス公派につくものも少なくはない。
「ネスか……ネスヴィールに、レクセリアめが!」
こみあげてくる感情がそのまま怒声になった。酔っていることは理解しているが、それでもどこかシュタルティスのなかの醒めた部分が、あいかわらずネルサティア幾何学の問題を解くかのように冷静な情勢分析を続けている。
レクセリア。
正直にいって、妹のことは犀利な情勢分析能力を持つシュタルティスですら予測不可能なものだった。レクセリアは巨大な変数として、ネスの地に存在している。
さらには「嵐の王」とかいうわけのわからない男が、レクセリアの夫になっているともいう。
国王である自分にかわり、南部諸侯の乱を鎮め、王国の民の人気を奪ったあげく、ガイナス王とのヴォルテミス渓谷の戦いで貴重な一万もの王国軍の兵士をむざむざと死なせたレクセリア。
許せない。
「レクセリアめ……」
ガイナス王の死によるごたごたの後、行方知らずとなったレクセリアは、アスヴィンの森に逃げ込んだという話もあった。それを聞いたときにレクセリアはほぼ死んだものとばかり思っていたが……まさか、生きて帰ってくるとは。
騙り者の可能性も、むろんある。あるいは、ゼルファナスが流した誤情報ということも十分に考えられる。
にも拘わらず、ほとんど本能的に、シュタルティスはネスに現れたのが自分の妹であることを確信していた。
理屈ではない。レクセリアなら、アスヴィンの森を突っ切るくらいのことはやるかもしれない。
やはり、あの「ウォーザの目」はアルヴェイアにもたらされた凶兆なのだ。
太陽神の力の翳りにつけ込むように、先住民たちが崇めていた古き神、ウォーザが力を取り戻そうとしているのだ。
これは地上に限った戦ではないと、すでにシュタルティスはそこまで考えていた。
セルナーダの歴史の裏には、常に神々と呼ばれる超常の存在が関わってきたという。今回も、さまざまな神性があちこちで活動を始めているはずだ。
セルナーダの神々は単なる抽象概念ではない。彼らは僧侶を通し、自らの力を法力と呼ばれる特殊な魔術として人々に与える。さらには使徒と呼ばれる存在を使わしたり、あるいは神自らが人や獣の姿をとって現れることすらあるという。
すでに、アルヴェイア内戦は人の手だけではなく、そうした神々の力が透けて見えるようになってきた。
たとえば「嵐の王」はすでにウォーザ神による奇蹟を起こしているという話もある。他にも、さまざまな教団の動きも、この先の展開に関わってくるはずだ。
ウォーザの他に……すでに「ある女神」が関わってきているのではないか。
そんな、なにかいやな「匂い」を感じる。
それは本来、あってはならないことのはずだ。
三王国の王はみな、太陽神ソラリスの血をひいているとされている。だが、ソラリス神は数年前、ネルサティアの地で闇と死の女神ノーヴァと戦い負けた、という。
その魔術的、霊的な影響はセルナーダの地にも及んでいる。
すでにソラリスの僧侶たちはだいぶ法力を失っている。そして三王国内で内戦、反乱が頻発したのはソラリス神の敗北以降である。
ソラリスは太陽の神、光の神であり、同時に生命を司る。
そしてその宿敵ノーヴァは、死の女神だ。
ノーヴァの死により、ネルサティアの地は不毛の大地と化したとされる。
そしてノーヴァは、とあるセルナーダ古来からの神と、あるいは同一の神性ではないかと囁かれているのだ。
すなわち、恐るべき死の女神、ゼムナリアと。
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